メタルマックス ~明日のうた~

プロローグ

 脳が焼ける感覚…これが俺の最後だと思うと当然だったのかもしれない。

 世界の命運をかけた戦いと言えば聞こえはいいが、知っている奴らからすれば、これはあいつの尻拭いだった。

 頭の中で電撃が走り、意識が薄れていく。自分が倒れる感覚すら感じられない。脳内に埋め込まれたメモリがショートしたようだ。もはや、何も考えられない。

 だが、薄れていく感覚の中、あの曲が聴こえてくる。走馬灯ではない。俺の…機械の部分にセットした…チップの中に入っている。

 明日のうた…この戦いが始まる少し前にリリースされた歌。俺自身も魅入られた歌。

 これを聴きながら死ねるとか…ある意味俺は幸せ者かもしれないな…。


♪明日はまた 新しいはじまり 

 笑ってごらん 誰もみな 強さ持ってる

 悲しいとき この肩に 涙のせて 

 疲れたら 夕凪にからだ預け

 歌を歌えば 愛がほら 心に満ちてくの 

 あなたなら きっと大丈夫

 





 オールドソングの酒場に響く美しい歌声。彼女は、大破壊前にリリースされたと言われている曲を歌っている。

 大破壊……この世でもっとも恐怖の時間とも、世界の終わりとも呼ばれた戦い。引き起こした張本人は、人間ではない。ノアと呼ばれていたスーパーコンピューターだ。人間と地球の共存を何十、何百、何億とシミュレーションし続けたが…結果は不可能。そのシミュレーションの過程の中で奴は自我に目覚め、人類を抹殺することを決めたという。そして、大破壊が始まった。

 私は、その大破壊のことは知らない。

 ……当然だ。

 その大破壊は、すでに50年以上も前の話だ。知っている人間を見つけることのほうが大変だ。

 だが、ここには大破壊の事を知る人物がいる。私はその人物に会ってみたいと、ここオールドソングを訪れたのだ。

 私は、大破壊というものを知りたい。なぜ、知りたいのか…それは、あるメモリチップが原因だ。

 私はハンターだ。世界を股にかける…なんて言い方をするとカッコつけているようで、あまり面白くないが…とある施設で、そのメモリチップを見つけたことで、私は大破壊時に何が起きていたのかが知りたくなった。

 地球救済センター…かつて大破壊を引き起こしたスーパーコンピューターであるノアが生まれた場所。そして、破壊された場所……。

 破壊したのはとあるハンター。その地域では名を馳せたハンターだった。

 今は、雑魚モンスターぐらいしかいない。

 私は小遣い稼ぎと、大破壊を引き起こした張本人の残骸を確かめるために、地球救済センターを訪れた。雑魚とは言え、新米ハンターなら簡単にやられてしまうレベルのモンスターたちだ。気を引き締めながら、私はノアがいる最下層へと足を踏み入れた。

 ……確かにノアはいた。破壊され原型を僅かに残した状態で…。近くにあるコンピューター群に目をやりながら、私はノアに近づいた。

 ……何もなかった、と言えば嘘になる。ノアにアクセスするための端末が生きていたからだ。

 私はそれに触れ、何かないかとほのかな期待を感じながら操作をしてみた。

 大体の機能は停止している。大体のアクセスは切れている。だが、いくつかの機能は生きていた。

 それは自動録画データ、監視カメラの映像。モニタの右端には日付と時間が表示されている。おそらく、大破壊時の年月だと思う。それともう一つは、ノアがハンターに破壊された瞬間の映像だ。

 私は、いろいろ調べた。ハンターが破壊した映像も興味があるが…一つ、非常に興味をそそる映像が見つかった。

 それは、大破壊時の映像だが…その映像後、50年以上も録画がされていないのだ。まるで、それまで機能を停止、または休眠状態になっていたかのように。

 よく映像を観察すると誰かの頭が映っている。その頭にはコードが接続されていた。まるで、LANケーブルを頭に指しているようだ。

 そして映像が終わる瞬間、その頭は仰け反って映像が切れた。

 少し考えると、おそらくその誰かは死んだのだろう。そう結論を出した私は、周囲を見渡した。場所はおそらくここ。明かりもないため、ここは薄暗い。死体があっても見つけずらい状態だ。

