突然ですが兄貴が出来ました!

湖村史生
@komura_sio

案ずるより産むが易し

「はぁ...」

俺の部屋には似つかわしく無いスーツが、壁に掛けられている。

俺は苦々しい思いで見つめていた。

母さんはあの日、母さんと再婚をする予定の奴に連絡をしたらしく、向こうの都合とこちらの都合を考慮して、一ヶ月後の土曜日が顔合わせになった。

で、いよいよその日が今週末となった今日。母さんがでかい紙袋を持って帰って来た。

「断ったんだけどね、オーダーメイドだからって言われて...」

と、箱に綺麗にたたまれたスーツを手渡された。

見ただけで、素材の良さが分かる。

上着の内側には、僕の名前のイニシャルが刺繍されていて、一緒に入っていたワイシャツの腕にも、イニシャルが刺繍されている。

服のサイズも、まぁ~ピッタリ

「高校生なんだから、身長伸びるかもしれないのに...」

壁に掛けられているスーツに、ポツリと文句を言ってやる。

茶色のスーツに、襟と袖は白で他は薄いラベンダー色のシャツ。ネクタイもさり気なくブランド品だし...、嫌味にならない品の良い柄に凄くオシャレでセンスの良さを感じる。

「はぁ...」

出るのは溜息ばかりになる。

こんな高そうなの貰ったら、嫌がらせしづらいじゃないか...。

自分に叱咤するように、頬を両手で叩いて喝を入れる。

本当に母さんを大切にしてくれる人なら、俺は文句言わないけど...。

親父が金持ちだったが故に、お袋がもらっであろう遺産目当ての奴がけっこう来た。

でも...こんなスーツをぽんっとプレゼントする位だから、お金持ちなんだろう。

本当に母さんの事が好きなら...と、脳裏をよぎる。

悶々とした感情を抱えて、その晩はほとんど眠れずに夜を明かした。

こんな時、いつもなら相談している2つ年上の幼馴染、蒼ちゃんが最近忙しくて会えていないでいる。

「はぁ...」

溜息をこぼしながら、寝不足の頭を抱えてマンションのロビーを抜ける。

俺には赤地蒼介、勝造という兄弟の幼馴染が居る。

蒼介...こと、蒼ちゃんは俺の憧れで、信頼出来る兄貴で、何よりも初恋の人。

え‍?何で男が初恋の相手なのかって‍?

チッチッチっ!

蒼ちゃんをその辺の男と一緒にしないでもらいたい。

類稀に見る美貌の持ち主なのだ。

透き通るような白い肌。

色素の薄い薄茶色の瞳と髪の毛。

蒼ちゃんの髪の毛は、陽の光に当たると金色に輝く。

そんな時、蒼ちゃんが本当は性別の無い天使なんじゃないかと思う程に美しい。

蒼ちゃんは、美の女神から祝福されて産まれたような美しさを持っているんだ。

子供の頃、蒼ちゃんが男の子だと分かった人なんて誰もいなかった。

確か二年前。

蒼ちゃんが友達である秋月先輩のお父さんの会社の花嫁モデルをやった事があった。

(なんでも、予定のモデルが写真と違いすぎたらしく、偶然スタジオ見学していた蒼ちゃんに白羽の矢が当たったらしい)

