恋の熱

卯月えり
@1921e_h

「千鶴ちゃん、どうしたの?」






廊下をきょろきょろとしていたら、千鶴は沖田に話しかけられた。

振り返れば、いつものニコニコとした笑顔を浮べていて。






「平助君、知りませんか?」






安心しきって、そんな風に問いかけた。

すると、先ほどまで浮べていた笑顔がスッと消えた。






え?






焦った。

何か癇に障る事でもしてしまったかと、慌てた。

けれど、千鶴には思いつく原因がない。






「沖田せんぱ・・・い?」






「ああ、うん。なんでもないよ。それで、平助だっけ?」






戸惑いながら声を掛ければ、沖田はすぐににこりと笑みを浮べた。

が。






・・・笑って、ない・・・






目が全く笑っていなかった。

作り笑いとすぐに分かる、そんな笑顔だった。






「千鶴ちゃんには悪いけど、僕も平助は見かけてないな。なに、待ち合わせでもしてるの?」






「はい。一緒に帰ろうって約束してたんですけど・・・来ないし、教室に行っても居ないしで・・・・」






困ってるんです、と千鶴は眉をハの字にしながら困ったように苦笑を浮べた。

平助が来なければ千鶴は帰るに帰れない。





「ふーん・・・」





腕を組み、沖田はあまり感心なさ気に声を漏らすと。






「帰っちゃったんじゃない?」






「そ、そんな事はないですっ!・・・たぶん」






沖田の言葉に即座に否定の言葉が大きく出た。

けれど、「そんな事はない」とはっきりと言い切れる理由も千鶴は持ち合わせてはいない。

もしかしたら、約束の事をすっかり忘れて沖田の言うとおり帰ってしまったのかもしれない。






平助くん・・・・






不安がぐるぐると胸の中を埋めていく。






「僕と帰ろうよ、千鶴ちゃん。送っていくし」






「え?」






「なに、その顔。僕とじゃ嫌?」






沖田の思いがけない言葉に千鶴はきょとんとした。

きょとんとせざるを得なかった。


だって。






「嫌じゃないですけど・・・」






「けど?」






「・・・あの、沖田先輩からそんな風に言われるとは思わなかったので・・・驚きました」






それが千鶴の正直な気持ち。






「僕だって千鶴ちゃんと一緒に帰りたいよ?いっつも平助に取られちゃってるし」






「取られっ!?!?」






「だってそうでしょ。朝も、帰りも、君と一緒なのはいつも平助だ」






沖田の言葉に千鶴は目を白黒させた。

そんな風に思われているとは思っていなかったからだ。






「・・・千鶴ちゃんは平助が好きなの?」






「えっ」






ボッと、顔に火が灯ったかと思うくらいに千鶴の顔は真っ赤に染まった。

その様子を見て、沖田も理解した。






「・・・・・・・そっか」






少しだけ、寂しそうな笑みを浮べた沖田に千鶴は無意識に手を伸ばしていた。






「千鶴ちゃん・・・その手は何?僕を慰めようとしてるの?」





「えっ・・・あ、その・・・・・・」






沖田の言葉で千鶴は自分の行動に気付き、手を引いた。

何故、手を伸ばしたのか千鶴は分かっていなかった。


好き、とは違う。


けれど、大切な人である沖田。

そんな彼の寂しそうな表情に居ても経っても居られなかったのだ。






「そんな風に中途半端な感情を向けられたら・・・・君の事、離してあげないよ?」






離してあげられる程、簡単な思いなんかじゃない。

沖田は不敵な笑みを浮べ、ひっ込められた千鶴の手を握った。

暖かな二人の温もりが、互いの手を温める。






「あの・・・」






「・・・・・・・・なんで、逃げないの?」






千鶴の手を握り、そのまま自分の方へ沖田は手を引いた。

千鶴に拒絶されると思っていた。


けれど、勢いのままに千鶴は沖田の胸に飛び込んできた。






「・・・・・・私がここで逃げたら、沖田先輩、もっと傷ついてしまうと思って・・・」






「平助が好きなのに?なのに僕の胸に飛び込んでくるの?」






「・・・・・そういうことじゃっ」






「そういうことだよ」






千鶴の言葉を遮り、沖田はぴしゃりと言い切る。

その言葉に、何も言えなくて口籠り、下を向く。


確かに沖田の言うとおり平助が好きならば、沖田の事は拒絶するべきだった。

気持ちに正直に生きるべきだった。






「・・・私は、平助君が好きです。それは・・・変わりません。だけど、あなたの事も大切なんです。

 大切な先輩で・・・沖田先輩と平助君のやり取りを見ているのも好きで・・・」






「・・・・・・・ほんと、君って優しいよね」






優しすぎて残酷だ、と沖田は思った。

けれど、それは言葉にしない。






「ねえ、千鶴ちゃん」






「なんですか・・・?」






「抱きしめてもいい?」






そう問いかけながら、沖田は千鶴を抱きしめた。






「もう抱きしめてるじゃないですかっ」






「ははは・・・そうだね・・・・・・・うん」






「沖田先輩?」






乾いた彼の笑いに、呟きに、千鶴は心配そうに顔を上げた。






「・・・・・・・ごめんね」






「え?」






沖田の呟きと同時に、千鶴は後頭部に添えられた彼の手により沖田の胸に顔を埋める形となった。

その時の沖田の表情は、千鶴には見えていなかった。






「短い恋のはずだからさ・・・きっと、すぐに冷める熱だから・・・・・・だから、少しだけ、このまま・・・・・・・」






消え入りそうな、彼の言葉に、千鶴は何も答えられなかった。

ただ、彼の思いに答えられない事に、心の中で何度も「ごめんなさい」と呟くだけだった。