【14】神創系譜~ダイアンサス編~①(連載中)

橘伊鞠@創作
@totetotemachi

毒竜の咆哮-1

どこで間違えたのかなど分からなかった。

ただただ、真っ直ぐに道を歩いていた。

辿り着いた先に、幸せがある。恐れを振り払った先に、未来がある。

薄氷さえ物ともせず進むのだ。さすれば狂乱は風の彼方に塵となるだろう。

我こそ正しいのだ。我こそ、間違ってはいないのだ。

我が子らよ、それがお前たちの望む真実であり、偽りだ。






「はいどうぞ、ラーナさん」


――落ち着いた男だと、リリスティアは思った。

てきぱきと幕家を片付けるし、こちらへの配慮も忘れない。

座るよう促された木箱には、あらかじめ厚めの布が敷かれていたので、非常に座り心地が良い。

残骸と化した木材や異形を片づけつつ、時折こちらに視線を送ってきては「大丈夫ですか?」と声をかけてくる。

ただ非常に「彼」に似ている為、どうにも落ち着かない。それを不安と取られたらしく、シェリというこの男性は甲斐甲斐しく世話をしてくるのだった。


「あれはもう動かないから平気ですよ。異形って分かりますか?」


「悪魔と聞いたことはあります」


一般人を装う為に、敢えてその名を出す。シェリは悩まし気に首を傾げた。


「悪魔なら、もっと聖騎士を現場に投入してほしいんですけどねえ……リュシアナの聖騎士管理組合さんはちっとも動いてくれないんですよね」


「世界的に増えているから、手が回らないのだろう」


大きな木材を抱えたルトが言う。几帳面に重ねてはいるが、歪な資材は簡単に崩れてしまう。


「でも今、ヴァイスの方々が異形狩りをしてくれていますよね」


「滅多なことを口に出すな。あの国も正体が分からない」


「闇の英雄って感じですよね」


「お前は童話の読みすぎだ。そのせいでマニも空想が絶えない」


ルトが溜息を吐く。散らばった荷物の中には、たくさんの絵本があった。そのどれも、表紙には色鮮やかな絵が描かれており、題名も単純なものが多い。

シェリはその本の中心に座り込み、右から左へ積み重ねるだけの、意味の無い整理作業を繰り返していた。


「やっぱりあれですかね、ヴァイスって、絶えず雷鳴が鳴り響いてて河は毒沼みたいになっていたりするんですかね」


どこかで聞いたような台詞を言うシェリに、リリスティアは苦笑いをした。


「うそ! 綺麗なとこだって聞いたよ!」


マニがきょとんとして言う。


「いやいやいや……実はそれは幻想で、実際は死にきれない兵たちが闊歩する恐ろしい場所だったり……」


レオンそっくりな顔でそんなことを言うものだから、リリスティアは思わず笑ってしまいそうになった。

堪えられていなかったのか、目ざといマニがそれに気付く。


「ほらーラーナさんに笑われた! 恥ずかしいからちゃんとしてよシェリ! 童話読みすぎ!」


無事な荷物を仕分けていた彼女は、商品であっただろう壊れた杖を振りながらむくれている。

シェリは笑顔でマニに近づくと、その頬を両手で挟み込みぐりぐりと回した。


「大人に向かって何言うんですかマニ。君だって童話読んでるでしょ。あともっと俺の評価が上がるような事言いなさいね」


「ひゃめてひゃめてごめんなはい!」


三人は、見ているとまるで家族のように仲が良かった。

マニは二人に甘えているのが分かるし、呆れたように唸るルトも、彼らを見る目は優しい。

そしてこのシェリという男性、レオンと似てはいるがどこか達観したものが感じられた。

奇妙な懐かしさに襲われながら、リリスティアはただ「ラーナ」としての自分を演じ続けた。


「そういえば、ラーナさんはお供の方を探してるんでしたっけ」


シェリに尋ねられ、リリスティアはたどたどしい仕草で頷いた。


「はい……」


「フル・セイルなら人が集まりますよ……と言おうと思ったんですが、今はどこも危ないからなあ」


半分独り言のように呟き、シェリは地図を広げる。

背の高い彼の腕のあたりで、マニが跳ねながらそれを覗き込んだ。


「街道が使えないから砂漠越え? 危ないよー」


「ですよねえ。たぶん明日には砂漠の骨になりますね」


「海はどうだ。皆も集まるかもしれない」


ルトが言うと、シェリは困り顔で地図を渡した。


「毒竜が餌を求めて海岸沿いに出没してる可能性があります。結局、今のダイアンサスはどこに行っても危険ってことで」


「反乱軍に、異形に毒竜に……。民が心配だな」


「ほんとに」


いつもなら、こんな事態になった時に一番に動くリリスティアだったが、じっと我慢をしていた。

今自分はラーナであり、薔薇より重い物を持ったことが無いと言っても性差無いお姫様を演じている。

ロサの怒り顔を思い出しながら、脚を上品に揃える。足元の砂は、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。


