横顔

sasa-kura
@sasa_kura_

 燃え上がるような赤と金のグラデーションに染まっていく日差しを全身に浴びながら、椅子に腰掛けた不二は自分の膝の上で開いているアルバムをゆっくりとめくっていた。一つ一つの写真を見るたびに、撮影した時の景色や音が蘇ってくる。

 この時は楽しかったな。この写真を撮った日は雨ですごく大変だったっけ。写真を見るたびに呼び起こされる思い出に、不二の顔にはとても穏やかな笑みがこぼれていた。

 ふと、アルバムを捲っていた手が止まる。捲ったページに収められていた写真は、髪をなびかせた一人の少女の横顔だった。彼はしばらくその写真を見つめ、深くため息を付くと同時にアルバムを閉じた。顔を巡らせ、窓から差し込む日差しに目を細める。膝に乗せていたアルバムを棚に戻し立ち上がると、締め切っていた窓を開けた。

 「今日は暖かいね。」

 自分以外だれもいない部屋で、不二は呟く。頭の中で、あの日の少女の声が響いた。



 「そうだね。」

 隣を歩く少女は前を見据えたまま言う。不二は首から下げたカメラを触りながら話しかけた。

 「今年の桜は早く咲くかもね。」

 彼女は尚も前を見据えたまま、今度は返事もしない。

 不二は少女に目を向け、どうしたの?と優しい声で話しかけた。少し目を伏せ何度もまばたきを繰り返してから、少女は彼を見て言った。

 「桜は一緒に見れないよ。」

 彼女の言葉に不二は顔色一つ変えずに、うんと頷く。それを見た彼女はまた目を伏せ、カメラを触る不二の手に自分の手を重ねた。


 少女が高校進学をきっかけに僻地へきちへ引っ越すと聞いたのは、卒業式を4日後に控えた日だった。できることならここに残りたいと力なく言う彼女の背中を、不二は優しく撫でた。

 一人で生きていけるほど大人でもなく、泣きわめいて自分の考えを押し通すほど子供でもない彼らは、離れる前の寂しさを埋めるように慰め合うことしかできなかった。

 その後、無事卒業して休暇に入った彼らは、ほぼ毎日のように会っていた。お互いの家を行き来したり、少し遠くへ出掛けることもあった。写真が趣味の不二がカメラを構える姿を、少女はいつも少し後ろで寂しそうに眺めていた。


 そして、とうとう最後の日がやってくる。

 近い内に東京を離れる彼女と会うのは、その日が最後だった。

 自分の手に重ねられた彼女の手を、不二は優しく握った。少女の目には、今にも溢れそうなほど涙が溜まっている。不二がその頬に手を触れると、少女の目から一筋の涙がこぼれた。その涙を親指の腹で拭い、不二は微笑んだ。

 「必ず会いに行くよ。」

 少女は強くまぶたを閉じて何度も頷いた。溢れる涙は少女の頬を濡らし、少女はそれを隠すように手で顔を覆う。

 嗚咽おえつを漏らして泣きじゃくる少女を抱き寄せ、不二はその頭をぽんぽんと優しく叩いた。そのまま少女が泣き止むまで頭を撫でていた。


 目を赤くした彼女がポケットから切符を出すのに時間を掛けていると、不二はその隣の改札を一足先に通り、改札の先で立ち止まった。改札を抜けた少女が不二に駆け寄り、二人は手を繋いでホームへ向かう。

 電車が来ることを知らせるアナウンスが響き渡る中、不二はふと、隣に立つ少女にカメラを向けた。

 「やめてよ。撮られるの好きじゃないって言ったでしょ。」

 カメラに気付いた彼女は、手で顔を隠して笑う。不二は少しカメラを下げて微笑んだ。

 「君の写真、一枚もないんだよ。僕のためだと思って、ね?」

 不二の言葉に少女は少し考えた後、横顔だけね、と不満そうに言った。十分だよ、と返し、不二は再度少女にカメラを向ける。それと同時にホームに入ってきた電車によって吹いた風で、彼女の髪は大きくなびいた。

 「髪で顔が隠れちゃった。」

 そう言って苦笑し写真を見せると、彼女は満足そうに頷いた。

 「それでいいよ。」

 「だめだよ。もう一枚だけ。」

 不二がそう言ってまた少女にカメラを向けると、発車を知らせるベルがホームに鳴り響いた。

 不二はカメラを下ろし、少女は不二を見つめる。

 「…じゃあね。」

 電車のドアが閉まる直前、少女はそう言って電車に掛け乗った。それを掴もうと伸ばした不二の手は空を切り、電車のドアは閉まる。

 動き出す電車を目で追い、やがて見えなくなると、しばらく経って不二は改札口へ歩き出した。



 窓を開け風に当たっていた彼の耳に、ドアをノックする音が響く。不二が返事をするとドアは開き、姉の由美子が顔を出した。

 「周助、明日は何時に家を出るの?」

 不二は体ごと由美子に振り返り答える。

 「九時には出るよ。」

 「じゃあ送っていくわよ。」

 由美子がそう微笑むと、彼も微笑んで礼を言い、また空を見上げる。ドアの閉まる音を背に、不二は暗くなっていく空を見つめながら呟いた。

 「やっぱり撮り直したいな。」

 いやだよ、と笑う少女の姿を想像し、不二は嬉しそうに微笑んだ。

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