東離劍遊紀

東雲 皓月
@ShinonomeKouget

第二章『洞窟の外へ』六

 


あれから数時間、数十時間が経った


「……ん…」


殤は重い瞼を開き、ムクリと上半身を起き上がらせる


「…俺ぁ、いったい……?」


「・・・目が覚めたか?殤」


「っ昴、お前・・・」


何が起きたのか分からないとばかりに言葉を漏らすと、近くから聞き覚えのある声に殤はハッとしてそちらに視線を向けた


どうやったかは定かでないが、確かに自分は昴に眠らされた事を思い出すと怪訝そうに嫌みの一つでも言ってやろうと立ち上がる


日は眠らされた時と同じか、それより少し暗くなっていた


自分はいったい何時間眠らされて居たのだろうか


「馬鹿やろう、なんて無茶してんだテメェはよっ」


「だが、お陰で随分と楽になっただろう?」


「うぐっ・・・確かに、羽が生えたように軽くはなったが・・・って話を誤魔化すんじゃねぇ!」


「それほど、疲れていたという事だ。それよりも・・・そろそろ交代してくれ、大分気が乱れて……っゴホ」


「はっ?おい!」


急に苦しそうに噎せる昴に殤は慌てて駆け寄ると、手に付いた血の量が先程より更に多くかなり毒が進んでいる事が明らかであった


急いで背中から気を流し込んでいく殤に、昴は口元に付いた血を袖で軽く拭き取る


「……殤は凄いな」


「あぁ?ケンカ売ってんのか?」


「いや、素直な感想だ。私は殤のを見よう見まねで気を感じてやってみたが・・・ハハッ、なかなか上手くはいかないな」


「見よう見まねって・・・使えねぇんじゃ」


「確かに使えなかった、教わる相手が居なかったから。気を使えても如何せん教えるのが下手な連中ばかりでな・・・一言で言えば、天才肌か?勘でできた者ばかり」


苦笑を浮かべてやれやれと頭を抱える昴に、殤は内心驚いていた


自身のをただ見よう見まねに気功を使えた昴の事に


真似で出来る訳でもない事を昴は簡単にこなしてしまう


それがどれだけ凄いのか、昴自身分かっていない事にも


・・・これは、いつか自分以上の腕を持つかもしれないとさえ思えた


もしかしたら勝てない日も来るかもと


だから尚更、敵には回したくないと前々から思っていたのだ


「へぇー、だからってすぐに出来るモンでもねぇーし。やっぱ嫌みにしか聞こえんな」


「…そう言うな。気を使えないのは変わらないし、殤のように木刀で敵を蹴散らす力強もないんだから」


「っこれが木刀だなんて、俺は言った覚えねぇが?」


「分かるさ。音の違いや刃の輝き具合でな。それに、これを持つ前は私も木刀一筋だった」


これと言った昴の手にあるのは、胡座の上に乗せている剣と横に置いてあるもう一つの剣


確かに、西幽で会った昴は木刀を使っていた


しかし、それは人を殺めない為にだと勝手に解釈していた部分があって詳しくは聞かなかった


いくら木刀だとしても、人を殺められない訳でもなく現に自分がそうである


力加減と工夫さえすれば人一人殺める事も難しくない


昴なら尚更だ


それでも彼女は、いつもトドメをしない


隙を見て殺しに来る輩ですら、彼女が殺した所を見た試しがないのだ


そこでフと疑問が過る


「なぁ、昴。アンタ・・・その、人を殺めた事は」


「・・・あるさ。この二年で、数えるのも嫌な程に、な」


悲しい、そう言いたげな口調に殤はその先の言葉を失った


この二年で・・・という事は、それまで殺めた事がないと言っているようなもの


彼女はいったいどんな顔で、どんな殺め方をしたのだろうと殤は想像してすぐに止めた


簡単に想像出来てしまったから


・・・人を殺め嘆く、お人好しの寂しい姿を


初めて殺めた相手に彼女はきっと・・・胸が切り裂かれたような痛みを味わってしまっている


優しく、お人好しで、少しズレた思考をしているが、誰よりも死に遠い存在


敵ですら情けをかけ、仕舞いには正しい道へと誘う彼女を殤は短い間ながら知っているのだ


隙のある立ち振舞いであれど、そこに隙などなくて・・・常に周りを見ている


