誕生日と風邪っぴき

ひがのすけ
@Goodquickly

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かちゃ、と静かな音を鳴らしてドアを開く。

ふわと香る匂いに、大きく息を吸い込んだ十龍之介は、がさと手に持った袋を気遣いながら靴を脱いだ。


きっとファンの子が知ったら「羨ましい!」と口々に言うだろう。

抱かれたい男ナンバーワンの八乙女楽。そして、今女性からも男性からも注目を集めるサツキ。

この二人の家に、お邪魔するなんて。


既に何度か来た事がある手前、慣れた様子でリビングに足を運び、テーブルに荷物を降ろす。

今日は久々のオフだ。

そんな日にここを訪れたのは、今朝楽からかかってきた電話が影響していた。




『おはよ、龍』


抱かれたい男ナンバーワンの、何とも言えない色気を纏った朝の声。

眠気は一瞬で吹き飛んだというのに、龍之介は一瞬息を詰まらせてから「おはよう」と返した。


『今日、龍ってオフだよな?』

「え、うん、そうだけど」

『実はさ、サツキが具合悪くしちまって』


楽の口から聞かされた名前に、無意識に背筋が伸びる。

八乙女楽の、血の繋がりのない弟、サツキ。彼との関係は、まだ楽には話していない。


「そ、そう、なんだ?」

『俺朝から出るし…いや、意外かもしんねーけど、アイツ体だけは昔っから丈夫なんだよ』


細く色白な体を思い出して、その意外真実に「へぇ、」と思わず声を漏らす。

勿論そんな同意を求めて言ったわけでない楽は、憂い帯びた声色を変えずに続けた。


『急な体調の変化で、辛そうなんだよ。…一人にすんの耐えらんなくて』

「さすが、お兄ちゃんは優しいな」

『だろ?とにかく、アイツを一人にさせたくねぇんだよ。つーわけで、悪いんだけどうちに来てくんねぇかな』


たまに様子を見てやるだけでいいから。

楽のその口ぶりから、サツキは自室に籠もって伏せっているのだということが想像できる。

断る理由なんて、あるわけがない。


「勿論、そのつもりだよ」


あまりにあっさりと承諾してしまい、はっとして口を閉じる。

何せ、龍之介は知っていたのだ。楽からの電話の前、同じようにかかってきた電話で。

泣きそうな声で、掠れた声で、ごめんねごめんねと、そう繰り返された言葉。

声色からその表情は想像できた。だから、早く顔を見せてあげたい、見せてあげるつもりだったのだ。


『そっか、助かる。宜しくな』


どうやら楽は不自然に思わなかったらしく、安心したような声の後電話は切れた。

今思い出しても少し緊張する。

龍之介はふーっと息を吐いてから、よしっと気合いを入れてサツキの部屋に向かった。


あまり音を立てないように、ゆっくりとドアを開けて「お邪魔します」と中を覗き込む。

白い壁と、静かに窓を覆う水色のカーテン。部屋の奥にもこと布団を膨らませたベッドがある。

サツキは枕に頭を乗せて、目を閉じていた。


「…、サツキ」


赤くなった顔、汗ばんだ額には髪の毛が張り付いている。

残念ながら自分の手が冷えていないことに気付きながら、龍之介はその額に手を伸ばした。


張り付いた髪の毛を退かして、頭を撫でる。

起こすつもりはなかったのだが、その感触にサツキは薄く目を開いた。


「楽…、まだ、出てないの……?」


掠れた声は、電話越しに聞いたものと変わらない。

もう一度頭を優しく撫でると、サツキはぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「え…、え、なんで、龍がいる…?」

