温もり

「…うああああああっ!!」


悲鳴が上がる。

がしゃん、と金属質のものが床に落ちる音がし、それに続いてどさりという重い音が、旅立ちの地に響き渡る。


「ヴェントゥス!」

「「ヴェン!」」


マスター・エラクゥスが目を剥き、テラとアクアが叫び、慌ててヴェントゥスに駆け寄る。

テラはヴェントゥスを抱え起こし、彼の顔をそっと覗きこんだ。


「…大丈夫だ、気を失っているだけ」


それを聞いて、マスター・エラクゥスは全身の緊張を、ほんの少し緩めた。

アクアもほっと安堵の息を吐き出すが、テラの表情は未だに固い。


「…俺、ヴェンを部屋に運びます」

「ああ…頼んだぞ、テラ」


人形のように手足をだらりと投げ出し、こと切れているヴェントゥスをテラは壊れ物を扱うように、そっと抱え、傷付けないように、ゆっくりと足を進めていく。

階段の先へと消えた2人が見えなくなり、慎重にそれを見守っていたマスター・エラクゥスは掠れた声を洩らした。


「…これで何度目だろうな…」

「……。」


マスター・エラクゥスの言葉の重みを噛み締めながら、アクアは瞳をゆっくりと閉じる。

…ヴェントゥスがああやって倒れたのはこれで3回目。

まだ完全には『目覚めていない』ため、自分から行動することはあまりないヴェントゥスだが、初めて旅立ちの地を訪れた時に比べれば、彼は見違えるくらい快復していた。

木剣での特訓もほぼ彼はマスターし、修行の成果も上げ、今後のステップに進もうという課程で、一度実際にキーブレードを使ってみようという段階のことだった。



ーーーここまでは順調だった。



理由はわからないが、ヴェントゥスは自分のキーブレードを手にした途端に、ショック症状に襲われるようになってしまったのだ。

全身の硬直、または痙攣、過呼吸、酷いときには今回のような失神まで…。


すぐに回復はするし、あまり口を開かないヴェントゥス本人も「だいじょうぶ」と言うので、こちらもそれに応えようと、それでも念を重ねてある程度の時間をを置いてからまた試みるのだが、そのたびヴェントゥスは倒れてしまう。

倒れる直前の、少年の恐怖に彩られた顔を目の当たりにする度に、アクアの胸の奥はずきりと痛んだ。


ーーーどうして。


どうしてヴェンは、ヴェンの身体は、あそこまでキーブレードを拒むの?


ヴェン自身は、拒んでいるような素振りはない。むしろ修行に対して一生懸命なくらいだ。


…けれど、キーブレードを手にした瞬間、ああなってしまう。


「ヴェン…どうして…」

「…トラウマ、かもしれんな」

「トラウマ?」

「ヴェントゥスは過去の記憶を失っている。…が、記憶はなくとも心に焼き付いてるのかもしれん。あの子の過去の記憶に、キーブレードと恐怖が関連しているなにかがあるとしたら…」

「そんな…!」


キーブレードと恐怖が彼の過去で結びついている?

