SUMMER LOVE

はるたさく
@harutasaku

終.君のとなり

戻らない夏ならば、僕はもう、






『好きになってしまいました』



 まさかあのタイミングで言ってしまうとは。すっぽり腕の中に納まってしまったマキさんは僕の人生最大の秘密の告白後に走り去ってしまった。「あ」 と呼び止める間もなく、まさしく脱兎のごとく。次の日のお昼休み、僕は一人だった。次の日も、その次の日も、今日までずっと。

実家の猫も僕が構ってやるとすぐにどこかへ遊びに行ってしまう、マキさんもやっぱり猫のようだ。

マキさんも僕のことを好いてくれているなら、僕らは両想いのはず。財布の中に大量にたまるコンビニのレシートを数えそろそろ手料理が食べたいと思う十日目。

あの日マキさんがゴミ箱に捨てたきんぴらは僕が回収して、中身はタッパーに入っていたしお腹も下してはいないから問題ない。そのきんぴらも昨夜で食べきってしまった。返事の来ないメールボックスをぼんやり眺めていた。



今夜はコンビニで夕飯をすませなくていいと気付いたのは15時ごろだった。忘れていたと言ってしまったらなんと小言を食らうか分からないのでそれとなく、ネクタイを締めなおした。今夜は同窓会があるらしい、今年成人したここの卒業生らの同窓会だ。時間は19時からこの学校のホールで。

この学校のホールは文化祭では劇をしたり入学卒業式で使われる、椅子を退かすこともできるので多様に使うことができる。

 どうりで今日は出勤されている先生方が多いわけだ。僕も参加するように言われていたのだが、僕が参加してもいいのか謎、聞けば受付をしてくれとのこと。つまり僕は雑用係。しかしこれで御馳走を食べられるのだから文句など言えない。







 そして、夜。受付も特に問題もなくスムーズに終わった。

この場にいるほとんどが成人しているので皆、片手に乾杯のシャンパンを手に持っている。カランといい音がホール内に響き渡る、隅で同窓会を眺める僕のことは誰も見ていない、挨拶回りもしなくていい、ならば僕は目の前で美味しそうに待つ料理に手を付けるだけ。途中で抜けてもバレないだろう、あとでこっそり戻ってくればいい、そう思っていた。



『――それでは、卒業生から代表して、お世話になった先生方に挨拶があるそうです』



司会進行を執り行っているのは教頭先生だ。壇上の真ん中にマイクが置かれ、卒業生代表が教頭先生に一礼をし、この場にいる全員の視線を集めた。僕の視線も、だ。 遠くからでは本人の姿ははっきりと伺えない、しかし舞台に備え付けられた大きなスクリーンはいやでもその人を映し出す。



「今夜、こうして皆や先生方と再びお会いでき、とても嬉しく思います。

もう卒業して二年経ちました、早いのか遅いのかそれぞれだと思いますが私はまだここの生徒でいるような気さえします」




真っ赤なミニドレスを着て、カンペも何もなく悠々とマイクに向かって喋りつづける人。間違いなく、マキさんだった。

 僕は一体この場で何が起こっているのかサッパリ理解できなかった。いつもと違う雰囲気はドレスのせいか髪の毛をアップにしているせいなのか、僕は恐る恐る隣にいた3年生のクラスを受け持っている先生に尋ねた。



「あの子は、あの人の名前は何と言いますか?」


「環、だったな。生徒会長で成績優秀それで美人、あいつがいたときは他校からもファンが押し寄せたとか」


「そ、そうですか」



環、ああほらやっぱりマキさんじゃない。似ているけど別人だ。僕はどれほど彼女に会いたいのだろうか。彼女はまだ学生でこの場に居るはずがない。

ほっと息をついた僕に3年生の先生は不思議そうにアルコールに口をつけた。そのあとは何も聞かれはしなかったので安心した。

挨拶を終え壇上を降りた「環さん」の周りは人でいっぱいになった、今でもなお人気者の「環さん」の周囲だけ華やいで見えた。

動揺は豪華な料理を胃に詰め込むことで誤魔化した。同窓会も盛り上がりが中盤に差し掛かったころ僕はそっとホールから抜け出し、真っ暗な校舎を携帯の明かりだけを頼りに歩いた。どこへ行こうか、職員室はきっと留守番中の先生がいる今僕は一人になりたい。ならば行く先は決まっていた。