「ラーナさんはどう思います?」


不意に、声がかかった。

顔を上げると、至って自然な面持ちでこちらを見ているシェリがいた。


「あまり此処に滞在しても危険なんで移動をしようと思うんですが」


何故、そんなことを聞いてくるのか。まさか勘ぐっているのだろうかと思い身構えると、マニが言葉を添えた。


「みんなで行くんだし、意見を聞いておきたいだけだから難しく思わなくていいよ!」


なるほど、そういうことか。ほっとしたリリスティアは、口元を隠しながら答えた。


「カールヴァーンとして移動をするんですよね。道中、危険から身を守る術を持つ方に頼れるなら良いのですが」


「ほんとそれだ。ルト隊長、傭兵はどうしたんですか」


痛いところを突かれたのか、ルトは咳ばらいをした。


「辞めていったよ」


「まあ、そりゃそうですよね」


こんな情勢の中、儲かるのは武器商人くらいだとシェリは言う。


「けど丸腰で移動はあまりに危険です。というわけで、私に策があります」


熱砂の大地、照り付ける太陽は魔物のごとく空に座す。

そんな中、どこからか聞こえる水のせせらぎが、人々に希望を与える。

しかし、異形で溢れかえったダイアンサスの砂漠は、今や魔窟と化していた。

二つの足で歩く異形は濁った水のような体からどす黒い空気を漂わせ、あてもなく彷徨っている。

動作は非常にゆっくりだが、常に周囲を見渡しており、その牙にかける獲物を探しているようだ。

そんな中へ武器も持たずに行くのは愚の骨頂である。かといって、此処にいつまでも留まるわけにはいかない。

動くより他に、打開策は無いのだ。


「いいですか。かくれんぼです。かくれんぼをしていると考えるのです」


四人は今、砂と同じ色の布をすっぽりと被り、そろりそろりと街道を歩いていた。

砂漠の中に、かろうじて見える道しるべ。汚れたつま先で、それを追う。布に小さく空けられた穴から見える世界は非常に狭い。


「いいですか。これは特殊な布です。砂漠の色に同化する植物の繊維を編み出しているので、保護色となる。これを被ってゆーっくり移動すれば大丈夫!」


シェリの言う通り、異形たちはこちらに目を向けない。たまに目が合うが、襲ってくる気配はない。

知性が低いのか、はたまた目が悪いのかは分からないが、一行は今のところ安全に道を進んでいる。見た目にはこれ以上ないほどに、不格好ではあるが。

得意げに言うシェリだが、マニやルトからの信用は一切ない。二人とも不機嫌そのものという顔をし、リリスティアに対して申し訳なさそうに目配せをした。


「ああほらルト隊長、もっとゆっくり歩いてください。そんなどすどす歩くとバレます。ラーナさんを見てくださいほら、とってもおしとやか」


三人の後ろを歩くリリスティアは、大きく被りこんだ布の中で精一杯の愛想笑いを浮かべた。

本音は非常に冷めたものだが、異形からの害がないのは事実だ。


「妙案だとは、思います」


「はっきり言っていいんだよラーナさん。シェリって昔からこうなの!」


どうやら昔から散々振り回されてきたらしく、マニは彼についての不満を述べ始めた。

いつも訳の分からない買い付けをしてきては市場を引っ掻き回す事。

カールヴァーンのくせに行動が自由すぎるので、金銭出納帳は全部マニがやらされていた事。

