ずれて繋がる稲葉山

鴨鍋将軍
@sO___SAK

再会

 そこで斎藤龍興の二十六年に渡る生涯は幕を閉じる。

 本来であれば、ここで幕を閉じるべきなのであった。

 だが、生憎と龍興は生き汚い男であった。それと同時にもしやり直せるのであればといった幻想を抱かぬ男でもあった。首は落ちるが、落ちぬ未来があるのではないか。最後に浮かんだのは重臣の顔でも、祖父や父の顔でも無ければ母でもない。贋作を売りつけられたようなあの顔だ!

「俺だってやれば出来るんだよ!」

「うおっ!?」

 がばりと、龍興は布団から起き上がった。ある筈もない布団から、起き上がったのだ。そして聞きなれない男の声。さては首を斬られる前に気を失ったが、義景の家臣に助けられたのだろうか。否、違う。此処は一乗谷等ではない。こんな部屋を一乗谷で見たことはなかった。龍興の頭に焼き付いている情報が囁く。この部屋は稲葉山城にあるのではないだろうか、と。

 ぐぐりと拳を作る。どこもかしこも痛みはない。それどころか傷すら見当たらない。一体全体これはどういう事なのであろうか。握っては開き、握っては開きを三度ほど繰り返したところで、龍興はこの部屋に自分以外の男が居ることを思い出した。死ぬ間際まで続いたあの硬い意識の糸は、今や大分緩んでしまった。それは稲葉山に居るからか、それとも戦場から離れたからなのか、定かではない。

「よう、元気みたいで何よりだ」

「…誰だお前。俺に向かって結構な口の聞き方じゃねえか」

 勢い良く放たれた龍興の一声に心底驚いたようで、その男は襖付近に居た。若い男だ。年は龍興よりも二、三ほど下であろうか。

「は?結構な口の聞き方をするのはお前の方だろ」

「何言ってやがんだ、俺を誰だと思ってやがる」

「そう言うお前こそ」

 ばち、と閃光が両者の間に走る。痛みを感じないのを良い事に、龍興はよたよた起き上がると男の方へと大股で寄っていく。男は臆するわけでもなくただ龍興が向かってくるのを鋭い目で見ていた。

「いいか、俺はな」

「聞いて驚くなよ、俺の名前は」

「斎藤龍興!」

「斎藤道三!」

 間。間。間が段々と沈黙へ姿を変えていく。斎藤までは同じ音であった。だが、名前が問題であった。沈黙に耐え切れず龍興は目をそらす。これがそらさずにいられるか。あからさまに目をそらした龍興に、道三と名乗った男は何やらにこにこと笑っていた。周りに鶯か何かが飛び回り、けきょけきょと鳴いてでもいるようだ。

「お前こんなでかくなったのか。なあ龍興!」

「そう言うジジイは何で若くなってんだよ、ついに妖にでもなったか!」

「馬鹿言うんじゃねえ。俺が妖なら義龍はなんだ、普通に有り得ねえだろ」

「何が有り得ないんだ。俺にとっちゃジジイが若返って生きていること自体…」

 言葉が出なかった。微かに開けられた襖から見えた姿に、龍興は一言も声が出なくなった。可笑しい、絶対に可笑しいのだと何度も自分を言い聞かせるが、そう上手くは言ってくれない。襖の向こうにいる人物は、かち合った視線を話すことが出来ない様子でじっと此方を見てくる。みみずくでもあるまいし、そんなに穴が開くほど見ずとも分かるだろう。

 居心地悪く、龍興のほうから視線をそらして道三へ移す。心なしか向こう側の視線がきつくなったような気がしなくもないのだが、気のせいにしておく。この場合は気のせいにしたほうが得策である事は何となく知っている。

「ジジイが生きているって事は、そう、そういう事は…」

「義龍だってそりゃ生きてるだろうな」

 大きな音を立てて襖を開ける。本来はあまり許されることではないのだが、そんなこと知らん。龍興に常識力を問わないで頂きたい。

 襖の向こうの人物、義龍は突如開け放たれた襖に驚き、その場で硬直してしまった。無理もない。だが、自分の息子であればこうするであろうこと位は分かっていたはずだ。

 義龍もまた、若かった。姿勢が良いし、目もうろうろしていない。そして何より布団から出て龍興の様子を見に来てくれた。床に臥す姿ばかりが記憶から掘り起こされてしまうからなのか、それが兎に角嬉しかった。二十六にもなって泣くわけにもいかず、口の中を噛んだ。

「龍興、心配していました。それにしてもその姿…もしや私が死んですぐに謀反を起こされ…。ええ、ええ、そうでしょうとも。有り得ない事ではありませんでした。寧ろ大いに有り得た可能性でしたね」

「おう喧嘩なら幾らでも買ってやるぜクソ親父。二十六の息子がそんなに若く見えるか」

「…はい?」

「お?」

 暫しの沈黙が再びやってきた。

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