東離劍遊紀

東雲 皓月
@ShinonomeKouget

第二章『待ち人』五

 


───浪達が出ていって、半日が来ようとしていた


もう着いた頃だろうか、それとも鬼歿之地(きぼつのち)に向かっている最中だろうか


だとしても、あと二~三日は戻ってこれないだろう


どう急いでも


「・・・なぁ、お前さんに聞きたい事があるんだが」


「ん?なんだ」


夕暮れ時、太陽が沈んで少し冷えるなと思っていると殤に話し掛けられた


「さっきは、聞くに聞けなかったが・・・」


「だからなんだ?」


「昴、アンタは何でそう強くなろうとしてる?今だって充分強いじゃねぇか。初めて会った時なんか、敵に回ったら厄介だとさえ思えちまう程に腕のたつヤツだと本能で分かったくらいだ」


口ごもり、言いにくそうにする殤を急かした私は意外な台詞が聞こえて微かに後ろを振り返ってしまう


彼の顔を少し見ると私はまた前に顔を戻す


真剣な眼差しは、私を見透かしてしまいそうな程に美しくて長く見られなかったから


「・・・そうだな、私が強さを求める理由か。深い意味はないさ、ただ強さが全てだと知ったからかな」


「どういうこった?」


「生きる為に、守る為に、失わない為に。明日を見たいが為に、私は強さを求めた・・・今もなお同じく、手が届く距離にいるそれらを守れる為に」


「・・・・・なんか、詩人の台詞を聞いてるみてぇだな」


「ははっ、言えてる。けれど、それが私の本心さ」


自分でも思うクサイ台詞を言って笑うと、口の中が鉄の味で広がった


唇から垂れるそれは、音もなく零れ落ちる


気付かれてはいけない


もう体内の、首から下が毒にやられてボロボロに近い所まで来ている事など


辛うじて抑えているが、いつ脳にまで回るか分からない


けれど大丈夫、私は強くてしぶといんだ


「……アンタは、その強さと引き換えに失ったモンがあるのか?」


「あぁ、あるよ。数え切れない程に」


あまりの即答に殤は少しだけ話題をミスったかと思った


背中姿でも分かる頼りなさの口調に、哀れだと嘆きそうな雰囲気を昴の顔を見ずとも伝わってくるから


「そうか・・・」


けれど、昴はまるで懐かしむように淡々と言葉を発し続ける


「親には二度と会えないし、山の動物らを野党供から救えなかったし、心さえ冷えきって何の感情も湧かなくなってきて・・・」


「・・・・」


「知ってるだろう?多分、その時にも一度会ってる」


「・・・あぁ、あれは見るに絶えなかったな」


「でも、そのあとだ。私を慕って弟子入りして来たヤツらがいた。ずっと独りだった私に、家族とも言える大切な物ができたんだ」


何が可笑しいのか、昴は吹き出すように笑って大事な者を思うような柔らかい口調になった


殤は本当に良かったと思った


弟子入りがされなかったら、きっと昴はあのままで居ただろうから


感情を取り戻せたのもその弟子達のお陰だろう


・・・それでもまだ、初めて会った頃のような砕けた口調は戻っていないが


(大方、そうやって他人との壁を作ってるんだろうな・・・無意識に己を壊さないが為に)