たまにいるかと思えば、妙な実験をしては幕家を半壊させる事。


「シェリさんは魔導師なのですか?」


リリスティアが尋ねると、シェリは布の中でもごもごしながら答えた。


「どちらかというと召喚ですかね。魔導術は才能がないと難しいんですよ」


「嘘を吐くな。召喚術は限られた神々に語りかける術。一朝一夕で出来るものではない」


ルトが言う。彼はどうやら非常に現実主義らしい。


「いやいや本当ですよ。ちゃんと出来ますって。あの人が送ってくれた本に方法が書いていてですね……ほら見ます? ねえルト隊長」


「お前さっき静かに歩けだのなんだの言わなかったか……」


そんな話をしている時も、異形はリリスティアたちを気にするそぶりも見せない。

いくら保護色だからといって、これだけ言葉を交わしているのに、気配を感じないなんてことはないだろう。

いつ襲われるとも分からない不安の中で歩いていると、ふとシェリが歩みを緩めて近づいてきた。


「怖いですか?」


目だしの部分から、銀灰の瞳が語る。ああ、やはり似ている。


「すみませんね、こんなことに巻き込んでしまって」


「いえ。異形はどこにでも現れます」


目元に笑みを湛え答える。シェリも、同じように微笑んでいた。


「その異形も最近は彼の女王陛下の手によって減らされている。不思議です。彼女は悪魔の王だと思っていた」


その言葉に、胸の奥で小さな疼きが鳴る。表情が隠れているのが幸いした。


「よくは知りません」


「東のお姫様でしたっけ、貴方。あまり怖い話は聞かされていなかったみたいですね」


「……宮の奥で育ったもので」


「ああなるほど!」


これも、ロサたちと決めた設定。世間知らずを装えば、軽い質問なら躱すことが出来る。

するとシェリは、リリスティアの思惑通りにうんうんと軽く頷いてくれた。

だが次の瞬間、彼が寄越したのは冷たい銀鉄の言葉だった。


「嘘が上手なのも、奥で育ったからですか?」


そしてそれ以上は何も言わず、シェリはまた微笑んだ。視線を外す瞬間、彼の瞳にまた冷たい光が宿る。

砂の上に足跡が残り、追いつく前に風で消えていく。

緊張と警戒で細まる瞳を閉じ、リリスティアは腰に提げている袋に手を遣った。


――「こんなふざけた装備でよくもまあ」。レオンが見れば、間違いなくそう言うだろう。

だがシェリの考えは見事に異形を欺き、砂の街道を無事に抜けることが出来たのだ。


「どうですか! ねっ! 言った通りでしょー!」


誇らしげに蘊蓄(うんちく)を語るシェリだが、飄々としているせいでどうも胡散臭い。


「本当は魔導術を使っているんだろう」


責めるルトに対し、シェリはにっこりと笑う。そして急速に不満げな顔になると、勢いよく自身の布を取り払った。

彼に気付いた異形たちは、まるで明け方に目が覚めたかのような鈍さで、のそのそと近づいてきたのだ。

全員が悲鳴を上げて走りだした時、シェリだけはしたり顔で知識を披露していた。


「ほらほらほらこの布のおかげだったでしょ! いいですか! あの異形おそらく目がとても悪い! 加えてこの太陽の光と陽炎! 元々砂漠にいた種ではないのでいきなり対応なんて出来るわけがないんですよ! たぶん足の裏が相当熱かったはずですよ! かわいそうに~!!」