ただキーブレードを握っただけであそこまでのショック症状を起こすなんて、一体どれだけ恐ろしい体験をしたらそんなことになるのだろう。

アクアには想像もつかなかった。


「マスター…、ヴェンは元々、マスター・ゼアノートの弟子だったのですよね?記憶喪失の原因など…あの人からなにも伺ってはいないのですか?」


原因が分かれば、なにか私たちにもできることがあるかもしれない。少しでもいい、ヴェンのために何かしたい。そう思ってアクアは口を開いた。

しかし、


「……………」

「マスター?」


マスター・エラクゥスは目を伏せる。

その目に一瞬、哀切の色が見えたのをアクアは見逃さなかった。


「…ああ。何も聞いてはいない」

「そう…ですか」


嘘。

マスターはなにか知っている。ということはすぐに理解した。

聞き出したい、本当は。でも。

マスターの顔の迷いを読み、アクアは引き下がることにした。

きっと、今はまだ話す時ではない、ということだろう。

だったら、マスターが直接話してくれる時まで、待たなければ。

それは一体いつ?今すぐ知りたいのに!と頭の中で叫ぶ自分には、気づかないフリをする。マスターを困らせてはいけない。だって、私はもう、子供ではないのだから。

マスター・エラクゥスは、悲しさと申し訳なさと同居したような顔をしている。

きっと、私が言葉にしなくても、言いたいことが察されてしまったのだろう。そして、それを我慢した、ということも。

まだまだ私も甘いみたい。次はもっと、気取られないようにしなくちゃね。

かける言葉が見つからなくて、私は唇の端を少しだけ持ち上げた。


「…私、心配なのでヴェンの部屋に行ってきます。これも、届けないと。」


私は床に転がったままのキーブレードを拾い上げた。


「今日はもう遅い。無理はしないで、早く休みなさい。」

「…はい」


軽く会釈をし、駆け足で階段を上がり、ヴェントゥスの部屋を目指す。

最後まで、背中にマスター・エラクゥスの視線を感じたが、振り返ることはしなかった。

ぎこちない、モヤモヤしたものが胸を支配しているのを、早く追い出したかった。

どうしたら追い出せるのかは、全く見当もつかなかったけれど。



コンコン、と、ヴェンの部屋にノックの音が響き、テラは顔を音のした方へと向ける。


「アクア」

「入るね。ヴェンは……どう?」

「大丈夫だ、あれからそのまま眠ってる。そこに立ってないで、座ったらどうだ」


ほら、と、テラは近くの椅子を引っ張り、アクアに座るよう促した。


「ありがと」


言われた通り、アクアは用意された椅子に腰を下ろし、傍らにヴェンのキーブレードを置いた。

ヴェントゥスはベッドに横たえられ、規則正しい寝息をたてている。

少なくとも、先程の苦痛に歪んだ顔をしていないことに、アクアは安心を覚えた。

ヴェントゥスの、長い睫毛に縁取られた瞼や、あどけないその寝顔をみていると、幼い頃に読んだことがあるおとぎ話の眠り姫を、いや、この場合は王子か、を、連想させる。

まさか、このまま目を覚まさなかったり、しないよね?

そんなはずはない、と理解はしていても、この状況下だと、あり得ない事でさえ考えてしまう。

1度そう思考を巡らせてしまうと、ヴェンの下から離れる気にになれなかった。


「…私、今晩はここにいるね。だからテラは自分の部屋に戻っていいよ」

「いや、俺もここに残るよ」

「え…」

「ヴェンが心配なんだろ?それは俺も一緒だしな。…それに、お前も心配だ。」

「?」

「自分の顔、見たか?真っ青じゃないか」


言われて初めて、そんなに私の顔はひどいことになっていたのかと自覚した。


「別に、私は平気だよ」


しかし、テラは首を縦には振らなかった。


「そうやって強がって、後で倒れられでもしてみろ。そっちの方が心配するぞ。むしろアクアこそすぐ部屋に戻って休めって言いたいけど…、そうしたところで、ヴェンが気になって休むに休めないんだろ?」


どうやら、譲る気はないらしい。難しい顔をしていたテラだったが、そこまで言い終えたところで、にこりと笑顔を見せた。


私の肩にぽんと手を置く。力を抜け、とでも言うように。

私とは違って、大きくて、がっしりした手。温かい、安心する手だ。


「ヴェンは大丈夫だ。きっと」

「…うん」


根拠のない言葉なのはお互いに理解していたが、それでも私は、幾らか安心できた。

大丈夫、大丈夫…と、私は心で唱え続けてから、ぽすっ、とテラに頭を預けた。


「テラ」

「ん?」

「ありがと」

「…ああ」




名もない荒野の中。

俺の四方を、真っ黒な化け物が取り囲んでいた。

びゅうっと乾いた風が通り抜け、少しだけ目を細める。いっそ、このまま目をつぶって、開けた瞬間に、全て消えていてくれないだろうか。これが全部夢か幻かなにかであってくれないだろうか。

俺の顔から、冷たい雫が垂れた。小さな小さな、流れた冷や汗のその感触がやたらはっきり伝わって、残念ながらこれが現実であることを突きつけられる。


「う、あ…っ」


どくん、どくん、どくん。


怖い。


「やめてください、マスター!俺の力じゃ無理です!!」


怖い。


『怒れ!恐怖を怒りに変えるのだ!』


恐怖を怒りに?