昴自身、ずっとこういう口調だと信じきっている


覚えていないのか、はたまた忘れたフリをしているのかは知らない


けれど、少しずつは砕けた口調をしたりする


自分達だけに、だが


「なぁ、殤。この二年であった事を、話してくれないか?暇潰し程度でいいから」


「・・・あぁ、いいぞ」


「そういえば、浪から聞いたぞ?黙って東離に来たんだろ?」


「んんっ、一番痛いとこから突くなお前さん・・・あれはだな───」


殤は今まであった事を沢山話した


休まず気を流し入れているにも関わらず、疲れ一つ見せない殤は浪に会う前にあった話しも含めて愚痴を挟み挟みに


凜雪鴉に会って利用され、「天刑劍」を守る護印師の丹翡(タンヒ)に出会った事や、面倒な厄介事に巻き込まれた事、剣を一つ納める場所が見つかった事も


それから、仙鎮城(せんじんじょう)で魔剣目録を預けたはいいが、浪達の話で蠍瓔珞(カツエイラク)が来ていると知って急ぎ戻ってなんとか取り返した事まで


「だから、魔剣目録に修理が必要だったんだな」


「おうよ。あん時は本当、肝が冷えた;;」


「全く、殤は油断しすぎるんじゃないか?」


「んだよ、昴も爪が甘いって言いてぇのか?・・・ってお前、それ!?」


不貞腐れたように言って顔でも覗いてやろうとした殤は、ずらした視線に映る赤い色に気づく


バッと昴の顔を見ると、死人のように白い肌に口の端から流れて落ちていく血があった


噎せてもいいくらいの血が昴の衣服を汚し、微かに震えている手を押さえ込んでいるのが見えた


殤は慌てて毒を抑え込もうと更に気を送り込む


「馬鹿やろう!なんで言わねえんだよ、テメエは!」


「・・・ただでさえ、休まず気を流し入れている殤にこれ以上すればそっちもバテるだろうと思ってな」


「んなこと、気にするなっ」


「だが、そろそろ追ってが来てもおかしくないだろう?殤は厄介事を持ち込む天才だ」


「だからってな・・・っ」


気を流し続けた挙げ句、さらに今までの倍の量を流し込んでいる殤は微かに辛そうな声を溢した


「無理するな。少しだけでもいいから休め」


「馬鹿言うな、今やめちまったら水の泡だ」


「・・・頑固だな」


「そりゃお互い様だろーが」


「知っているか?通常の人間なら睡魔にはどう足掻いても勝てないって」


お互いに譲らないという雰囲気に昴は溜め息を吐くと、急に変な事を言いだして殤は小首を傾げる


「あぁ?急に何言い出すんだ」


「・・・風嵐清剣は、様々な“癒し方”がある。清転(しょうてん)は持ち主に移し、相手を癒す。けれどそれ以外にも精神を休ませ、体力も身体も癒す事だってできる」


「だから、何が言いてぇってん・・・だ・・・あ?」


呆れて溜め息を吐く殤は、グラリと霞む視界と傾く身体に違和感を感じて声を溢した


けれどそれも微かに出せたようなもの


殤の意識は徐々に薄れていく


「悪いな。少し休んでてくれ───清睡魔(しょうすいま)。強制的に眠らす技だ」


最後に見た昴の姿は、バツの悪そうな顔でチラリとコチラを見ていた記憶で途切れる


殤はスヤスヤと寝息をたて眠ってしまった


「…さて、見よう見まねのぶっつけ本番・・・始めてみるか」


ちゃんと眠ったのを確認すると、私は自分の荷物からフードを取り出して殤の上へと掛ける


気の流れや仕組みは殤のを感じて大体の感覚は掴んだつもりだ


あとは、それをして私にも使えるかという問題だが・・・


なんとかなるのを信じるしかないな


「・・・浪・・・信じてるからな」


私は瞑想をする時のように体制を変えて、集中できるように深呼吸を数回繰り返し体内にある毒を自分の力だけで抑え込もうと気で押すイメージを強く描いた


けれど押さえ込むだけでは毒の勢いが弱らず、すぐにでも押されそうになる


(・・・もっと、強くイメージしろ・・・・・!)


それでも信じると決めたからには、ここで朽ちる訳にはいかなかった


痺れている身体を無理に動かし、風嵐清剣を胡座の上に鞘ごと置くと私は更に集中し始める


ジワジワと身体に暖かい温もりが沸き上がって私の体内にある毒を和らげていく


毒をどれだけ一ヶ所に集めて長く保ち続けるかを私は見よう見まねで試した気功でやり続ける


その間に浪が戻ってくるのを祈りながら


著作者の他の作品

《※オリジナル》チカ×キョウシロウ。ミキ×トモヤ。ハル×カナメ。二人一組の“物...