「うん、来たよ」

「龍…」


驚いた顔は、すぐさま嬉しそうに笑みを象る。

と思いきや、今度はさっと口元を覆い、眉を八の字に下げた。


「龍、俺、ごめん……」

「いいんだよ、気にしないで」

「でも、せっかく予定、空けてくれたのに…、龍と二人で…お出かけ…」


龍之介の想像通りだ。

顔を真っ赤にしながら、目が潤んでいるのは熱のせいだろうか。


「最近忙しかったんだろ?いい機会だから、めいっぱい休めばいいよ」

「でも、龍のお休み…」

「俺のことなんて気にしなくていいから。お出かけはまた今度しような?」


今日、サツキと龍之介には同じ予定が入っていた。否、予定を入れていた。

なかなか予定の合わない二人の、数少ない所謂デートになるはずだったのだ。

それを気にしてか、申し訳なさそうに眉を寄せたまま、揺れる瞳が龍之介を見上げる。

「いいんだよ」ともう一度声をかけると、サツキはそこにある龍之介の腕に手を重ね、すんと大きめに息を吸いこんだ。


「…有難う」


どうしてこんなにもいじらしいのだ、この子は。

龍之介は自分の胸をきゅっと掴み、もう片方の手でサツキの頬を撫でた。


「…龍、嬉しいけど、部屋、出たほうがいいよ?」

「ん?」

「移しちゃう、かも…」


潤んだ瞳が龍之介から逸らされる。

龍之介は思わずぽかんと口を開き、やれやれとサツキの頬を手の甲でぽんと触れた。


「今はそんなのこと気にしなくていいんだ」

「そういうわけには…」

「サツキが寝るまで、傍にいるだけだから」


ね、と念押しするように声をかけ、眠りに誘うようなリズムでサツキの胸に手を乗せる。

サツキはそれまでの八の字に下げた眉から一転、安心した様に顔を綻ばせた。


本当は、誰かに傍にいて欲しいのだろう。

その気持ちを飲み込んで、楽を送り出したに違いない。


「…大丈夫だ。俺がいるよ」

「ん…」

「おやすみ、サツキ」


目を閉じたサツキは、短い返事だけで口を閉ざした。

少しずつ呼吸が深くなる。


龍之介はサツキが眠ったのを確認すると、静かに立ち上がった。

サツキを見下ろし、良かったと胸を撫で下ろして部屋を後にする。

人様の家だ。あまりうろうろせず、リビングで大人しくしていよう。

そう思い再びリビングへ戻ってきた龍之介は、テーブルの上の置手紙に気が付いた。


「…楽か」


殴り書いたような文字で「サツキを宜しく」と書いてある。

そしてその下には、「これでも見て時間潰してくれ」と。


龍之介は置手紙の下にあった、少し大きいの本のようなものを手に取った。




・・・




薄く目を開いたサツキは、何度か瞬きを繰り返して、ぼんやりとした視界を見渡した。

カーテンの向こうはオレンジ色に染まっている。


随分とぐっすり眠っていたらしい。

上半身を起こして、汗で気持ちの悪い首元をぐいと引っ張る。

たくさん汗をかいたせいか酷く喉が渇いていて、サツキはベッドから足を下ろし、ズキと響いた頭に手を当てた。


「…んん……」

「…サツキ?」


サツキの唸り声に反応したかのようなタイミングで、部屋のドアが静かに開けられた。

ゆっくりと顔を上げると、こちらに歩み寄ってくる龍之介が見える。


「龍…」

「どうかした?起きて平気?」

「あ、…」


とっさに出した声が掠れ、サツキは口を掌で覆って頷いた。

恥ずかしい、きっと髪は乱れて、寝起きの目は腫れぼったくなっているだろう。


「そろそろお腹空くかなと思って果物剥いたけど、食べれる?」

「ん…」

「良かった!」


言葉通りに、それまで気を遣うように暗かった表情がぱっと明るくなる。

龍之介はその笑みを浮かべたまま、お皿に乗ったリンゴにフォークを刺した。


「はい。ゆっくりでいいからね」


低い声が心地良い。

今日最初に龍之介に会った時、あれからどれ程経ったのかサツキには想像もつかない。

ずっと、いてくれたんだ。