「それ最初に言えばいいじゃない!」


布を半分だけ被り、マニが叫ぶ。背中に背負った荷物がガチャガチャと音を立てている。


「ラーナさん大丈夫ですか。ああ……走るのはお得意そうですな」


ルトが心配げにリリスティアを見る。ついつい勢いよく走っていたリリスティアは、ハッとして速度を落とした。

姫のように振る舞うのは不便だと、心で愚痴つく。


「無我夢中で……」


「辛くなったら仰ってください。だがこの岩の谷を抜ければ、目的地に着く筈です」


暫く行くと、異形たちもようやく少なくなった。足元に、幾重にも別れた水の筋が現れる。緑の小さな芽が個々に揺れているのを見て、リリスティアは少しほっとした。

それを辿りながら歩いていくと、尖った岩から清水が湧き出る場所に着いた。岩山が周囲にそびえ立ち、身を隠すにはもってこいの場所だ。

源流なのか、水は岩の間から昏々と流れている。

青く見える流れは、しゃらしゃらと清かな音を立てる。音を聞いただけで、その水がいかに澄み切っているか分かるほどだった。

安全かどういか確かめることもなく、ルトが水を手で掬う。

冷たさに目を細めながら顔を洗うと、持っていた布で丁寧に拭き取った。


「やれやれ。うまいこと来れたな」


「はーー! どうなるかと思ったよー!!」


耐えかねたようにマニも布を脱ぐ。水に思い切り手をつけて、そのままごくごくと飲み始めた。


「ラーナさんもどうぞ。喉が渇いたでしょう」


屈託のない笑みで促すシェリだったが、リリスティアはもう彼に気を許しはしなかった。

軽く会釈をすると、水場に赴く。だが張りつめているのは、どうやらシェリも同じだった。

何を以ってして疑われたのかは分からないが、彼が自分に対して「敵」に対するそれと同じ警戒心を抱いたのは明らかだった。

むしろ、わざとその感情をぶつけてきているようにも思える。


「ところで、ここはどこですか?」


ルトに向かって尋ねる。彼は丁寧に地図を取り出して、ラーナの近くでしゃがみこんだ。


「少し街からは離れました。ここは、この辺りのカールヴァーンが寄合の場所としているところです。備蓄も水もある」


「袋小路になっているのでは……」


「ご安心を。地図上ではそうなっていますが抜けれます」


背後から、シェリが言う。


「そう、ですか」


「では奥へ参りましょう」


岩の間は狭く通りにくい。体の大きなルトは、服の裾が引っかからないように気を配っていた。

マニもまた、リリスティアの長い髪が汚れやしないかと心配を重ね、まるで世話人のように振る舞う。

それが愛らしくて微笑みを返すが、その向こう側では、銀の瞳がじっとこちらを見張っている。

国で最も信頼に足る彼によく似た瞳で、拒絶と警戒を示す。

複雑な気分になりながらも、リリスティアは「ラーナ」としての自分を崩すことはなかった。

奥まで歩くと、そこには古い遺跡があった。柱が重ねられ、神々の彫刻が飾る大きな扉。かつてここには神が祀られ、人々が祈りを捧げていたのだろうか。

割れた真鍮の器が、砂を掬って転げている。その佇まいは、いつか霧の谷で見たあの神殿によく似ていた。

背後の岩山からは水が流れ、細くて小さな滝を作り出している。あばら骨のように突き出た岩の間から差し込む光の下には、苔が生していた。


「さすがにほこりっぽいね」


遺跡の扉を一番に開けたマニが、ゴホゴホと咳き込む。

陽が高いせいで、中は薄暗い。外とは違い、ひんやりとした空気が漂っていた。石畳のせいだろうか。


「……皆、一度もここを訪れていないようだ。やはり国外に逃げたか」


埃を指ですくい、ルトが言う。


「陸続きで面倒なく逃げれる場所はユリオプス、ですか。今あそこに行ったって商売にならんでしょうに」


シェリは窓を順に開け、外の様子を確認した。


「異形も追っては来ていませんね。ひとまず安心と言ったところですが」


皆が話している中、リリスティアは天井を見上げていた。暗いせいでよくは分からないが、何か大きな装飾がぶら下がって揺れている。


「ああ、あれが気になりますか?」


シェリが傍に立つ。蓮の香りがふわりと揺れた。


「ここはダイアンサスに数ある遺跡の中でも、忘れ去られた場所です。「我が帝国」には多くの神々がいて、太古に起こりし戦いによりそのほとんどが眠っていると云われています。あれはそんな神々が残した遺産で、少し大きな星灯(ほしあかり)……えーと、ランタン、と言えば分かりますか」


「灯(あかり)なのですか?」


「残念ながら、灯し方が分かりません。歴史的価値もあまり高くない遺跡ですので、学者たちもここを放置しています。丁度いいんで、我々が使ってるってわけですね」


「……灯れば、綺麗でしょうに」


リリスティアは、遺跡の中を見渡した。薄暗く、ただ深い青と黒だけの場所を、感慨深く見つめている。

何を見ているのかとシェリが視線の高さを合わせると、崩れた祭壇があった。


「あの両側に、華を模した燭台がある。中央には、この遺跡の神を象徴する何かがあった」


「どうしてそう思うんです?」


「そうであれば綺麗だと思っただけ。ここは、たぶん華が咲いていた」


途端に、夢想の中で広がる景色。闇も穢れも消えて、足元から根を張り芽吹く植物たち。

祈る人々、失われた神。互いに愛し合い、慈しみ、永久にこの地を守ると告げて、眠りにつく。

神が眠りし後も、星々が天球となり水を滑る。それはかつての、懐かしくも優しい思い出。




著作者の他の作品

次はどうすればいい。これから私は、どう在ればいい。薄氷の上を歩くような道...

再会。それが意味するものは何か。ただ今の幸せに喜ぶリリスティアだったが、...