お陰でCMは大成功。

「謎の美女」と話題になる程に綺麗で、誰も男子高校生が女装したなんて思わなかった。

まぁ、正体不明のままで消えたから、今やそのポスターはお宝扱いになっている。

そんな蒼ちゃんが身近に居たから、俺は女の子に興味が無かった。

俺の世界は、蒼ちゃん中心に回っていた。

そう...秋月先輩に出会うまでは...。

ぼんやり考えていると

「あ~ちゃん、おはよう」

ふわりと背後から抱き着かれる。

俺は久しぶりの蒼ちゃんの声に、満面の笑みで振り返る。

「蒼ちゃん!おはよう。珍しいね、俺と同じ時間なんて」

振り向きながら答えた俺に、蒼ちゃんは綺麗な顔を少し曇らせて

「勝造がさ、昨夜から熱出しちゃったんだよね」

と言いながら、俺の手を掴んで歩きだした。

俺の胸中に嫌な予感が渦巻き始める。

すると、見覚えのある黒塗りのベンツが見えてきた。

「蒼ちゃん、俺、1人で学校行けるから...」

必死に逃れようとしていると

「ダメ!翔にも許可取ったから、つべこべ言わずに乗った乗った!」

いくら華奢とはいえ、そこは高校生男子。

ベンツの後部座席のドアを開けると、逃げようとする俺の首根っこ掴んで車に押し込んだ。

勢い良く押し込まれ、俺は後部座席に寝転がる型になって押し込まれた。

そして助手席のドアが閉まる音と共に、

「お待たせしました。宜しくお願いします」

の蒼ちゃんの声と同時に、車のドアの鍵が閉まる音と共に走り出した。

そして俺は、頭に硬い男性の膝枕の感触を感じながら固まった。

「おはよう、神崎君」

大好きな声が降ってきて、くすくす笑いながら秋月先輩が寝転がる状態の俺を見下ろしている。

「あ(秋月先輩)!お(おはようございます)!す(すみません)!」

俺は緊張のあまり、言葉の頭しか出て来ない。しかも、起き上がりたいのに、慌ててなかなか起き上がれない。

ジタバタしてる俺に

「慌てなくて良いよ」

そう言いながら、先輩が俺の頭をポンポンって軽く叩いた。

その瞬間、俺の心臓が激しく高鳴る。

「翔!あ~ちゃんに手を出したら許さないからな!」

そんな俺の気持ちを知らない蒼ちゃんが、助手席から顔を出して叫ぶ。

「アホ。お前らが居るのに、何をどうするんだよ」

呆れた顔をする先輩に

「お前なら、何かしそうだよ」

と、蒼ちゃんが目を座らせて叫んだ。

(何かって何‍?俺、先輩なら別に...)

という心の声とは裏腹に、俺はゆっくりと身体を起こして先輩の隣に座った。

隣に座る秋月先輩は、蒼ちゃんに呆れた顔をして何か会話をしている。

俺は自分の心臓の音がうるさくて、蒼ちゃんと先輩の会話が聞こえないでいる。

「...ね」

何か蒼ちゃんに同意を求められ、ハッと我に返り

「あ...ごめん。聞いてなかった…」

えへへと笑いながら、俺は窓の外に視線を移す。

でも、俺の目に映っているのは、流れる外の景色では無くて、窓に写る隣に座る秋月先輩の横顔を見つめていた。


______俺と秋月先輩の出会いは、今から2年前。

蒼ちゃんは中学2年の時、親友だと信じていた結城先輩に強姦されそうになり、それ以来、俺達以外の人間に心を閉ざしていた。

何も彼も諦め切った冷めた目をしていた蒼ちゃんを、誰もが心配していたっけ…。

だから蒼ちゃんは、同じ中学の誰も行かない桐楠大学附属高校に特待生として入学した。この学校は、いわゆるお嬢様お坊ちゃま学校で、母さんと父さんが出会った学校。試験を受ける前の審査も厳しければ、学費もめちゃくちゃ高い。だから一般人には特待生にでもならなくちゃ入れない学校なんだ。

蒼ちゃんは卒業生推薦枠の母さんの推薦状と、筆記試験でトップの成績を取ってこの学校に入学した。

桐楠大附は、お嬢様お坊ちゃま学校なだけあって、蒼ちゃんの容姿にあれこれ言う人は少なくて、今や蒼ちゃんは桐楠大附の女神と呼ばれて崇められている存在なんだ。

本人は相当戸惑っているみたいだけど、まぁ、いじめられたりしないなら良いのかな‍?とか俺は思ってる。