サツキは受け取ったリンゴをぱくとそのまま口に運び、じわと広がった甘味に頬を緩めた。

まだ頭が寝起き状態だからか、普段よりゆっくりと噛んで、ゆっくりと飲み飲む。

龍之介は「食欲があれば、きっとすぐに治るね」と自分のことのように嬉しそうに言って、サツキの背中を優しくさすった。


「龍…有難う」

「いいんだよ。他に、何かして欲しいことある?」


サツキの顔を覗き込みながら、問いかけてくる優しい声。

じわじわと胸の奥が暖かくなる。

それと同時に、汗で滲んだ体に触れられていることが恥ずかしいことに思えた。


「あの、体、拭きたい、かも、です」

「そっか、そうだよな。ちょっと待ってて」


何となく言いづらくて敬語になったサツキの違和感など気にする様子なく、龍之介はぱっと立ち上がった。

そのまま部屋を出ていき、暫くするとパシャパシャと水が揺れる音が聞こえてくる。

「お待たせ」と大して待っていないのにかけられた声で顔を上げると、龍之介は腕に洗面器を抱えていた。


「勝手に使っちゃったけど、平気だよね?」

「う、うん」

「じゃあ、はい、バンザイしよっか」


ベッドの横で腰を屈めた龍之介が、軽く両手を挙げる。

それが服を脱がせるための動作と分かっていながら、サツキは龍之介の動きに釣られて手を挙げていた。


「わ…っ」

「かゆいところある?くすぐったかったら言ってね」

「え、え、っ、俺自分で…」

「いいからいいから」


慣れた手つきで服を脱がされ、湯につけられたタオルが背中に当てられる。

それが不覚にも気持ち良くて、サツキは恥ずかしさとの間で揺さぶられながら、ぎゅっと目を閉じた。


「熱くない?」

「ん…気持ち良いよ」

「そっか、良かった」


気を遣うように、優しく。くすぐったくない様にゆっくり。

腰をなぞり、それから前へ回って胸へ。

大きな手が視界に入った瞬間、タオル越しなのに熱がぶわと膨らむのを感じ、サツキは気付かれないように顔を逸らした。


「ん…い、いつも、弟さんにしてあげてた?」

「ん?あ、いや、はは、ごめん。子供扱いに感じちゃった?」

「え…っと、ちょっと」


ごめんねと言われても、自分ばかり意識している状況に恥ずかしくなるだけだ。

サツキは自分の手を布団の上で握りしめ、ちらと龍之介に目をやった。


「実はさ、テーブルの上に写真…サツキの、幼い頃のアルバム置いてあって」

「…アルバム?」

「楽が置いたんだろうな。見てて気付いた。10歳より前、ないんだなって」


小さい頃の写真なんて、自分でもまともに確認したことがない。

サツキは少し不安に感じながら、こちらを向いていない龍之介の横顔を見つめた。


「楽は心底サツキのこと可愛がってるけど、忙しいだろ?お父さんはほとんど事務所に引きこもってて…サツキ、甘えたりワガママ言ったり出来なかったんじゃないかって」

「え…」

「そう思ったら、俺がめいっぱい甘やかしてあげたいなって。恋人として」


そんなことない、そう言い返そうと開いた口。

サツキは龍之介の言葉を噛み締めて、目を大きく開いた。

微かに揺れていた視界に映る龍之介の顔は、赤く染まっている。


「も、勿論、サツキが嫌じゃなければだけど」

「龍…」


与えてくれる言葉があまりに嬉しくて、サツキは咄嗟に口を掌で覆っていた。

その様子に、龍之介は「すぐに済ますね」とサツキの体を気遣って、再び手を動かし始める。


でももう、タオルの温かさなんてなくても、サツキの体はすっかり暖かくなっていた。

暖かい、だからこそ余計に胸が痛む。

だって本当は、今日は。


「俺、今日一緒に出かけた時…龍の欲しいもの、買おうって思ってて…」

「え?」

「誕生日なのに、俺がもらってばっかりだ…」


そもそも、どうしてこんなタイミングで倒れてしまうんだろう。

自分の不甲斐なさで胸が軋んで、サツキは今日初めて龍之介と顔を合わせた時のように頭を下げた。