なんだよそれ。

そんなことより早く助けて。

助けて、助けて、助けて。

冷たく光るキーブレードが鉛と化し、振り上げるだけの動作すら物凄く重たく感じる。

いつもならもっと素早く動けるはずなのに、足が地面に固定されているようで、じゃり、じゃり、と足の位置を変えることが精一杯で、動くことができそうにない。


「う、うう…」


こんなことになったのは、なんでだっけ。

どうしてこんなことになったんだっけ。


『お前は特別な力を持っている。キーブレードを操る力をな、ヴェントゥス』


かつて、マスター・ゼアノートが俺にかけてくれた言葉。

俺はそれが嬉しくて、じゃあその特別に磨きをかけようって思った。

あの時のマスターの目は、俺に対しての期待で一杯に見えたから。

でも、今のマスターの目は、今まで見たことがない。冷たく、狂気の混じったギラギラと光る目で、俺を見下ろしている。


マスター、俺はわからないよ。

マスターの考えていることが、わからない。

あなたは、一体なにを考えているんです?

なにを俺にさせようとしているんです?


『我にχブレードを持たらせ!!』


一際大きく張り上げたマスターの声。

きーぶれーど。

キーブレード、

いや、χブレード?

χブレードってなんだ?

ぼんやりと遠くでそんなことを思ったけど、その声が合図となり、真っ黒な化け物たちは、一斉に飛びかかり、俺に襲いかかってきた。


漆黒の黒のなかにぽつんとある黄色。

爛々と光る幾つもの黄色い目が、目の前に一杯に広がる。


「……っ、い、いやだっ…」


嫌だ怖い嫌だ。

誰か、誰でも、誰でもいい、


「たすけてっ……!」


誰か、誰か誰か誰かーーーーー

「あ、あ……うわあああああああああああっ!!」


視界がだんだん狭まっていき、そこで意識はぶつりと途切れた。




「ああああぁ…っ!」

「ヴェン!?」

ヴェントゥスの全身が突然びくりと震えた。

今の今までどんな夢を見ていたのか、彼はもう覚えていない。

ただ、断片的に脳内にあるのは、


誰かの哄笑、

真っ黒な闇、

化け物、

襲ってくる、

キーブレードの鈍い輝き、

冷たい手に溺れる感触、


ひとり。

暗闇の中に、ひとりぼっち。


アクアは、恐怖に震え、涙を流すヴェントゥスを抱き締めた。

ほかに自分にできることなど思いつかなかった。


「う、あ、こわい、こわい、こわいよ」

「そっか、怖いね、怖いよね、ヴェン」


子供をあやすように、ヴェンの頭に手を添えながら、アクアは答える。こんな状態のヴェンにかけてあげられる言葉はなんだろう。どんな言葉をかけてあげればいいのだろう。わからない。それが、悔しい。

私がキーブレードマスターになりたいのは、誰かを守るために強くありたかったから。

なのに、目の前で泣きじゃくる子一人すらどうすることもできないでいる。

アクアが歯噛みをしている間にも、ヴェントゥスは呪文のようにうわ言を呟いた。


「や、やだ、やだ、いやだ」

「なに?なにが嫌なの?」

「う、ぅ、ひとりは、やだっ…暗いの、真っ暗、誰もいない、なにも、見えない」

「………?」

「ひとりぼっちはいやだ、ひとりに、ひとりに、しないで、っひ、うぇ、なんで、誰も、あの時、誰も、助けてくれな、」


一人ぼっち?

だって今のヴェントゥスには、私やテラやマスターがいて、一人なんかじゃ…


いや、これはもしかして、ヴェンの過去の記憶の出来事…?


どうしよう。

アクアの頬を冷たい汗が伝う。

どうしたらいいの?

もう、わからない…!



