TREM

ダルメシアン
@FZzMriuSwOiFWeO

1章 日常

2019年8月5日月曜日。

この日の東京の天気は晴れ。連日の猛暑日のせいか歩く人々はどこか覇気は無く憂鬱そうに見えた。

汗を拭いながら通話しながら歩くサラリーマン。制汗スプレーを振りまきながらビルへと入って行くOL。嫌がっている犬の散歩をする老人。

いつもの変わり映えしない日常。

恐らく何度も繰り返してきたであろう日常。

幸運や不運に見舞われ一喜一憂したとしてもそれも日常。

その中で人は生まれて死んでいく。

この流れを時代と呼び、その積み重ねを歴史と呼ぶ。

この時もいずれ流れ、積み重ねられるだろう。今日も街中に響く雑踏は都心の灰色い空へとかき消されていく。



「あー、かったりぃ。」

うだる様な暑さの中、聞き取るのが困難な程小さい声で一人愚痴を零している青年がいた。

彼は被っていた帽子を取り一度汗を拭うと再び深く被り直す。

「異常はないか?」

青年が汗を拭ったのを見計らったかのように雑音混じりの無線を上司から受信した。

「異常なし。」

青年は煩わしいと思いつつ事務的に答えた。

「了解。引き続き任務にあたれ。サボるなよ」

高慢な命令が鼻についたが青年は小さく返信をし、再び周囲を見渡す。

、、、こんなクソ暑いのに銀行強盗なんてするバカいねーよ。、、、

青年は心の中でそう呟くと自分だけは涼しい場所で業務にあたる上司を少し恨んだ。

よく面倒な事は全て部下へと押し付け、何かにつけて難癖をつけてくるこの上司を青年は正直なところ良く思っていなかった。

、、、上司は選べない、、か。、、、

地元の高校を卒業後、警察官になり日本の金融機関の中枢、日銀本店での警備の辞令を受け取った時は自らの仕事に誇りを感じていた青年であったが、こうも劣悪な仕事内容や上司との関係が数年に渡り続くとさすがに嫌気が刺していた。

、、、ここらがやめ時かね。黙って帰ったらどんな顔するんだか、、、

しばらく会ってない親の顔を一瞬だけ思い出すと一つだけ溜め息をつき意識を業務へと戻す。

、、、早く終わんねーかな、、、

そう思う程に時間はゆったりと進んだ。

暑さのせいもあり永久に続きそうな錯覚に陥りそうになる。

、、オレはいつまでこんな事してんだろ、、、

嫌気が刺していた青年を横目に汗を拭い過ぎて変色したYシャツだけが時折吹く風に心地好さそうになびいていた。

「お疲れさん。明日もちゃんとやれよ。」

日が傾くとほぼ同刻にまた上司より嫌味混じりの終業を告げる無線を受信した。

「お疲れ様でした。お先します。」

青年はまた事務的に応え帰路についた。

、、、うわー、帰るのもだりぃ、、、

自分みたいな極度の面倒くさがりがよくこの仕事を続けてると改めて思った。

、、、まぁいいや。とりあえずいつものやるか、、、

就職した当初から毎日継続している事。

帰りの道中のコンビニでビールを買うと駐車場で一気に流し込んだ。

、、、あぁ、そっか。これのために仕事続けてるのかなぁ、、、

青年は誰に質問された訳でもないが自己分析をすると儚い目で灰色い空を見上げた。

「これ以外いいことねーな。」

油断のせいか青年から心の声が漏れた。

恐らく切実に思ったのだろう。

ビールを飲んでる最中、何を考えた訳でもないがふと嫌味な上司の顔が思い浮かんだ。

人というのは考えたくないもの程不意に思い出してしまうものである。

、、、何様だよ。あいつ。こんなんいつでもやめたるわ、、、

幾度となくした退職宣言を心の中で叫ぶが実際には辞職した後の再出発が億劫で尻込みをしているといった現状あった。

、、、あー、気分悪いわー。帰ろ。、、、

青年は空き缶をゴミ箱へと投げ入れると、同時に酒気による気怠さを背負いつつも歩き出す。

、、、明日なんて来なきゃいいのに、、 、

憂鬱が再び押し寄せ帰り際にまた一つ今度は盛大なため息をつきながら青年は歩みを進めた。

これがこの青年の日常であった。

多少誤差は出るがこの様な内容の日常を日々繰り返す。

良い時間であろうが悪い時間であろうが過ぎ去るのはまた必然。

明日も明後日もその先も約束されてるかのように日常は続く。

人々は明日の日常の為に今日の歴史を閉じる。

各々が閉じたまぶたの奥に明日を描きながら眠りに入る。

それはこの青年も同じ。

、、、おやすみ、、、

青年は意識と別れを告げた。



これがこの青年のこの日一日の主な流れである。

すなわち日常と歴史。

このまま青年が翌日に辞表を提出しようがしまいが日常は続き、その大きな変化でさえ瞬間という時間軸で見ればただの青年の歴史となる。

つまりは現在を変えても過去は変わらない。

当然の事である。

別の視点で見ると歴史は固定され日常は固定することが出来ない。

歴史と日常は対極の位置にある。日常を歪めた所で歴史は変わらない。

要するに歴史とは絶対的なものであり日常以外のあらゆるものにも干渉を許さない。

変える方法も無ければ変える必要もない。

歴史とは確実に動くことは無いものである。

しかしながらこの理論には矛盾が生じる。

理論として着目すべきは「歴史は絶対であるが日常に絶対は存在しない」というもの。

日常というものは極端に不安定なため、ありとあらゆる変則が生じる。

その変則により天文学的な確率で歴史を歪めてしまう可能性は0ではないのだ。

突拍子もない話になるが歴史を歪めた時、またはそれ相当の力を持った時、現在の日常はどこへ行くのかを誰も知らない。

しかしそれは考える必要のない事。

お伽話のような絵空事である。


人は生まれた時に日常を与えられる。

人は歴史を残しながら日常を生きる。

人は死んだ時に日常を取り上げられ歴史となる。







青年は明日、歴史になる。