7.火の試練

hacca❄️
@haccg000

(5)帰投後―ケーニッヒと元衛生魔導師

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 副長業務代行時、特に事務作業に関して云えばベルイマン少尉の手を借りることは自然と多くなる。ヴァイス中尉は以前から彼女を重用していて、副官に回さない部類の書面管理等の嵩張る作業を彼女に宛がっていた。

だから、という訳では決してないが、後回しにしがちな日次業務に執り掛かろうとする時分には夜もすっかり更けていることも少なくはない。そこに勝手知ったる人間が居てくれるのは大変有難いのだが、彼女にしては珍しく機嫌が悪いというか意図的に剣呑とした空気を放っているせいで、今この空間は大層居心地が悪い。ノイマンは早々に見切りをつけてそそくさと宿舎に戻っていったから今この空間にいるのは俺と彼女の二人だけだ。ノイマンからしてみれば気を遣った行動だったかもしれないが、平時はふわりと柔らかい物腰な彼女が、二人きりとなった途端に反応は何処か冷たくなったのだ。幾つかある心当たりの内、真っ先に浮かんできたのは娼館利用の件ではあるが、香の匂いは此処に来る前に落としてきているし、そもそも彼女とは色気のある間柄では無く咎められる謂れも無い。男性主体の職場における性欲処理問題について、事務手続き上か若しくは医療従事者としての観点で意見を述べる立場であり、『性病を貰ってくるようなことがあれば、状態確認の為に肛門からの前立腺触診等の検査は覚悟して下さい』と無機質な声音で忠告するくらいには割り切った対応をする人物であった。―――嘘が吐けない性分である癖にこういった時だけ主観を交えずに話すものだから、彼女の恋愛変遷を推し量るのに苦労しているなんてこと、当の本人は知る由も無いのだろう。



書類仕事に目途が立ったところで漸くベルイマン少尉は口を開いた。


「…グランツ少尉の裂傷は中尉殿によるものだと伺いましたよ」

「人聞きが悪いな。手加減はしているし急所は避けてる」

「当たり前です」


ぴしゃり。食い気味に言葉を発したサガを見ると、怒っているというよりも呆れているようにみえる。

…やはりグランツのことであったか。ヴァイス中尉も目の前の彼女もグランツのことを大層気に掛けている。『ああいう』状態になったグランツについては療養に入ったヴァイス中尉の見舞いの際に彼と直接話すこともあるのだろう。部隊長を欠き、小隊規模でも行動を共にする後任将校がああいった状態に陥っているともあれば、ベルイマン少尉も気苦労が尽きない日々を過ごしているに違いなかった。


「余計な手間を掛けさせて悪かったな」


分かり易くむくれた少尉に謝意を伝えると、『小官が好きでやっていることですし、手間だと思ったことは一度もありませんよ』と余計に機嫌が悪くなったような反応を示した。

言葉選びをを間違えたかと思い次の発言に慎重になっていると、其れを感じ取ったのかベルイマン少尉はふ、と表情を緩める。


「訓練とはいえ少尉に怪我を負わせたことに対しては怒っていますけど、…実は少しほっとしたんです。憑き物が落ちた、とまではいかないですけど持ち直す兆候があったように感じられましたから」

「ひねくれていない分、立ち直るのも早いだけだろう」

「…中尉殿が何かして下さったのでしょう?」

「買い被りだ。俺は何もしていない」

「そうでありますか。では、そういうことにしておきましょう」


ガタリと腰掛けていた椅子を後ろに引いて立ち上がった少尉はダブルクリップで纏め上げた書類の束を数冊を副長の自席に積み重ねた。一次精査に留まった書類の山に目を通すだけでも指揮者としては骨が折れる作業であるのだが、表紙の右下に位置する作業者欄の真下に記された監督者欄に『Matthäus Johann Weiß』と几帳面にフルネームで書き記されたサインをみてはた、と思考が止まる。

自分の視線を追ったベルイマン少尉は口元を押さえてくすりと笑った。


「ケーニッヒ中尉が多方面を気に掛けて下さっている時、ヴァイス中尉もまた、ケーニッヒ中尉をご心配して下さっていたのですよ」


企みが明るみになったことに悪びれもせず彼女はにこにこと笑みを絶やさなかった。少尉が足繁く彼の病室を訪ねていることは把握していたが、まさか病人にまで気を遣わせていたとは…。


「…っにしても、真面目過ぎるにもほどがあるだろ」

『治療に専念すれば良いのにあの堅物は…』と目の前の共犯者を傍目に片手で頭を抑えた。ヴァイス中尉もベルイマン少尉もグランツ少尉も……第二中隊の隊員は『人が良過ぎる』奴ばかりだ。利他的というかなんというか……自分自身の損得勘定の物差しが壊れていやしないか心配になる。



「第二中隊は揃いも揃って扱い辛い」

「あら、もしかしてヴァイス中尉と何かありました?」