蜜と毒

心來
@sakkasyo

がたたん、と大きな音がして、まどろみかけていた意識を一気に引き戻される。

それが玄関からだと分かるとすぐに合点がいった。

────ああ、そう言えば今度の男は呑むのが好きだって言ってたっけ。

(サキは、お酒弱いのに)


溜め息をひとつ落としてから、リビングのドアを潜ると、案の定、土間の上にサキがぺたんと座り込んでしまっていた。


「まみぃ、立てない」


普段以上に舌足らずに口にすると、当然のように両腕を広げて伸ばしてきた。その腕を私の首に回してやり、履いたままのミュールを脱がす。同じ女で、しかもサキは私より少し背が高いものだから、はっきり言って重い。もう慣れたけれど。

化粧落として、服だけ着替えさせてベッドに放っておこう。そう決めて、そのままの体勢でサキを引きずりながら来た道を後ろ向きで戻る。途中何度かごつんごつんと音がした。明日になって痛いとむくれられるかも知れないけれど、まあ仕方ないだろう。




寝室までは流石に遠くて、一旦居間のソファーに下ろした。ちょうど座っているうちに着替えさせようと思って、サキにクレンジングシートを渡す。


「着替え取ってくるから、化粧落としときなよ」

「んー……」


言い置いて、浴室前の脱衣所に置いてある着替え一式を取りに行った。……戻るまでにころんと横になってないといいけど。

幸いその考えは杞憂に終わったようで、サキはのろのろとだが、言った通りに顔を拭いていた。

だらんと腕を下げたので、その手から紙を取ってごみ箱に捨てた。……今どき母親でもここまでしないんじゃないか。自分自身に苦笑する。


「ほら、サキ、ばんざーい」


もはや返事はなかったが、それでも律儀に上げられた両手から服を抜き取ると、私よりもずっと柔らかそうな体が露わになった。……この白い肌を、好き勝手に触ってる奴が居るのかと思うと腹が立つ。

キスマークなんて見つけたくもないから、サキをなるべく見ないように、手早く着替えさせた。




サキと私は高校の頃からの付き合いだ。彼女の男癖も────彼女への私の片想いも、十年近く経つ今になっても、相変わらず。



サキは自分より大分年上の男が好みみたいだった。それだけなら問題は何もないけれど、サキは恋愛するととにかくのめり込んでしまって、相手の言いなりになってしまう。勿論中には良い人も居たけれど、相手がどうであれ、なにせ長続きしない(多分サキの束縛が重過ぎるからだ)。その癖に男が居ないと耐えられない。それが災いしてか、妙な相手に当たる数の方が圧倒的に多かった。

貢がされたり、殴られたり。不倫の時もあった。


『サキ、お父さん居ないでしょ。だからそういう人を求めてしまうんじゃない?』


いつか、共通の友人にどうにかならないかと相談した時に言われた言葉だった。まともな父親は殴りもしないし不倫もしないだろう、とか、そもそも育った家庭環境が複雑でも本人は真っ当な人なんてごまんと居るのに、だったり。色々思いはしたが、そう言われてしまうと、口出し出来なくなった。だって私は、サキの生きてきた孤独を知らない。


せめてもサキが本当に危ない目に遭いそうになったら助けられるようにと言う気持ちが半分、報われないとしても傍に居たいと言う下心が半分。自分で下した筈の決断は、こんな夜には重く伸し掛かって来る。

それでも、どうにもならなかった。

私の気持ちなど知る由もないサキが、ルームシェアしようと言い出したあの瞬間にもう一度戻れるとしても、きっと断る事はないのだろうと、そう確信を持てる程に。




サキに肩を貸したまま、彼女の部屋に入った瞬間、思わず足が止まる。


「あーあーもう、出しっぱなしじゃない……」


サキは日頃わりと部屋を綺麗にしてる方だけど、今日はあちこちに服が散乱していた。出る直前まで着ていくものに悩んで、結果片付けている時間がなくなったのだろうと、安易に予想がついて、いやになった。

取り敢えずベッドの上の服を一旦まとめて座椅子の背もたれに掛けて、サキを転がしてやる。


「もー、本当に……。ちゃんとしとかなきゃ皺になるでしょー……」


ついでとばかりに服を仕舞っていたら、背中に視線を感じて振り向く。

寝たとばかり思っていたのに、とろんとした瞳が、こちらをじっと見ていた。


「まみはすごいなぁ」

「……バカにしてるの?」


所詮酔っ払いの戯言だと思って聞き流そうとしていた私の手は、サキの次の一言で止まった。


「違うよぉ。昔からそうだったでしょ。皆の世話焼いて、だからまみの周りはいっぱい人が居て……」

「………」


そうだっただろうか。正直なところあまり覚えていない。誰と居ても私は、男子と楽しげに話をするサキを、気付かれないように横目で伺うばかりだったから。


「わたし、ずっと羨ましいって思ってたんだぁ。わたしにはどうやっても出来ないことだから」

「……そんなの……」


そんなの意味ない。沢山の人に好かれても、本当に欲しい人を手に入れられてないんだから。

唇を噛んだ私に気づくことなく、サキは今にも寝てしまいそうな声で続けた。


「……でもね、わたし、そう思うのと、いっしょに……」


どくり、と心臓が鳴る。とてつもなく嫌な予感がした。やめて。お願いだから言わないで。その先は────


「……まみのこと、独り占めできなくて…………寂しかった」


いまは、わたしのものだよね。そう零れ落ちて間を置かずに、その唇からは寝息が洩れてきた。

だからサキはきっと知らないままだ。私がへたり込んで、嗚咽を押し殺したことを。


(なんて残酷な台詞なんだろう)

(そうしてまた貴女は、私を縛りつけてしまうのでしょう)


望むものを、与える気などない癖に。