キャラメルアワー

松本潤

毎週金曜日、最後の仕事。

「あっ、いらした」

こっちに男性が向かってくるのをミラーで確認する。

タイミングよくドアを開けると勢いよく乗り込まれる。

〈いつも通りで〉

この方はボクの1週間の最期のお客様。

「いつもご乗車ありがとうございます、櫻井様。」

お客様がニッコリ笑うのをミラーで見ると、車を発進させた。

この方はとても感じがいい。

きっと出世街道まっしぐらなんだろう。

品がある。

このお客様がボクの1週間の仕事を締めくくる。

なんと最高なんだろうか。

気分がいいまま休みに入る。

本当はそのセリフをお客様の方が感じて頂かなければいけないのに。

そんなことを考えていると百貨店のタクシー乗降口に到着した。

お客様が一言言って降りられる。

10分弱かな。なんてボーッと考えていると少し焦った声が聞こえた。

〈近くのコンビニに寄ってください〉

あれ、ここで買い物の予定じゃ……

〈予定変更します!〉

お客様の圧に押されるがまま近くのコンビニへ向かった。

3分もしないうちに帰ってこられた。

結構沢山の商品が入ったレジ袋をミラー越しに見ているとスマホが向けられた。

映る画面には二宮さん?の住所。

「お願いします!」

と勢いのある返事からのドヤ顔。


住所に書かれていたマンションの下につく。

するとお客様が留守番をする愛犬に飛びつくかのように外に出て行った。

ボクもすぐに外に出る。

1人の元気な方がマンションへ走って行く。

もう1人は……立てないのかな。

するとお客様が肩に担ぎ家まで運ぼうとしていた。

あっ、お会計。

「あっ……あのぉ…」

邪魔をしてしまうのではないかと弱気になりながら話しかける。

すると、右腕で男性を支えながら左手で財布を開く。

〈細かいのないんだ、ごめん〉

と渡された1万円札を丁寧に頂くとすぐお釣りを用意しようとした。

すると、お客様が投げ飛ばされたではないか。

大丈夫ですか、と駆け寄る。

お手上げの顔をするお客様を手伝おうと瞬時に考えた。

本当はいち早く帰りたい気持ち。

さっきお客様が乗り込む前に彼女からメールが来た。彼女は残業を頑張っているんだ。ボクも頑張らないと。

しかも今日は金曜日。

このお客様は今週最後のお客様。

最後はもうひと頑張りしたくなる。

男性は素直にボクに覆いかぶさった。

「何階ですか?」

オートロックではない玄関を潜りながらエレベーター待ちで聞く。

[6階です、617号室]

「かしこまりました」ボクがそう言うと丁度エレベーターが着いた。

家まで送り届けると手を振って感謝してくれた。ゆっくりその場を後にしながら自分の善意行動を噛み締めた。

よっしゃ今日のビールは美味しいだろうな。

エレベーターは1階から6階に向かって上がってきていた。

エレベーターを降りようとするお客様と鉢合わせする。

〈ありがと、たすかった〉

「いえ、ボクでよければいつだもお声かけください」

そう言うと、微笑まれるお客様と別れ会社まで戻ってきた。

最後に売上計算をすれば終わりだ。

あれ、おかしいぞ。

どうしても売上が多いように感じる。

「あっ……!」

お客様にお釣り返すの忘れてた。

でももう仕事の時間終わったしな。

でもクレームが入る前に対処しないと。

でも呑みの時間もうすぐだし。

煩悩に苛まれていると、トイレから出てきて思いっきり欠伸をする事務さんに声をかけられる。

事情を説明すると、おいら行こうか?と言われた。

でもこれはボクのミスであって、ボクが対処しないと。

事務さんは、

もう時間!残業だめ!

と半ば無理やりボクを帰らせた。

ここは甘えて帰ることに。

月曜日、何か甘いもの買っていかなきゃ。

心の中で感謝をし、彼女と待ち合わせへ車を発進させた。

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