TREM

ダルメシアン
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2章 分岐

2019年8月6日火曜日。

この日の東京は晴れ。

しかし天気は同じにしてもこの日は特に連日以上に暑く感じた。

今日も道路の舗装やビルの鉄筋などの熱は行き場をなくし、都心の大気中を彷徨っている。

青年はというと、この日も前日同様に銀行前の立番の業務にあたっていた。

、、、今日は一段とやべぇな、、、

息も絶え絶えになりながら呟く。

しかしこの暑さを憂鬱に思うのはこの青年だけに限ったことではない。

普段と変わらない風景ではあったが街中を歩く人々もいつも以上に参った様子である。

とにかく地面が鉄板にでもなったような錯覚をさせられるような暑さだった。

昼になる頃には太陽からの最高潮の照りつけをくらい、街全体が白旗を上げているような状態であった。

そのせいか青年も自分の体の多少の異常に気付き始める。

、、、あれ?汗出てねーぞ、、、

確かに暑いはずなのに汗が一滴も出て来ない。

その癖、申し訳程度の風がやけに冷たく感じる。

、、、おかしいな、、、

水分なら間違いなく大量に摂っていた。

一旦自分の体を分析してみる。

この時、青年はまだ割と冷静であった。

、、、もしやこれって熱中しょ、、、

途中まで考えたが青年はその思考を振り払う。

、、、いやいや、認めたら負けだ、、、

無駄な根性論と勝負理論で途中まで出かけた原因を払拭した。

時計を見ると昼休憩まではあと十分程度。

、、、いけるか?、、いけるな。、、

青年は自問自答し、可能と判断すると残りの十分間を生き延びることだけに集中した。

果たして何時間経ったのか。それとも何十秒も経っていないのか。青年にとっては永遠かと思う程の長い十分間であった。

意識が朦朧とする中、日銀本店の大時計が周囲へと正午を知らせた。

、、、終わったか、、、

青年は安堵し、再び自分の腕時計で休憩時間である事を確認をすると千鳥足というのが相応しい足取りで休憩室へと向かった。

、、、れ、れ、冷房、、、

まるで青年は砂漠の中でオアシスを手探りで探す旅人のようであった。

青年は休憩室へ吸い込まれる様に入って行く。

中へ入るとそこには別世界が広がっていた。

、、、こ、、ここは天国なのか?、、、

体に帯びた熱が全て放出され一気に冷気を吸収して行く。

青年は自分の体が熱中症であったという状態が手に取るよう様にわかった。

理解した直後、全てを思考停止させソファーへと雪崩れ込んだ。

「暑い中ご苦労。」

その様子を見た上司が競馬新聞を開きながら興味のない様子で青年の労を労った。

「どうもお疲れ様です。」

、、、干からびろ。クソジジィ。、、、

青年は小さく挨拶を返すと同時に心の中で対極の言葉を投げつけた。

しかし今日の青年にはそれ以上の余裕は無かった。

、、、こんな奴の相手してらんねー、、、

相当な深手を負った事に改めて気づく。

束の間の休息で体力を回復させなければ午後も体が持ちそうにないと悟った。

ソファーに抱かれながら冷風にまつ毛を撫でられ少しだけと目を閉じる。

青年は心地よい冷気に体を預け意識を手放した。


、、、、、、、、、、、、、、ぃ、、ぃ、、、

、、、「ぃ、、、おい!!起きろばかたれ!!」

意識の向こうから嫌な声が聞こえ、青年は慌てて飛び起きた。

「、、すみません、寝過ごしました、、。」

、、、うわ、やらかした、、、

青年は体裁上、申し訳なさそうに謝るしかなかった。

「いつまで寝てんだよ!午後の立番行ってこい!」

上司は高圧的な態度で青年へと命令した。

死人に鞭を打つとはこの事言うのだろうなどと考えながらも返事をし、現場へと向かう。

、、、あー、でも幾らか楽になったわ、、、

青年は首を回しながら自分の体の状態を確認すると、持っていたペットボトルの水をがぶ飲みし、一つ覚悟を決めると休憩室の外へと出た。


「ムリっっ!!!!」


青年は独り言を思いっきり叫ぶと休憩室へと戻った。

、、、恥ずかしながら帰って参りました、、、

戦場より一瞬での帰還。

青年は再び冷気を身に纏った。

やはり心地いい。

心地よさとは裏腹に脱力感に襲われる。

、、、これはムリだよ。だってムリだもん。ムリムリムリ、つーか誰でもこれはムリ、、、

青年の心は完全に折れ、著しく語彙力が乏しくなっていた。

休憩前の自分の症状がトラウマとなっていたのだ。

しかしこのままこの場所に永遠と佇んでいるわけにもいかないのも事実である。

、、、やるのかい?やらないのかい?どっちなんだいっ!!?、、、

追い込まれた青年は自分へと答えを求めた。

職務への拒否症状からかつまらない真似事をした後に青年は恥ずかしくなり一人頭を抱える。

、、、何をやっとるんだオレは。、、仕事しよ、、、

自分の馬鹿さ加減に肩を落とすと諦めたように再び表へと出る決意をする。

断腸の思いとはこの事なのだろう。

、、、涼しくなってたりとかないよね?、、、

青年はドアノブを握る手に希望を乗せ一気に外へと体を押し出した。

冷えた体を心地の悪い熱気が体を包み込む。

、、、うーーわ。、、、

青年の一縷の期待は虚しくも弾かれ、外は恐ろしいほどの猛暑が継続していた。

、、、はい。ですよね〜、、、

期待を裏切らない暑さに青年は再び肩を落とすと、誰に同意している訳でもなかったが無理に自分を納得させるしかなかった。

諦めの境地で青年は残りの時間の職務をこなすべく、帽子を被り直し自分へと気合いを入れると通行人へと再び目を移した。



刻一刻と時間は過ぎるが青年にはその一秒一秒が酷く長く感じた。

暫く巡視していると、また先ほど襲って来た症状が垣間見えた。

目の前がぼやけ始め若干ではあるが頭痛も襲ってきた。

、、、またか、、、

どうやらこの日は体調自体が良くはないらしい。

青年は時計を見るが退勤時間はまだ程遠い。

、、、倒れるよかマシだ、、、

またいつも通りに上司より嫌味を言われる事は覚悟していた。

青年は全て諦めた上で休憩所に向かうべく踵を返した。

その時だった。



「ひったくりだ!!!」

平日の金融街に男の叫び声が響いた。

街は騒然とし、怒号やら悲鳴が入り乱れた。

青年は働かない頭で原因となった箇所へと迅速に目を走らす。

この様な事態では視界で一番早く動いている物を見つけ、目をつけるのが定石。

青年は頭が働かないのが功を奏し、思いの外冷静であった。

その冷静さも一助となり群衆の中から明らかに不規則な動きをする男を発見することが出来た。

発見の瞬間、一気に脳が覚醒していくのがわかった。

もはや体調不良など一切感じない程までに体は戻っている。

これがアドレナリンやドーパミンといった物の効果なのだろうか。

、、、いける!!!、、、

一瞬で判断できた。

「待て!!!こら!!!!」

そう叫ぶと同時に青年も全力で走り出した。

、、、絶対逃さねぇ!!!!、、、

久しぶりの犯人確保の好機。

入隊時の青年の警察官へと志望動機はこれといっても過言ではなかった。

犯人を追いかける青年の顔には不敵な笑みさえ浮かんでいた。







ここが人生の分岐であるとも知らずに。