新しい予感

ねこのこね
@nekopiyo0616

「う...緊張するなあ...」

その原因はずっと前にさかのぼる。




私は、いつも通り仕事を終えて職場を出て、自宅の最寄り駅で降りたところだった。

元々人よりは読書が好きな私は金曜日の仕事帰りには自宅近くの少し大きな図書館で本を借りるのが日課だった。

今日もいつもの足取りで図書館へ行き、本を借りに行こうとしたそのときだった。


「!!!」


突然世界が真っ白になった。

何が起こったか分からず思わず目を閉じた。

そして、私はどこかに引っ張られていった。


(これは夢?)


きっと、いや、間違いなく夢だ。

こんなこと本でしかあり得ない。

ましてや、今まで普通に暮らしてきて、しかも年齢=彼氏いない歴の平凡な私がこんなことになるなんて絶対ない、と思った。

そう考えているうちにやがて意識が遠くなっていった...




「...み...君!」


私か誰かに呼び掛けられていると分かり思わず飛び起きた。


「あれ、ここは...どこ?私は一体...。」


私はベットの上にいた。


「ああ、落ち着いてくれ、説明するからこっちへ来てくれ。立てるかい?」


私のお父さんと同じくらいの歳だろうか。

少し離れた場所から男性が私にそう声をかけた。

体はどこも異常はないので普通に立てたが、頭はさっきのことでいっぱいだった。


(私は確か...仕事帰りに図書館に行こうとして、それから...目の前が真っ白で...)


そう考えながら廊下を歩いていると、そばに黒猫が駆け寄ってきた。


(あっ、可愛い。)


思わず止まって見ていたら猫が私の方に振り返った。


「とろとろ歩いてたら置いていくぞ」


猫が喋った。

当たり前だが、私は今まで喋る猫を見たことがないので、腰を抜かしそうになったのである。

しかし男性はまるでそれを知っているかのように無視してスタスタ先を行く。

この事は後で聞くとして、私は男性の後に付いていくように歩いたのである。




着いた場所は、たくさんの棚に隅から隅までぎっしり詰まっている本がある、私にとってたまらない空間だった。

少し暗い部屋だからか、窓から差す月明かりがとても綺麗だ。

あまりの素敵さで言葉が出ず、しばらく止まっていた。


「ここは特別な場所にある国定図書館だ。数多くの文学書が並んでいる。その様子は、気に入ってくれたようだな。」


私は未だに素敵な空間に見惚れてたのでただこくこくと頷いた。


「おっと、挨拶が遅れてすまない!俺はこの図書館の管理を任されている者だ。気軽に『館長』と呼んでくれ!」

「我輩は国からの指示で伝達役をしているネコである。名前はまだニャイ......」


猫さんも丁寧にご挨拶してくれた。

思わず私もぺこりと頭を下げた。

館長がここは特別な場所と言っていたのだから猫が喋るのも珍しくない事なのだろう。

とりあえず今はそういう事にしておこう。

私が何故ここに来たのか、館長が説明してくれた。


今、私たちはが楽しんでいる多くの文学書が、『侵触者』によって黒く染まってしまう異常現象が発生していて、多くの被害が出ているという事だ。

文学書が完全に侵触されてしまうと、文学書だけではなく、人々の記憶からもその存在が消えてしまうのだ。

原因と根本的な解決法は調査中だが、こうしている合間にも侵触は進んでしまう。

解決法が見つかるまでは、侵触者を浄化する以外に侵触を防ぐ方法がないらしい。

侵触のされかかってる文学書に『潜書』をして中にいる侵触者を直接叩くのである。

しかし、それが出来るのは『アルケミスト』という能力のある者しか出来ないという。


「で、その能力を持っているのが...」

「そう。君なんだよ。どうか君には特務司書として、文学書の危機を救って欲しいんだ。」


私にそのアルケミストという能力があるだなんてとても思えない。

今でもこれは夢なんじゃないかと思っている。

でも、夢の中でも、文学書が、私の大好きな本が、危機が迫っているのをこのまま見過ごせなかった。


(私の大好きな本の存在を消そうとするなんて...。)


「...はい。私でよければ、協力させて下さい!」


考えるより体がそう言っていた。


「じゃあ、頼んだぞ。今から色々説明するから、と言いたいところなんだが...」


あいにく、館長は急用があるらしい。

潜書やその他の事を書いたメモを残し、館長と猫は駆け足で去っていった。



潜書には、私の代わりに文学書に潜書して侵触者を倒す文豪の魂を呼び覚ます『有魂書』と、侵触されかかってる『有碍書』の2つがある。

まず、文豪がいないと潜書出来ないので有魂書で文豪の魂を呼び覚まさないといけない。

普段は他の文豪を潜書させて新しい文豪が出てくるが、先程潜書してくれた徳田秋声さんは館長と共に急用へ向かってしまったらしい。

代わりにこの4冊からどれか好きな本を開いてくれと言われたので、その4冊を探してみる。

「あった...。」


そして、今に至るのである。

私が手に取った1冊の本。

この方が、これから私と一緒に頑張ってくれる方。

そう思うととても緊張してしまう。

私は何とかなると、思いきって本を開いた。

次の瞬間、目の前に文字が並び、文字が集まって出てきた文豪は...。

「オダサクこと、織田作之助や。これからよろしゅうなお司書はん!」


私の緊張を飛ばしてくれるような笑顔が特徴の陽気な方だった。

多分私とは歳が近いと思う。


「よ、よろしくお願いします...。」

「そんな堅苦しくなくてもええねん。敬語も使わんといてや気軽にオダサクって呼んでくれやー!」


その笑顔があまりにも眩しくて、思わず私も笑顔になった。


「うん、よろしくね、織田作!」


こんな感じで始まった司書生活。

これから始まる新しい予感に、私は胸を膨らませていた。