短編詰め

夜詩アリア
@hebisakuraria

七夕の願い、いつの日か

「本当に、七夕祭りの2日間は賑やかですね」

「そりゃあそうだよ、ここは星の国って呼ばれるくらいなんだから。それに今日は前国王の聖誕祭だからね」


 ここ、シリウス王国では七夕は国を挙げて祝う行事のひとつだった。この国は、位置的にか、普通なら見えない星すらも見ることが出来る。そして美しい星々が夜空に輝くことから、星の国とも呼ばれるほどだ。その国に、七夕という星の関わる行事は、聞こえは悪いが観光客にはよく受ける。

 何より、祭りというのは悪いものでは無い。月に一度の大きな祭りを心から楽しめる余裕が、この国にはあった。


 そしてこの七夕祭りは2日間かけて行われる。厳密に言うと2日目は七夕祭りではなく、今は亡き前国王の生誕祭。現女王ミライの父の誕生日を祝うものだった。

 これに関しては、女王のミライが直々に、自身が婚儀を果たすまでは続けて欲しいと声を上げたからだ。

 そのため、2日間掛けて行われる七夕祭りは最後だろうと言われている。彼女の結婚が、今年の彼女の誕生日に行われると仄かに噂されているからだ。


 そして、群青色の長い髪をポニーテールで纏めている女性、マヒナ。珍しい青と紫のオッドアイをしている、美しい女性だ。

 隣に立つのは彼女の夫のアオ。白銀の髪に金色の瞳を持っている。

 その子供の2歳になったソーマとルナは顔は母に似ているものの、髪留めの色は父のものを継いだらしい、父と母と手を繋ぎ、4人は噴水広場に向かっていた。

 噴水広場では、大きな笹が飾られている。その笹に願い事を書いた短冊を吊るすことが出来るのだ。

 今日ばかりは、図書館を閉め、子供たちのためにも、自分たちが休息をとるためにも、七夕祭りを楽しむことにしていた。


「ママ、抱っこ」

「もう疲れちゃったの?」


 マヒナの隣にいたルナが手を伸ばす。やれやれと言った様子でルナを抱き上げると、ソーマはそれを羨ましがった。声に出さないものの、目がそう告げている。

 そしてそれを見逃さなかったアオが、ひょいと屈んでソーマを肩に乗せた。


「じゃあ、ソーマはパパが肩車してあげよう〜!」


 そんな風に会話をしながら、4人で笹がある噴水広場へと歩いていく。街の人はみな浮ついた雰囲気で、出店で買い物をしたり、子供たちは走り回ったり遊んでいる。

 その中を割って歩き数分、近づき始めた噴水広場からは柔らかな旋律が聞こえ、大きな円を描くように人が集まっていた。


 何があるのだろうと興味を引かれたアオとマヒナは、人混みの間から顔を出し円の中心にいるだろう人物を一目見ようとする。だがマヒナは人の多さに押され、一歩下がった。ルナを抱いている状態では危険だと判断したからだ。

 だが、人混みの中でも頭一つ分背が高いアオは、特に人の中に入り込む様子もなく、中心の人物を捉えた。


「あの子は、イヨウちゃんだね。隣にいる人は見たことないかなあ」


 イヨウ。

 昔助けられた、マヒナそっくりな少女だ。魔導王国ウィザードリィに住んでいる彼女は、中々海を渡ってシリウス国に来ることは無く、数ヶ月に一度しか会うことはなく、基本は手紙や魔法通信でしか連絡を取り合っていなかった。

 妹のように可愛らしい少女、そんな彼女が今何をしているのか気になってもう一度人混みの中に入り込もうとする。


「抱き上げてあげようか?」

「恥ずかしいからやめてね」


 冗談なのか本気なのか分からないアオの言葉を避けてやっと見えたイヨウは、舞うようにしていた。

 踊っているのか、それとも何か意味のある舞いなのかは分からない。ただ、先程から流れてくるハープの旋律に合わせて、彼女は身体を漂わせていた。

 隙間から見えるその姿だけでも美しいことこの上ない。白いロングスカートはドレスのように靡いている。ふわりと浮かべられている女神のように美しい微笑みは、観衆ではなく、アオの言っていた、もうひとりの誰かに向けられているようだった。