 夜の食堂は少し不気味、それでも物理室や保健室よりはマシ。ガラス窓から月光が入り灯りを点けなくても歩くには十分だった。

今夜は満月、かの作家は愛の言葉を「月が綺麗ですね」となんともロマンチックに表現したらしい。口下手な僕もこれなら言えるかもしれない、当の相手はもういないけれど。

いつもの場所に腰掛け腕をまくら代わりにテーブルに突っ伏した、夏休みもあと二週間もすれば終わる、それまでにマキさんはここへ来てくれるだろうか。そういえば僕はマキさんの学年も名前も、何も知らない。メールアドレスは知っているけど、返事が来なければこの携帯は何の役にも立たないただの箱だ。



僕のことを好きだと言ったくせに、僕が好きだと言ったら逃げた。



あの時どうして追い掛けなかったのかひどく後悔した。











 しばらく突っ伏していると瞼が重くなってきた、このまま眠ってしまってもいいだろう。どうせここへは誰も来ない。

カツリ カツリ

僕しかいないと思っていた食堂で僕以外の足音が聞こえた、まさか幽霊だろうか。今日は満月だ、月の力で悪しき物は力を高めると昔マンガで読んだことを思い出しますます体動かなくなった。

カツリ カツリ

その足音はなんと僕のそばまでやってきた僕は寝たふりをしたままその足音の持ち主が去ってくれることを願った。しかし澄ましきった耳に届いた音は椅子を引く音、まさか隣に腰掛けたのだろうか、ぞわぞわ悪寒がする。ああ僕はここまでなのかと考えてしまった。マキさんにもう一度会いたかった、この世の終わりを考え迫る気配に息をのんだ。



「起きてください」


「……」


「狸寝入りですか、センセイ」


「……」


「わっ!」


「!? ま、マキさ、ん」


「やっと起きた、センセイ探すの大変だったんですからね」


「マキさんですか…? 環さんではなく…」


「環もマキも私です」



隣の椅子に腰掛ける真っ赤なドレスとその隣に大きな花束、幽霊かと思った足音の持ち主は環さんでマキさんだった。名前が環、昔の名前みたいで嫌いだからマキと名乗ったと。なるほどこれで合点がいく。

腕時計を確認するとまだ同窓会は終わっていない、抜け出してきたのだろうか、僕を探しに。



「マキさん、僕は今すごく頭の中が混乱しています」


「嘘をついてごめんねセンセイ?」


「君は…卒業生で、二十歳で、もうここの生徒ではなく」


「夏休みに学校に来ていたのは今日の同窓会のためそれでたまたまセンセイを見かけて」


「君と僕は、生徒と教師でなく、」


「お弁当も担任だった先生に作ってあげただけ。センセイのお弁当が本命、ついでじゃないよ。

…ちょっとからかってみただけ、でもセンセイのことが好きなのは嘘じゃないよ」


「マキさん、僕も言いたいことがあります」


「はーい、怒っているんでしょう?」


「いいえ、違います。マキさん、

…僕は君が好きです、マキさんが好きになりました、マキさんのせいです、マキさんが好きにさせたのです。好きです、好き」



ああもう相手が生徒だとか、何も気にしなくていいとやっと理解した時には恥ずかしいことをつらつらと並べていた。どうせここには僕とマキさんしかいないのだからどれだけ伝えても恥ずかしいことなんてない。今すぐにでも抱きしめたかったけどまた逃げられてしまっては困るのでぐっと堪えた。

月明かりだけだマキさんを照らす、マキさんが今どんな表情をしているのか俯いているせいでよく分からない。僕の顔は真っ赤だろう。先ほどの悪寒はどこかへいってしまった今はとても暑い。