それは時に、強さとも言える


けれど、殤や浪は時折それが違うモノに見えていた


今にも狂いそうな傷ついたような雰囲気を、彼女の背中姿を通して感じている


だから、姿を見せなくなってからは彼女を忘れた試しがない


心配していた、不安だった


壊れてしまってないか、血迷った事になってないか


・・・誰か彼女を支える存在はいないのかと


なので、話を聞いて少しは安心した


慕う弟子が居て、常に誰かが側にいたと知って


(・・・だが、その役目を俺らがしたかった・・・なんざ、口が裂けても言えやしねぇけどな)


殤は、昴の事を偉く気に入っている


見た目もそうだし、立ち振舞いにも惹かれていて


なにより、戦う時の身のこなしが一番見惚れてしまう


娘を持った父親のような気分になる


彼女の成長を微笑ましく見守りたいと思うのは、本当に父親気分だ


浪はどうなのだろう?


あれも昴が姿を見せなくなってからは少し落ち込んでいたような感じをしていたし


それに一番、彼女を気に入っているのは浪だった


魔性の声だと言うのに彼女は聆牙(リョウガ)から話されるよりも浪自身での言葉をなにより嬉しそうに聞いていた


しかも、浪の奏でる琵琶と一緒に歌って楽しそうに踊っている時もある


浪はそれが不思議に思っていて、けれど心なしか嬉しそうだった


そんな浪だからこそ、驚きはあれど不思議には思っていない


自身の身に付けているモノを、彼女に渡した事を


「・・・そろそろ、太陽が上がるな」


「ん?・・・そうだな」


洞窟内に光が射し込んで来るのを見て、昴は呟くと殤も同じように見ては同意する


最初より更に気を流してはいるが、思ったよりも毒の進行が早い


あと何日・・・いや、あと数時間もつかどうか分からない状態にある


昴は一息吐くと胡座の上に乗せている剣と横に置いてあるもう一つの剣を両腰へとぶら下げる


「なにしてんだ?」


「・・・まだ、かなり遠いが・・・着実に誰かが近付いている。早めにここを出よう」


「っ何だって!?」


「本当なら、もう少し休んでいたいが・・・気配からして一人ではない。しかも、私は今足手まとい・・・戦闘になれば殤にかなりの負担が掛かる」


「・・・しかしだな・・・お前さん、立てるのか?」


「立つだけなら、な」


昴は額にも全身にも沢山の汗を流している


動くのも辛そうな昴は、それでも立ち上がろうと震える手で身体を支えた


殤はハラハラとその姿を見て、溜め息を吐く


「ったく。俺がおぶってやるから、無理に動くな。毒が回るぞ」


「……ある…」


「歩くなんてそんな馬鹿は言うなよ?」


「……………チッ」


「聞こえてんぞー。つーか図星かよ;;」


やはり思った通りだと殤は呆れてまた溜め息を吐いてしまう


小さく舌打ちをしたが洞窟内の反響か、殤の耳にはしっかりと届いていたらしい


昴は諦めて素直に殤の背中におぶさると、グッタリと全身の力を殤へと掛ける


どうやら、思っていた以上に昴は弱りきっている様子


(急かすつもりはねぇが・・・これはちっとばかしヤバいな)


思いの外、若干昴の身体が軽く感じる


元々身軽ではあったが、以前に肩を貸した時より軽い気がする


それほど、今の昴は死に近いという事か


「・・・昴」


「…なんだ」


「必ず、生きろ。つーか生かすからな!そんで・・・酒の一杯くらい奢れ。次はお前さんが奢る番だったろ」


「っ……なんだ、そんな事か。あぁ、必ず奢ってやるさ」


「フッ・・・よし、ちゃんと掴まっとけよ?」


「言われるまでもなく」


力ない声だが、確かに背中から伝わる昴の温もりを感じて殤は洞窟を出た


まだ、生きている


まだここに、命が灯されている


死なせはしない、絶対に


(頼むから・・・間に合ってくれよ、浪!)


殤はゆっくりと昴の身体を気遣いながら歩き出した


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