「大丈夫だ」



アクアがパニックを起こす寸前に、静かな、落ち着いた声が響いた。


テラ。


「ヴェン、」

「っう、ひ、っく」

「ヴェーン」


テラが小さな子供に話しかけるように、優しく声をかけた。そっとヴェンの手をとり、握る。


「俺の手、わかるか?」


大きなその手から、温かな熱がヴェンに伝わる。それを感じたのか、ゆっくりとヴェントゥスは瞬きをした。涙で滲んではいるが、自分の手に触れるテラの手を見つめている。

ヴェントゥスは、おそるおそる口を開く。


「…う、ん…」

「アクアが、今、ヴェンに触れているのも、わかるな?」

「…わかる…」

「そうだ。俺とアクアはここにいる。お前は一人なんかじゃない」

「テラ、アクア、ふたりがいる…ひとりじゃない…」


ヴェントゥスがゆっくりと顔を上げる。今まで宙を彷徨い、何も映さなかったその瞳。しかし今は、確かに2人を写していた。


「…あったかい…」

「……!!」


アクアの全身が震えた。

こみ上げるものを必死に抑え、口を開いた。


「……うん、うん、そうよ。私と、テラと、マスターがいる。あなたはひとりじゃない。私達がヴェンを守るから。私達も一緒に、ヴェンの恐怖、受け止めるわ。ね、テラ」

「ああ」


テラもしっかりと頷く。


「テラ、アクア、……ありがとう……」


その言葉で胸が詰まって息ができなくなり、言葉にすることのできない気持ちを波打たせながら、アクアは真っ青な瞳の少年を見つめた。


ああ、なんだ、これだったのか、と心の中で呟く。

今まで、ヴェンに対する接し方がよくわからないでいた。

記憶を失い、覚束ない足どりで歩くヴェンに、どのように話せばいいのか、傷つけてしまわないかと、あれこれ考えていた。

ヴェンは本当はなにを思っているのだろうと、そんなことばかり気にしていた。

でも、本当に必要だったのは、自分の心が感じるままに動くこと。

それだけで、よかったんだ。


「ヴェン……ほら、」


アクアはヴェンのキーブレードを片方の手で引き寄せた。


「このキーブレード、早くヴェンに触ってほしいよーって、言ってるよ」


今ならきっと、大丈夫。

一人で受け止めるのが怖いのなら、一緒に。

キーブレードは、持ち主の心自身。

私が、私達が守りたいのは、大切な人。 彼が守りたいものだって、きっと。


「早くこの力を使いこなして、みんなを守るキーブレードマスターになってね、って。」


そう言葉を紡いだ瞬間、ヴェンの瞳に、真っ直ぐな光が宿った気がした。


アクアが持ったヴェントゥスのキーブレード『フレッシュブリーズ』を、ヴェントゥスはそっと触れた。その手の上からアクアは自分の手を重ね、小さな手を感じながら、握る。

その上からテラも手を重ね、三人の手が合わさる。


ヴェントゥスは、もう震えも、発作も、起こすことはなかった。


「おれ…おれは…守りたい。」


ヴェントゥスの大きな目から涙が溢れた。

それは、先程までの恐怖の冷たい涙ではなかった。


「テラ、アクア、マスター、みんな、守りたい。」


たどたどしくも決意に満ちた呟きに、二人は胸を打たれた。

テラは泣き笑いのような顔を浮かべている。

嗚咽を精一杯こらえ、アクアも囁き返した。


「うん、私も、私達もヴェンを守るわ。なにがあっても、絶対に守り続ける」


熱い雫が、キーブレードの上にポタリと滴った。

その時に、キーブレードがキラリと光を放ったように見えたのは気のせいだろうか。


お互いに触れあう手の熱が、入り込めずに凍っていた心の芯を、ゆっくりと溶かしていった。



「あとはこれで…よし、できた」

「アクアー!そろそろ始めるぞー!」

「はーい!今行くー!」


たった今作り終えたものを冷凍庫に入れ、みんなの集う広間へと足を動かす。


「遅かったな、アクア」


マスター・エラクゥスが呼びかける。


「ごめんなさい、今日のお菓子作りに時間かかっちゃって…」

「へぇ、珍しいな。そんなに時間がかかるなんて」


物珍しげにテラは目を見開いた。

お菓子作りの得意なアクアは、普段あっという間に作り上げてみせる。

修行の時間ぎりぎりまでアクアが来ないことは確かに珍しかった。


「……ちょっと、今日は豪華なものにしてみたの」