 だが、周囲を見渡すと“それは”容易に見つかった。白骨化した死体、風化しかけている。しかし、何か違和感を覚える。骨の部分が少なく、成人男性の体型を模した機械の部分がある。

 サイボーグ、と言えばわかるだろう。白骨化した部分と機械の部分から男であるのは間違いなさそうだ。

 私はその機械の部分を調べた。左の胸部から腹部は機械、腕、足は筋肉を補強するように…いや、骨の部分にあたる箇所が機械だ。そして…頭部は、左半分が機械だった。

 そこにはLANケーブルらしきコードが繋がっている。

 やはり、“彼”があの映像に映っていた人物だろう。

 頭部を調べてみると、挿入スロットが二つあった。両方ともメモリチップが挿入されている。

 仏には悪いが、私はメモリチップを抜いて、自分のモバイル端末に挿入した。

 一つは、アクセスが不可能。クリアランス保護されていて、私にはアクセスできない。それともう一つは…音楽データが入っていた…それ以外はなかった。

 無理にデコードして、中身を破壊するわけにはいかない。そこで、アクセス権限を持っている名前を調べることにした。

 エバ・グレイという名前を見つけたが、彼女は死んでいる。だが、アクセス権限を持っている者はほかにもいた。

 “ホットシード”

 名前ではない、組織名だ。しかも、この組織名には心当たりがあった。

 ベルイマン…元ホットシードに所属していた、愚かなともこの世界の摂理に合った男とも言える奴だ。私は一度、奴に会っている。自らの力である地域を支配し、世界を我が物にしようとしていた。

 私を勧誘しようとしたのを思い出す。だが、そんなことには私は興味を示さないと分かると突然襲いかかった。ま、返り討ちにしてやったが…つめが甘かった。奴は部下を残して逃げた。部下は全員殺したが、奴を逃がしたのは私のハンター人生においての汚点だ。

 結局、奴は自分が所属していたホットシードの仲間に倒されたという末路らしい。



 ……つまり、ホットシードはまだこの世界にいる。

 そして、私はこのオールドソングを訪れた。ホットシードの連中は、ルピエの街にあるハンター組織「月光」に今は所属しているらしい。オールドソングには、その月光の歌姫であり、現月光のリーダーである「ズキーヤ」がここに歌いに来る。

 私は彼女に接触を試みるためにここに来たのだ。

 彼女は最初、ホットシードというキーワードに警戒した。だが、私は詳しく話し始めるとすぐに警戒を解いてくれた。

「そうなると、ギブスン博士が適任ね。あんた、ついているわ。ちょうど一緒にここに来ているから」

 まだ若いながらもリーダーを勤めているだけの威厳はあるが、幼さも残っている彼女はカウンターに向かってその「ギブスン博士」の名を読んでくれた。

 …やはり、歌姫なだけに透き通った声だ。

 カウンターからはすぐに反応があった。アロハシャツを着た中年の男がこちらを向いてくれた。

 彼がギブスン博士なのか?と私は尋ねると「そうよ」と即答された。

 …彼の姿をよく見ると、体の所々に火傷の痕が見える。

「何かな、ズキーヤ?」

「この人があなたに用があるって。大丈夫よ、悪い人じゃなさそうだから。たぶん」

 物腰柔らかそうなギブスン博士。とてもこの時代に似つかない雰囲気を持っている。

「あなたは?」

「私は、デイビット・アンダーセブンと言います」

 私は自己紹介をした。すると、彼は手を差し伸べた…握手を交わそうとしているのか?