 それにしても目が離せない。引き込まれて立ち止まってしまう。このまま終わりが来るのが惜しいと感じてしまうくらいに。

 4人が来て数分。ハープの音が鳴り止むと、イヨウはゆっくりとステップを辞めた。

 彼女の動きが止むと、周りから拍手が起こる。何が起きているのかわからないと言いたげなイヨウの隣に、ハープの演奏者だったのであろう青年が立った。

 彼がイヨウに手を差し出す、イヨウは彼の手に自らの手を乗せると、2人は合わせて一礼をする。そうすると、また大きな拍手が2人を包み込んだ。


 凄かった、なんて言葉を聞きながら、アオとマヒナは、はけていく人混みとは逆にイヨウの方へ向かう。


「イヨウちゃん、久しぶり」

「マヒナさん!」


 声を掛けると、イヨウは直ぐに反応するや否や、彼女はマヒナに抱きつく。マヒナに抱かれているルナがいるのにも気づかなかったが、ルナが声を上げると、イヨウは焦ってマヒナから離れた。


「ごめんなさい、ルナちゃん」

「いーよー!」


 ルナに目線を合わせて謝ると、ルナはそう言った。その様子を微笑ましく眺めながら、マヒナはイヨウに話し掛けた。


「来てたなら声掛けてくれれば良かったのに」

「ビックリさせたかったんです。でも先に見つかってしまいましたわ」


 と言うが、正直2人は、イヨウが今ここに居ることに僅かにだが驚いている。彼女がシリウス国に来るのは研究会か何かある時か、セナリアについてくる時くらいで、個人の旅行で来たことはここ数年の付き合いでたったの1度だけだ。

 驚いているのはもちろん、イヨウがいることにもだが彼女の同行者らしき人物にもだ。


「後ろの方は?」


 金髪と言うよりか、クリーム色に近い、柔らかな黄色の長い髪にエメラルドグリーンの瞳をした青年は、長い耳を持っていた。

 マヒナの問い掛けに、イヨウが青年を手招きする。ハープを片付けていた青年はハープを丁寧に仕舞い終えてから、イヨウの隣に立った。

 

「ヴァイス・ブランフルシュと申します」


 低くはあるが、柔らかな声色。ヴァイスの風貌は優しげで、穏やかな印象を受ける。彼とイヨウの関係性を尋ねたいところだが、それを今聞くのは野暮だろう。

 イヨウは彼の腕に抱き着く。その光景に、2人は驚いた。

 彼女は男性が苦手だ。それは元より知っている事実であり、アオにもあまり近付こうとしなかった。話すことはもちろんしていたが、一定の範囲に近づかないようにしている雰囲気があった。

 .......だというのに、だ。


 あろうことか、彼女自ら触れることをするということは、それほど親しい関係なのか。


「彼の暇についてきたんです」

「よくセナリアさんが許してくれたねえ」

「彼、お母様と知り合いなので」


 ああ、なるほど。と2人は納得した。あの過保護なセナリアの知り合いなら、何かあった時も信頼できるということだろう。

 だからといって、距離が近いのにはそれはそれで別の理由があるのは何となく察することが出来る。彼の前でコロコロ変わる表情を見れば明らかだ。

 

 それにしても、彼が持つ長い耳。それはエルフ特有のものだ。纏う魔力も、人間とは何かが違う。澄んだ湖のように穏やかだ。惚れ惚れとしてしまう高貴さがあるように感じた。


「なにかついてますか?」

「いえ、エルフは初めて見たもので、つい」


 エルフは魔導王国ウィザードリィと、アルシェリア王国の国境となる迷いの森。その奥地には秘境と呼ばれる場所がある。その秘境の奥地にあるエルフの森に住んでいる。

 島国であるシリウス国では、物語の中の存在と変わらないのだ。そんな空想上の存在が、今確かに目の前にいることが、感慨深かった。


「にしても、なんであんなことになってたの?」

「彼女が短冊を書いている間に暇だったのでハープを奏でていたら、戻ってきた彼女が踊り出していたのに気づき、観衆が集まり、途中で辞めるのも気が引けたので最後までひきました」

「声掛けたのに気づいてくれなかったので、なんとなく身体を動かしたら楽しくなってしまって」


 相変わらずやることが違う。

 初めて出会った時も、彼女はこの噴水広場でハープを奏でながら歌っていた。その観衆の中にいたマヒナが声を掛けたのがきっかけだった。

 彼女は己のやりたいことに従っているだけなのだろう。今で言うなら、彼のハープに合わせて踊ったら、きっと気持ち良いだろう。くらいの感覚で。

 