「わたし、」


「はい」


「重たいしわがままだし、すぐヤキモチ焼きますよ」


「はい」


「それに不機嫌だと口が悪くなるし」


「僕はそのままのマキさんがいいです」


「…センセイ、急に積極的になったね」




敬語ではなくそのままの喋り方をするマキさんが嬉しかった。




「これもマキさんのせいです」


「ずるい」


「マキさんは猫だ、僕が手を伸ばしたと思ったら僕からするりと逃げ出していく」


「あれは…びっくりして…」


「きんぴら、美味しかったです」


「捨てたのに食べたんですか!?」


「至って健康なので大丈夫です」


「そういう意味じゃなくて、」


「マキさん。僕はマキさんが好きです、僕と付き合ってくれませんか?」



昼間のようにはっきりとは見えないけれど、マキさんは顔を赤くしている。灯りを点けていればよかったそうしたらもっとよく見れたのに。

時間にしたらそれほど経っていないだろう、それでも僕らにとったらとても長くに思えた。



「……返事、いるの?」


「もちろん」


「知ってるくせに」


「聞きたいです」


「………好き、センセイの彼女になりたい」


「はい。よろしくお願いします」


「…あのセンセイ、どうしてこんなに近いの?」


「さあ、どうしてでしょうか」


「センセイ性格が違う」


「きっとそれはマキさんのせいでしょうね」


「またそれ……」


「マキさん」


「なんですかー?」


「キスを、します」



引き寄せたマキさんからアルコールの匂いと香水の匂い、引き寄せた拍子で膝の上に座るマキさんは近くで見るとますます綺麗、顔を真っ赤にさせ怒っている。でももう逃げて行かない。僕はそれに安心して、ぎゅっとマキさんを抱きしめた。

良く見れば真っ赤なミニドレスの腰あたりには白いリボンがついていた。なんの気なしに綺麗と言えば、マキさんは慌てて僕の膝から飛び降りて、いくら月明かりがあるからといっても薄暗いことに変わりはない、先ほどマキさんが座っていた椅子にマキさん自身が躓いて、派手な音を立て椅子が倒れた。

踵の高い靴がテーブルの下に転がっていった、ドレスと同じ赤い靴だ。

今の状況はというと、有りがちな倒れるマキさんの体を支えようとしたら僕も一緒に倒れてしまって、マキさんの頭はしっかり僕の手のひらが支えぶつかることはなかった。しかし僕は今、マキさんの上に覆い被さっている。ドラマでよくあるシチュエーションに笑えそうだが正直笑えるどころか顔が固まっていそうだ。


折角のドレスも綺麗に纏め上げられた髪も台無し赤くなる頬はアルコールや暑さのせいではない、と思う。顎の下に黒子があった、今まで全然気づかなった。テーブルの上にあった大きな花束から花びらがひとひら、マキさんの頬に落ちたまるで何かの演出みたいだった。吐息の触れ合う近さで二人とも黙ったまま、どこを見たらいいのか目を泳がせる僕のネクタイをマキさんは掴んで引っ張ってそれから両頬をパチンと包む。




「痛い」


「私も痛かったです」


「綺麗と言ったらやっぱり僕から逃げました」


「それは、その」


「どうしてですか?」


「っだから! もうっ耳、は、やめて…くすぐったい、から」


「……」


「…なんですか」


「いえ、また一つマキさんのことを知れたと思って」


「ずるい。センセイも教えてよ」


「何も言わずにいなくなられることですかね、弱点は」


「それ嫌味?」


「いいえ、本当です」


「センセイって律儀なのか天然なのか分からない」


「さあどちらでしょうか、これから知ってください」


「やっぱり性格違うずるい」


「そろそろ同窓会も終わるころです、戻らないと“環”さんがいないと皆さん心配してると思います」





 あっという間に僕はこの夏、人生最大の恋をした。二度と同じ恋はしないだろうし、二度と忘れることはない。

 月明かりが照らす廊下、ホールに着くまでの間、僕とマキさんはずっと手を繋いでいて、ぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛は下してしまった。ふわふわと歩くたびに揺れる。

ホールと校舎は離れている、間に道を遮る建物は何もない、他の人にこんな綺麗な人と手を繋いでいるところを見られるのは少しこそばゆい気もして手を離そうと力を抜けば逆に指を絡められた。驚く僕とは正反対にマキさんは何も言わない。


しかもその場を先ほどの3年生の先生に見られていた、どうやら外で一服していたようだ。目が合ったような気もしたけど素知らぬ顔で紫煙をくゆらせていた。

ホールに着くとあっさりと離れていったマキさんは駆け寄ってきた同級生にきっと今までどこにいたのかと聞かれているのだろう、時折僕に視線が向けられている気がして同窓会が始まった時と同じ隅に避難した。



 司会進行の教頭先生が同窓会の終わりを告げ、今夜はお開きとなった。

主役とも言える卒業生らはこの後二次会に行くのだろう、きっとマキさんも。それは別に構わない僕も今から片付けが待っている。本音を言えばもう少しだけ一緒に

いたかったけど。

主役たちの去ったホール内はやけに広く感じた、テーブルに残った料理や飲み物を片付けているとポケットに仕舞っていた携帯が久しぶりに震えた。他の先生たちにサボっていると気付かれないようにテーブルクロスを影にしてそっと携帯を開いた。



「新着メール:1件」



明日も会いたい



マキ




短いメールだったが笑みがこぼれた、有難いことに明日は休み。さあ彼女とどこへ行こうか。

僕はまるで子どもみたいにウキウキと心躍らせた。






SUMMER LOVE END

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