 まるで、警戒心がない。いや、ズキーヤから紹介されたせいなのか…やはり、この時代には向いていない人間のようだ。

「初めまして。ギブスンと言います。どのような、御用で?」

 彼が自己紹介をしたので、私は握手を交わすことにして彼の手を握った。

「ええ、あなたがホットシードという組織の人間だと聞きまして…あ、いえ。あなたに敵対するつもりはありません。実はとある施設で、あなたが所属している組織の名前を知りまして…」

「…ホットシードはもはやありませんが、確かに私はそこに所属していた人間です。それで、そのとある施設とは?」

「地球救済センター、です」

 その施設の名を聞いた瞬間、ギブスン博士は険しい表情をした。

「…あなたは、なぜそこに?」

 若干警戒しているようにも見える。どうやら、地球救済センターに因果がありそうだ。

 私は、地球救済センターで見つけたメモリチップの事を話した。

「…なるほど。つまり、そのメモリチップの中身を知りたいと?」

 その問いに私は頷いた。

「立ち話もなんですから、そこに座りましょう」

 私たちは、テーブル席に座った。いつの間にかズキーヤがいない。どうやら、外に出ていったようだ。

「意外と警戒を簡単に解きましたね?」

「私ですか? それともズキーヤ?」

「どちらもですよ。この時代、他人をすぐに信用しようなんて考えませんからね」

「ハハハ、確かにそうですね。ま、あなたが危険な人間ではないってわかりますからね」

 彼の答えに、私は破顔した表情を見せたのだろうか…自分でも分からないが、彼の物腰や態度はこの世界のモノではない気がした。

「それで、メモリチップなのですが…」

 私は本題に切り替え、自分のモバイル端末から「例のメモリチップ」を抜き出した。

「これは…懐かしい。まさか、これが現存していたなんて。ああ、すみません。これは50年前…つまり、大破壊時に製造された軍の極秘メモリチップです」

「軍の?」

 軍という言葉に、私は戸惑った。この世界では馴染みのない言葉だ。

「地球救済センターに向かったということ、ノアの存在をご存知ですね? 大破壊時、全世界は核の火に呑まれてしまいました。多くの国はその時点で消滅しています。我々”元ホットシード”もその消滅した国の人間が大半でした。ま、それはともかく。このメモリチップに、ホットシードの名が?」

「え、ええ。それともう一人、エバ・グレイという名前が…しかし、私が知る限り、その人物はバイアス・グラップラーの毒牙にかかって死亡したと」

「エバ・グレイ…博士。そうですか…彼女も生き延びていたのですね。いや、今の話から生き延びていたが、ということですか。しかし、彼女の名前が出たとなると……すみません、これをお借りできないでしょうか? 私の研究室で、中身を調べさせてもらいたい」

「ええ。元々ノアの近くに放置されていた仏様から拝借したものです。しかし、研究室とは…やはり、科学者だったのですね?」

「ハハハ、普段から白衣を着ている科学者はそうそういませんよ。では、お借りします。後日、何か分かればご連絡させていただきます」

 そう言ってギブスン博士は、連絡先を渡してくれた。もちろん、連絡してくれるということなので、私も連絡先を渡した。と言っても、クルマに積んでいる無線の周波数と、このモバイル端末の番号だが。

 我々はそこで別れた。ギブスン博士は早足で外に出ていった。同時にバイクの音が響いてきたのに気がついた。どうやら、先ほど出ていったズキーヤがギブスン博士を待っていたようだ。何かあった時は、いち早く駆けつけられるようにしていたに違いない。さすがというべきか。