今日は龍之介の誕生日を祝うはずだったのだ。恋人として、初めて。


「何言ってるんだ。いいんだよ。俺なんか、いっつもサツキにいろんなものもらってるんだから」

「…そうやって、龍は余裕があって…俺ばっかり…」


困らせるつもりなんてないのに、口をついた声は余りに子供じみている。

それがまた申し訳なくて、サツキはベッドについた龍之介の手に自分の手を重ねた。

サツキの手に汗が滲んでいたからだろう、しっとりと二人の手がくっ付く。


「余裕なんて…そんなこと、ないよ」

「あるよ」

「うん、ごめん。その、俺も全然余裕なんてなくって…」


サツキの体を拭っていたタオルがぽととシーツに落ちる。

直後サツキの胸に触れたのは、龍之介の掌だった。


「…実は今も、サツキのこと、あまり見ないようにしてるんだ」

「え?」

「サツキ、色っぽい、から」

「…え、俺が…?」


するりと背中をなぞった手が肩を抱く。

されるがまま龍之介の胸に顔をぶつけると、耳に龍之介の震える息がかかった。


「こんなに綺麗なサツキが、無防備に俺を受け入れてくれて…、この子が、俺の事思ってくれてるって、それだけで最高な気分だ」

「そんなの、」

「サツキに触れてるだけで、傍にいられるだけで、俺すごく嬉しいんだよ」

「そ、そんなの、俺だってそうだよ」


龍之介の服をぎゅっと掴み、ゆっくりと顔を上げる。

近い距離、今にも唇が重なってしまいそうだ。


「お、俺も、嬉しいから…それじゃあ、龍の誕生日にならないよ」

「…そうだった。サツキは結構頑固なんだよな」


呆れられたかもしれない。そう思い恐る恐ると見上げた龍之介の顔は、サツキの予想に反して笑っていた。

眉も八の字に下がっていない。

それが意外で、きょとんとしたサツキの頬に、龍之介の唇が触れていた。


「りゅ、」

「今度、また一緒にお出かけしよう」

「そ…それ、だって、俺が嬉しい…」

「俺がしたいことしよう。それでサツキが笑って傍にいてくれたら、それが俺にとって一番のプレゼントだよ」


ぽんぽんと背中を優しく撫でられる。

したいことだなんて。サツキが納得するように、とって付けたような言葉だ。


「だから、今は何も気にしないで」


優しい人。大好きな人。

サツキは小さく頷いて、龍之介の背中に回した手でぎゅっとしがみついた。


「…龍…大好き。大好きだよ」

「うん」

「誕生日、おめでとう。ずっと、傍にいさせてね…」

「こちらこそ…ずっと、これからも、宜しくね」


耳元で紡がれる優しい声が、じわとサツキの体を暖かくする。

途端にもっと触れたくて仕方がなくなって、サツキはゆっくりと龍之介の背に回した手を解いた。


「ん?」


不思議そうにする龍之介の顔を見上げて、無意識にも喉がごくりと音を立てる。

もっと触れたい。キス、したいなんて。風邪ひいてるんだから、我慢しなきゃ。

そう思うのに、期待してしまう距離に、震える唇を開く。


「龍…」


触れたい。触れて欲しい。

ああでも、駄目だ、駄目だけど、駄目なのに。

体が熱くて、顔が熱くて、龍之介の胸に手を重ねる。

その手に龍之介の手が重なった瞬間、龍之介ははっと口を大きく開いた。


「あ、あれ、サツキ、熱、上がってない…?」

「え?」

「あっ!!あああ、ごめん!!」


がばっと体が剥がされ、顔を真っ赤にした龍之介が焦ったように立ち上がる。

「着替え、見繕うね!」と言いながらサツキをベッドの布団の中に押し込んだ龍之介は、ばたばたと部屋を飛び出して行った。


「……龍」


いや、これで良かったんだろうけれど。

もはや熱なのか熱じゃないのか分からない体の火照りに、サツキは布団に潜って体を小さくした。

でもそういうところも、龍らしくて、大好きなんだ。

「ごめんね!」と再び龍之介が戻ってくるまで、サツキは顔を綻ばせて枕を抱き締めていた。




(終)