愛の言葉

友人から貰ったシャンパンの飲み頃がもう過ぎている気がする。あの人の家を出るとき、つい持って来てしまったけれど……もう飲む相手もいなくなってしまった。


軽薄なピンク色。ロゼの味なんてしないくせに。最終的には気分で決めることにして、私はひとまず冷蔵庫からそれを取り出した。久しぶりに見るラベル。あの人の受賞記念に、なんて考えていた時期もあった。


誰にも肯定されなくなった感情は、どう処分したらいいのだろう。


***


「……俺に指図するな」


そう言って彼に全身で拒絶されたのは、付き合って1ヶ月にも満たない冬の夜だった。まるで雪原に1人たたずんでいるみたいに、心が無音になったことを覚えている。


本当に人を好きになるってどういうことなんだろう。相手の全てを欲すること? 自分を無条件に捧げること? 捨てられることに怯えているうちは、ただの自己愛なんだろうか。


この10年。約束だとか、ときめきだとか、ひとつひとつ諦めてきた。そうしてようやく辿り着いたこの地は、一体何だというのだろう。


都合のいい女でいることも、ものわかりの悪い女でいることも、少し疲れてしまった。


***


「伊東さんにはもう会った?」


床に転がしていたスマートフォンが不意に震えた。


結局いつもこう。陸は優しい。音信不通を尊重してくれることも、必要なときには連絡をくれるのも、感情を読ませない言葉を選んでくれるのも。


……今頃になって私を探してるだなんて。


私は、ずっと探していた。ずっと求めていた。声にすれば1秒と経たずに消えてしまう、そんな軽い言葉でよかった。甘くなくていい。身勝手でもいい。ただ、あの人の声で、聞きたかった。どうしても。身体の奥底から。私は10年間飢えていた。


「まだよ」


そう短く返事をすると、あとはもう、どうでもよくなってしまった。


どんな感情も取り繕えない気がして、私はシャンパンの栓を開けた。弾けるような明るい音とともに、ボトルの中で無数の泡たちが一斉にきらめき出す。繊細なその一粒一粒が愛おしくも切ない。どうして彼は、不自然なまでに、私だけ見えないフリをしていたんだろう。


やがて、私は静かにボトルを傾けた。荒んだ部屋に似合わぬ芳香を漂わせながら、シャンパンはシンクへと流れていった。その甘ったるい匂いだけが、この部屋における彼の痕跡だった。

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