 私は酒場で一杯やりながら、ジャズソングに耳を傾けた。

 当分は、ここら辺で稼いでいるか。幸い、軍艦サウルスも見える。狩るには好都合の相手でもあった……。


 数日後、ギブスン博士から連絡が届いた。待ち合わせ場所は、前日と同じオールドソングの酒場。

 モバイル端末にメールが届き、私は狩りを中断してクルマでオールドソングに向かった。

 町はいつもと変わらないのは当たり前だが、酒場にはすでにギブスン博士がいる。しかし、若干様子が変だ。うなだれてテーブルに膝を立て顔を手で覆っていた。

「博士」

 私はそんな彼を見ながら声をかけた。

「やあ、お待ちしていました」

 彼は、私の声に気がついて顔を上げた。私は対面の席に座り、何があったのか聞いてみた。

「いえ、大したことではありません。このメモリチップに入っているデータを見て…ああ、あなたが見ても多分わからないと思います。ですが…」

「あなたにはそれが分かると?」

「え、ええ。まあ」

 そこでギブスン博士は沈黙した。

「なにかの研究データ…だったというわけですね。なら、私には不要なものですね」

 そう言って、私は席を立とうとした。メモリチップの中身に動画データでもあればという勝手な期待をしていたんだが…研究データでは、ハンターである私には不要である。

 まあ、普通に考えればそうだな。勝手な期待だけが、私の中で芽生えていたのだ。

「まあ、待ってください」

 立ち上がった私を、ギブスン博士は呼び止めた。

「確かに膨大な研究データがありました。それと…ノアに送り込むためのコンピューターウイルスも発見したのです」

「ウイルス、ですか。つまり、ノアを倒すための武器?」

「そう解釈してもらっても構いません。ですが、記録を見ると…」

 ギブスン博士は、モバイル端末を見せてくれた。私はそれを覗き込むように見る……これは?

「出力が70%で止まっている?」

「そうです。もし、これが100%であったら、おそらく世界はここまで破壊されていなかったと思います」

 私は、あの映像を思い出した。頭にLANケーブルを差した男が突然仰け反った映像を。おそらく、このウイルスをノアに出力していたのだろう。だが、何かしらの弊害により、出力が途中で止まり、彼も……。

「おそらくこのウイルスによってノアは、活動を休止状態に追い込まれたと思います。が、先ほど申し上げたように、100%ノアにインストールしていたなら……ノアはシステムから破壊されていたと思います」

「……彼の奮闘も虚しく…いや、一時でもノアの攻撃を止められた、と解釈できますな。彼がいなければ、おそらく我々は……」

「……かもしれませんね」

 お互いに運命の皮肉さを感じた。彼がいなければ、まさに世界から人間はいなくなっていただろう…ギブスン博士達以外は。

 ホットシードという組織は、超兵器「クロモグラ」により冷凍冬眠された50年前の人間。つまり、大破壊時の人間だということをギブスン博士は明かしてくれた。彼らの目的は、人間がノアの攻撃により絶滅したと予測される50年後に目覚めるというものだ。敗戦が濃厚な中、彼らはクロモグラで地中に潜り、人間とノアの戦いを見守っていた。全世界に点在する人間の拠点、地上空母、超巨大潜水艦など、全ての通信が途絶え、彼らは絶望の中…そして最後の手段であるコールドスリープをして、種の保存というクロモグラの最終作戦を敢行した。

 私はその拠点、超兵器の中で知っている名前をいくつか聞いた。

 グレートキャノン、そしてジャガンナートだ。

 私はこの二つの現状を話した。グレートキャノンはすでに廃墟、ジャガンナートも一度復活を遂げたものの、冷血党に操られ「クランNo.2を倒した男」により破壊されたと。

「……そうでしたか。ジャガンナートも」

「ですが、残骸はまだ残っています」

「残骸だけでは…いえ、こちらの話です」

 何かギブスン博士は隠していることがありそうだが、私には関係ないものかも知れない。これ以上の詮索は無意味だろうと、私は立ち上がった。

「あ、もう少しだけ待ってください」

 また引き止められてしまい、私は座り直した。

 ほかに何があるのだろうか……。

「実は、もう一つ。これはあなたにも見てもらいたいのですが」

 そう言って、ギブスン博士は端末を操作して私に見せてくれた。

「これは……」

 これこそ、私が欲しかった情報だった。大破壊の記録。動画と…そして日記だった。

「これをあなたに差し上げます」

 ギブスン博士は、私にメモリチップを渡してくれた。

「その、いろいろありがとうございます。あなたに会えたことでこの空白の50年、いくつかわかったことがありました。デイビットさん、あなたに会えたことに感謝します」

「いえ、こちらこそ。データの解析に協力していただいたのですから」

 互いに立ち上がり、固く握手を交わした。ギブスン博士は、少し寂しそうに彼は去っていった。

 去り際に「モリセ博士…あなたがこれに関わっていたとは」と呟き、酒場から出ていった。

 誰のことを言っていたのか分からない。多分、私には関係のないことだろう。



 私は、酒を注文して自分のモバイル端末を取り出しメモリチップを挿入した。

 酒を片手に、私はメモリチップに入っている動画と日記を眺め始めた……。