自分の居場所

すら@夢
@thru_dream

五章

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暗闇の中で声がした。

男女の声。懐かしい響きだけれど耳を塞ぎたくなる。口々に私を罵る。やめて欲しいと願うも声が出ず、思わず伸ばした手も空を切った。涙が溢れ、暗闇が滲む。そして私の両親を型どるように歪み、嘲笑う口は悪魔のように裂けて見えた。背中にかいた汗が服をぴったりと貼り付け、拘束するかのようにまとわりつく。そのうちに聞きたくない言葉が降ってきた。


「お前はもう要らない。」


耳を塞いでも反響する。私は逃げ出したくて体をよじり、喉の奥から絞り出すように「もうやめて!お母様ッ!」と声にならない声で叫んだ。

そしてその声で目を覚ました。


ハッとして身を起こす。隣で寝ていたアバッキオも「何事だ!?大丈夫かッ!?」と同時に起き上がった。

カーテンから漏れ出た月明かりの中、目を凝らして見るとミレーユは汗をびっしょりとかきブルブルと体を震わせ、目から大量の涙をボタボタと流して放心していた。乱れた呼吸が静まり返った部屋にやけに大きく聞こえた。

アバッキオはミレーユに身を寄せ、肩を抱きながら「悪夢でも見たんだな?ここはお前の家じゃあねえ。お前を捨てた親もいねえんだ。しっかりしろ。」と声をかけた。ミレーユはその声を聞いてぐしゃぐしゃになった顔をアバッキオに向けると「…ごめん…なさい」と微かに声を出した。先程の叫び声とは比べ物にならないほど弱々しかった。しばらくミレーユの背中をさすって震えが止まるのを待つと、アバッキオは水とタオルを持ってきてミレーユに渡した。ミレーユはゆっくりと水を飲み込む。胃の中に水が落ちる感覚がしてようやく現実に戻ってきたという実感がわく。ぐしゃぐしゃに濡れた顔を受け取ったタオルで拭いていると、

「汗、すげぇな。着替えるか?」

と、アバッキオが聞いてくれた。うん、と頷くとまたアバッキオは立ち上がりお湯で絞ったタオルと着替えを持ってきた。ベッドで身を起こしているミレーユの後ろに座り込むと「背中を拭いてやるから服を脱ぎな。」と言った。ミレーユはもはや恥ずかしさも何も感じず言われるがままに服を脱ぎ去った。人肌より少し温かいタオルが背中を拭いさる。

「ちょっと髪を持ち上げててくれ。」

アバッキオの声を聞く度に落ち着いていく気がした。言われたように髪を持ち上げるとうなじの汗を丁寧に拭き取り、「前は自分で拭けよ」とまだ温かさの残るタオルを左肩に置いてアバッキオはベッドから立ち上がって寝室を出た。


アバッキオはリビングのソファに腰掛けると息をつく。突然の叫び声に驚いて飛び起きたが、時計を見ると眠りについてからまだ1時間ほどしか経っていなかった。考えてみれば親に捨てられた人間があんなに明るく笑っていられるわけねえな、と昼間のミレーユを思い出す。必要なものを買い揃えて申し訳なさそうにしながらも、どこか楽しそうに笑っていたのは無理をしていたのだろう。


アバッキオは寝室に戻って「着替えたか?」と声をかけると、ミレーユが普段の様子の声で返事をするのが聞こえた。ベッドに腰かけて水を飲むミレーユを見るとさっきまでの動揺はすでになく、何事も無かったように見えた。

ミレーユはサイドボードにコップを置くとアバッキオを見上げて再三謝ってきた。アバッキオはベッドの自分が寝ていた場所に戻ると振り返るミレーユの手を取り身体を寄せた。そうして腕の中に抱きかかえる。

「謝ることなんか何もねえさ。びっくりはしたがな。お前は少し無理をしすぎているんだ。もっと素直になったっていいんじゃあねえのか。」

抱きしめられたその温かさにミレーユは堪えきれず泣きじゃくった。こんな優しさを向けられたのは初めてだったのでもう歯止めがきかなかった。自らもアバッキオの体に手を回して抱きつくと、なりふり構わず泣き続けた。そんなミレーユをアバッキオは黙ったままただ抱きしめた。

弱い立場の人間に親身になることで、アバッキオもまた渇いた心を満たそうとしていたのかもしれない。






翌朝。あんまり無理しねえでしばらく気晴らしでもしてな、とアバッキオがお小遣いをくれた。腫れた目でアバッキオを見つめてミレーユはお礼を言った。出かけようとするアバッキオの背を追ってミレーユは

「あの…」と呼び止める。

振り返りもせずになんだ?と聞くアバッキオにミレーユはそっと近寄り、その広くて大きな背中に額をつけて

「…いってらっしゃい。」

と呟いた。

思わず振り返りそうになったがぐっと堪え、ああ、とだけ答えた。本当に調子が狂う。

ミレーユはこっそりアバッキオの匂いを吸い込んで、私はこの人のことが好きになってしまった!と恥ずかしそうに顔をほころばせた。