神社

sasa-kura
@sasa_kura_

 住宅街に囲まれた林の中、近くにある道路を走る車の音も、家々から聞こえる子供や犬の声も届かないような場所に、その神社はあった。

 ヒールのある靴を履いていた私に階段があるからとスニーカーを勧めた柳は、比較的軽やかな足取りで石段を登っている。私はと言うと、普段の運動不足がたたってすでに息が上がっていた。

 「大丈夫か?」

 隣にいた彼が石段を二段ほど登ったところで足を止め、振り返る。足元の段を見ていた目線を上げると、その先に鳥居を捕らえて、私は深く深呼吸をした。

 「大丈夫。もうすぐそこでしょ。」

 あと一踏ん張り、と自分に言い聞かすように呟き、立ち止まっている柳のそばを通り過ぎる。私が通り過ぎた少し後に、再び石段を登り始めた彼の足音を背中に聞きながら、なんとか鳥居まで辿り着いた。

  鳥居をくぐった先にあるほこらの周りは背の高い木々に覆われ、昼間だと言うのにそこらは薄暗く湿っぽかった。だが、祠の上だけ天窓のように空いた木々の隙間からは日差しが落ち、薄暗いその場所で祠だけが日差しに当てられ輝いて見えた。

 「綺麗…。神様が降りてきてるみたい。」

 私がそう言うと、少し後ろで柳が軽く笑う気配がする。私が振り返り、ね、と同意を求めると、目線を私から祠に移して、そうだなと柳は微笑んだ。

 「近くにこんな綺麗なところがあるなんて知らなかったなぁ。」

 私は目線を祠に戻して、溜息をつくように言った。


 事の発端は、関東にある神社をまとめた本を、柳の部屋で見つけたことだった。神社と寺の違いすらも分からなかった私は、ただそこにあったからというだけでその本を読んでいた。最初こそつまらないと思いながら読んでいたが、神社の説明とともに添えられている写真を見ているうちに、そのおごそかな外観に惹かれ実際に見てみたいと思うようになったのだ。

 今度の週末には神社に行こうという私に、柳は急になにを言い出すのかと首を傾げた。私が神社に興味を持ったことを伝えると、それなら近くにもあると連れてきてくれたのが、この小さな神社だった。


 祠の周りをゆっくりと歩きながら、林から聞こえてくる鳥のさえずりや、風で草木が揺れる音に耳を澄ます。私の少し後ろから着いてくる柳の靴が足元に落ちている枯れ木を折る音を聞きながら、そういえばさ、と私は口を開いた。

 「神社とお寺の違いってなに?」

 振り返ると、彼はそばに生える細い木のより細くしなだれる枝に触れながら答えた。

 「…神社は、日本の神道の教えをたっとぶためのもの、寺は仏をまつるためのものだ。」

 それを聞いた私が少し目を泳がせ、もう少し分かりやすく、と苦笑いで言うと、彼は触れていた枝から手を離し微笑んだ。

 「天照大御神あまてらすおおみかみというものを聞いたことがあるだろう。」

 「…神様?」

 柳が手を離したことで弾むように揺れる細い枝を見つめながら、私は首を傾げる。視界の端で柳は頷き、続けた。

 「日本神話に出てくる神だ。八百万やおよろずの神々という言葉は知っているか?」

 彼の言葉に次は私が頷き、答えた。

 「知ってる。日本には神様がいっぱいいるってことでしょ?」

 柳は微笑み、祠に顔を向けて続ける。

 「天照大御神は日本神話に出てくる神であり、八百万の神々の一柱だ。」

 「ひとはしら?」

 「…神の数え方だ。」

 柳の目線の先にある祠を私も見つめ、ふーんと呟いた。


 風が吹き、木々が揺れる。ざわざわと木々が揺れる音と共に、祠にかかる木々の影もゆらゆらと揺れた。

 「その神様たちを祀っているのが神社?」

 「そういうことだ。神をあがめ、その教えに沿って生きていこうという日本人の考えを形にしたのが神社だ。」

 祠から柳へ視線を移すと、祠に落ちている日差しが彼の顔半分にも降り注いでいた。木々の影よりも明るいそれは、まるで輝きを与えるように彼の顔を照らしている。綺麗、と私が呟くと、柳の視線が私を捉えた。その視線からゆっくりと目を逸らし、私はまた祠を見る。

 「ここのほかにも、これだけ綺麗な神社はあるかな。」

 「たくさんあるだろうな。なんせ、神奈川だけでも神社の数は千を超えている。」

 柳の言葉に私は再び彼に目を向け、千もあるの?と聞き返した。

 「関東では少ない方だぞ。」

 私が作り過ぎじゃない?と苦笑すると、柳は何も言わずに微笑んだ。そして祠の上に落ちてきた落ち葉を手に取り上を見上げる。私も続いて上を見上げると、木々の隙間から差し込む日差しが先程よりも明るさを落としていた。


 「そろそろ帰るか。」

 柳の言葉に頷き、祠の前にある石段へ向かう彼の後ろを着いていく。ふと、柳は立ち止まり、祠に向き直って手を合わせた。私もそれを真似て祠に向き直り合わせ、目を閉じる。

 合わせていた手を解き石段に振り返る手前で、柳は私に手を差し出してきた。その手を握り、私は柳に並んで石段を降りた。

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