「もう短冊に願い事書いたんだね」

「なにかいたのー?」

「内緒です」


 ソーマの問い掛けに、人差し指を唇に持っていき軽くウインクをする。と、ソーマは唇をとがらせた。


「けち!」

「どうぞみつけてごらんなさい」


 ニコリと笑うと、ソーマとルナは探すと声を上げているが、無闇矢鱈に人の願い事を見るのはよくないだろう。

 というよりも、きっと自分たちの願い事を書いているうちに、探すことなんて忘れてしまいそうだ。


「イヨウちゃん、今から私たち短冊書いてくるから終わったらお茶でも行きましょう?」


 マヒナが問いかけると、イヨウは隣にいたヴァイスに目を向ける。すると彼はふいと目を逸らした。


「いや、私はいい。久々だと言っていただろう」


 別にアオもマヒナも、ヴァイスがいた所で何も問題は無い。それどころか2人から、色々話を聞きたいくらいなのだが、彼が断るなら自分たちが強制することは出来ない。

 そう、2人には。


「一緒に行きましょう」


 逸らした視線の方にイヨウは歩く。彼女は彼の頬に手を伸ばし、そっと包み込むと、自分の顔とヴァイスの顔を近付かせた。


「私が行きましょうと言っているのです。疑問形ではありません。答えは、はいだけですわ」

「.......適わないな」


 どうやらヴァイスも同行することにしたようだ。なら、自分たちも早めに短冊を書いてきた方がいいだろう。


「じゃあ、少し待っててね〜」


 アオが2人にヒラヒラと手を振りながら歩いていく、配られている短冊を人数分貰い、並べられている机に置かれているペンを手に取った。


「ルナは何を書くの?」

「パパとママとたくさんあそべますように!」


 子供らしい願いだ。短冊には、猫なのか犬なのか判別できない生物の落書きもある。

 

「ソーマは?」

「たくさんほんがよめるようになりますように」


 ソーマもまた、物語の世界が好きな彼らしい願いだった。双子でこうも性格が違うのも面白い。マヒナは「叶うといいね」と一言添えて、自分のペンを滑らせた。


「パパとママは?」

「2人が元気でいられますように、かしら」

「長期出張がありませんように」


 マヒナの穏やかな願いとは反対に、アオの願いは本気だった。七夕の願い事は、もちろん必ず叶うものでは無いし、何より単なる伝統のようなものだ。それにも関わらず、彼の目は本気だ。

 そんな本気度合いに、マヒナが苦笑いを浮かべつつ、子供の短冊と一緒に、自分の短冊もアオに預けた。短冊は、高いところの方が願いが叶いやすいと言われているからだ。


 預けられた短冊を、なるべく高いところに結ぼうとして、ふと目に入った見なれた字。丁寧に願い事の後に書いてあった名前は、イヨウの3文字だった。


 ──大切な人と結ばれますように。


「.......色々と、事情があるんだねえ」


 何となく、分かっていた。

 彼女がヴァイスを見る目は、親しい友人だとか、母の知り合いだとか、そういう人を見る視線ではなかった。アオもマヒナ以外に、ああいう視線を向けられたことがあった、だから分かる。


 イヨウは間違いなく、ヴァイスに恋をしている。


 たったひとつの事実。だが、あんなにも距離が近いのに付き合っているようには見えなかった。それは恐らく、ヴァイス側に何かあるのだろう。

 そもそも、エルフと人間の寿命の差は言うまでもない。人間が長くて80生きるか程度。それに対してエルフは何百年と生きる。


 種族の垣根を超えた恋愛はよくある話だ。事実アオとマヒナもそうだ。獣人族のアオと、人間のマヒナ。だが、エルフでは訳が違う。彼らは地域によっては精霊と同じ存在として崇められていることもある。


 あのイヨウが、それを知らないわけがない。

 ヴァイスが、それを知らないわけがない。

 思いあっているのか、はたまたイヨウの一方通行なのかまでは分からないが、少なくとも思いあっていたとして。


「いや、そんなこと考えちゃダメだよね」


 考えて、思考を放棄して、自分たちの短冊をきゅっと結んだ。

 結ばれない、なんてそんな残酷なことを考えてしまった自分が憎らしかった。

 だからこそ、彼女の願いを叶えて欲しいと強く思った。


「アオ、行きましょう?」


 マヒナに声をかけられ、我に返る。

 軽く頷き、イヨウ達の方へ歩く。久々に直接イヨウと話すのが楽しみなマヒナと、短冊を見てひとり、イヨウと顔を合わせづらくなったのは、顔に出さないようにして。

 これからの楽しい時間を壊さないように務めることに気を置いた。


「さて、それじゃあ行きましょうか」


 マヒナとイヨウが並んで歩く。

 イヨウの後ろ姿、それがどうしても儚く消えそうに見てるのは、先程の願いのせいだろう。

 こびりついてしまった記憶を消すことはどうも難しい。無理に消すことは無いと分かってはいたので、記憶の端に留めておくことにした。



 その残した記憶が、いつかの日、彼の助けになるとは、その時のアオが知るよしもなかった。