emotional BLUE

原稿しろマカロニさん
@m4__z

プロローグ - まだ見えぬ足音は



かってうれしい はないちもんめ

まけてくやしい はないちもんめ

あのこがほしい あのこじゃわからん

そうだんしましょ そうしましょ


◇◆◇


俺は走っていた。何かから逃れるように、何かから目をそらすように、ただその道をひた走る。暗く明かりの灯らない道をただただ走ることしか俺には出来なかった。

俺自身が何をしたのか、全くわからなかったからじゃない。何をやらかしたとか、そういった類でもない。

この事象自体に全く身に覚えがなかったのだ。

誰かと揉めたことなんてものは同じユニットのアイツぐらいで、それでも内輪揉めに近しいものであるし他人に迷惑はかけていないはずだ。しかもほとんどはアイツからのふっかけなのだから、俺に罪はないのも周りは承知のはず。だからこそ、自分自身のこの身に覚えのない追跡が不可解で仕方がなかった。

「くそッ、どこまで追いかけてくるんだ……!」

もうすでに自宅はとうの昔に通り越して、事務所も遥か彼方。実際に今自分がどこを走っていて、どこを逃げているかの把握など全く出来ていなかった。明日も仕事だというのに、これではきっと仕事に支障が出てしまうだろう。それだけはどうしても避けたい、避けなければならない。

だからこそ、タケルは奥の手を使用せざるを得なかった。

踏み込む力をより強く、身体の奥から力を振り絞るように地を蹴る。地面が少しだけ鈍いを音を立てれば、タケルが蹴った場所だけほんの少し亀裂が生じていた。その調子でペースを段々と上げ、ある一定のペースとして保てる速度になればそのままタケルは後続を振り払うように街を駆け巡る。確かに人として、マラソン選手として選出されてもおかしくないスタミナと持続力だが、いかんせんまだスピードとしてはそのようなトップレベルの人間には程遠い。しかし、自らを追う輩達はいつしかタケルを追うことをやめ、街の夜の中に消え去っていった。追っ手がいなくなったことに安堵したタケルはゆっくりと速度を落とし、浅い呼吸を繰り返しながら額に浮かぶ汗を拭う。

闇夜に消えたあの男たちが誰だったのか。

どこの人間なのか。

突然自らを追って来たその者たちに全くの心当たりがないせいか、自らの何かを思い出すようにタケルはゆっくりと帰路を歩き始めた。


◇◆◇


『追いかけられたぁ!?』

「いや、そこまで驚かれるほどではないと思うんだが…」

「普通驚くでしょ!当たり前だよ!大丈夫だったの、タケルさん」

「そうじゃそうじゃ、仲間の一大事を無視するなぁ人として一番いけんことじゃけぇの!それで、何処の何奴じゃ。タケルを追いかけたなぁ」

「それが……本当に追いかけられること自体に身に覚えがないんだ。今までを振り返っても、彼処まで追いかけてくる手練れを俺は知らないし、そもそもそんなことをやった覚えすらない」

先日発売されたCDのインストアイベント。そのイベントの舞台裏でタケルの話を聞いた翔太と大吾は素っ頓狂な声をあげた。まだイベントまで時間はあるものの、そろそろ客入りが予想される。みのりは今しがたお手洗いに立ったばかりでこの場にはおらず、居るのは翔太、大吾、タケル、そして作業をしているスタッフ達だけだ。プロデューサーはもうすぐ到着するとのことでまだこの場に姿を現していなかった。

この話の発端はほんの数分前まで遡る。あの夜の出来事のせいで疲れが取りきれなかったタケルは、ほんの少し身体が重いのを感じていた。しかし、行動できないほどではないし、体調不良というほどのものでもな為、仕事に向かうことにした。そうしたら仕事に向かったら向かったらで人の様子に敏感な翔太に「何かあったでしょー」と言い当てられてしまい、暴露をした次第に至る。本当は話すつもりなんてなかった上に、後にこっそりプロデューサーにだけ話そうと思っていたことだ。それを事務所の仲間内であるメンバーに知られてしまったのは痛恨のミスだったかもしれない。しかし、翔太や大吾が軽々しくそういったことを他人に言いふらすことはしないということをタケルはよく知っていた。

「にしても、追いかけられる覚えもないんでしょ?じゃあ誰がやったの?って話だよね」

「あぁ、ファンの人だったなら、普通は声をかけてきたりすると思う。けど、そいつらは何も言わずに、足音すら俺の後にかぶせて近付いてきたぐらいだ」

「そのスジの人間……ってことも考えんといけんのう」

「だから、出来うる限りは用心して帰るつもりだ」

わからない。そのスジといったとしても、自分自身その関係者との血縁や交友すら何もないというのになぜ狙われるのだろう?

たとえ二人が周りに漏らさないとわかっていても、タケルの中には一抹の不安が残る。あの男たちは一体誰なのか。この自分を追いかけ、逃すまいと走り続けた奴らはいったいどこの人間なのか。今となっては自衛として拳を振るうことも叶わなくなってしまったが故に、あまり大事にしたくないと願えども、今後も続いて長期化するようであればその事態はきっと避けられない。

(今度から誰かと一緒に帰ったり、プロデューサーに送ってもらったりしよう)

今できる最善を尽くして事態の沈静化を図ればきっとこの馬鹿げた鬼ごっこも終わりを告げるだろう。あの日の追っ手はただの偶然で人違いだったのだと思い込み、スタッフの「準備お願いします!」という声に三人で応じる。そこに帰ってきたみのりと合流し、四人でステージに上がるため、タケルたちは楽屋を後にした。

しかし、それこそが全ての始まり。

全ての終わり。

流れる青の、終着点だった。

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