「ほう?」


はにかんで笑ったアクアに、マスター・エラクゥスは髭をなぞりながら目を細めた。


「…あまり甘過ぎないだろうな…?」


甘いものがそこまで得意ではないテラが、声のトーンを落としつつ聞いたが、アクアは問題ないという風に右手をヒラヒラと振った。


「大丈夫。きっとみんなの好みだよ。マスターも、テラも…ヴェンも、ね?」


視線を向けると、ヴェントゥスはほんの少し首をかしげた。


「おれの、好み?」

「そう。みんなが気に入ってくれるように、頑張って作ったのよ。」


ヴェントゥスは下を向き、少し考えこんだ後に、まっすぐアクアの目を見て



「………ありがとう」




ほんの少しだけ、ヴェントゥスが笑った。

それは初めて私たちに見せてくれた、笑顔。

マスター・エラクゥスも、テラも、私も、その時はきっと驚きと嬉しさで目を見開いたに違いない。

更に私の場合は、いろんな感情がぐるぐる混ざって、目頭が熱くなるのを慌ててこらえたのだけれど。

うーん、私ったら、いつの間にこんなに涙もろくなったんだっけ?

これ以上は切り替えないと泣いてしまいそうだと判断したアクアは、ぱん!と手を合わせて声を張り上げた。


「さ、お菓子は見てからのお楽しみだよ。だからそれまで修行頑張ろう!マスター、お願いします!」


ヴェントゥス、テラ、アクアは同時にキーブレードを出現させた。

マスター・エラクゥスは、ヴェントゥスがキーブレードを握っていることに、驚愕の色を示したが、テラとアクアの晴れ晴れとした顔を見て全てを悟ったのだろう、自身もキーブレードを出し、構えをとった。


「よし、ーーーでは、始め」

「はい!」



ーーー私が今日作ったものは、アイスクリームケーキ。気合を入れて作ったので結構大きくなっちゃったんだけど。

マスターの好きなイチゴ、テラの好きなキャラメル、ヴェンの好み…は分からなかったので、他にもいくつかの種類のアイスで作った。

早くお菓子の時間にならないかな、とアクアは思った。

私達の絆が結びついたこと、そして、これからもっと深めていこう、ということを祝うために作ったアイスケーキ。

目の前にそれを置いたとき、3人はどんな顔をするだろう。

ワクワクと胸を踊らせながら、いつもよりずっと軽い身体で、アクアは地面を思いきり蹴った。


「いきます!」


威勢のいい掛け声と共に、4本のキーブレードがぶつかる澄んだ金属音が旅立ちの地に響き渡った。








ーーーーありがとうーーー







どくり、と一際大きく心臓が鳴り響いた。

同時に熱いものが胸の内に流れ込んできたことに少しだけ戸惑ったが、すぐに自分の中で渦巻くドス黒い感情で打ち消す。


「どうかしたのか、ヴァニタス」


マスター・ゼアノートのかける言葉に闇色の少年は鋭い視線を向ける。


「ヴェントゥスの心の動きが、大分ハッキリしてきた」

「ほう?」

「俺はあいつだからな。…たった今、同調していただけだ。」

「ふ、ふ、そうか。さぞ新鮮で、楽しいだろうな?」

「…黙れ」


含んだ微笑みでこちらを見るマスター・ゼアノートに、少年は吐き捨てるように返事をした。


楽しい?

むしろ苛々していたくらいだよ。

あいつの、ヴェントゥスの闇として生まれた俺が、そんな感情を持っているはずがない。

それよりも、なによりも。俺には。


「そんなもの俺には必要ない。…俺に必要なのは、負の感情と、力だ。だろ?」



ただ純粋に何者をも凌駕する、圧倒的な闇と、力。

それだけでいい。


「…そうだな。もっと強くなるがいい、ヴァニタス」


二人のキーブレード使いの立つ荒野に、乾いた風が虚しく吹きわたる。

胸の中で、打ち消したはずの熱が、より大きくなってまたどくどくと流れてきた。

息苦しくなって、少年は頭部の仮面を外し、大きく息を吸い込んだ。

呼吸を整え、頭を上げたときには、もういつもの顔に戻っていた。


何処までも空虚な空を仰ぎつつ、


少年ーーーヴァニタスは、にいぃ、と毒々しく笑ってみせた。





「はやくχブレードに相応しくなれよ…ヴェントゥス」

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