愛しき花

ねこたは夢箱に出る
@nekonekotanbo

沈黙の少女2

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 柔らかい日差しが目をやさしく打って正守は目が覚めた。

 眠気で顔をなでる。昨日の任務は遅かったので、眠気がひどい。だが、自然と朝起きる習慣がついている。それも朝食を食べるためだ。

 食い意地が張っているわけではない。椿と食べるためだ。

 むくりと起き上がって正守は寝間着から仕事着に着替え始める。

 正守が無道の訓練施設に滞在し始めてから一週間がたった。

 まずは周りから椿がどんな人物なのか聞き取りをしていった。すると誰も似たり寄ったりであまりいい感情を持っていなかった。というより不気味だと思われているらしい。

 滅多に姿を現さず、言葉を口にせず、無感情に見えるという。

 忠告をしてくる者もいた。あれは人の意思を持たない妖だと。

 だが、正守はそうは思っていない。

 確かにあのツルに邪魔されて感情の有無も言葉も返ってくるわけでもない。けれど、無道が椿を茶化したときに彼女は反応した。それを見てから正守は椿のことが気になっていた。

 正守が作ろうとしている組織は椿と同じような境遇の子を助けようと思い奔走している。

 だったら椿は正守と来るべきだ。無道の施設は戦闘を目的とした強化機関だ。普通に暮らしたい子には向かない。

 考えて正守はどう説得しようかと考えている。喋らない、姿を現さない、人を拒絶している椿にどんな言葉をかけてあげられるだろう。

 仕事着に着替え終わった正守はふすまを開けて部屋から出る。手入れのされている平屋の木造建築はどこか懐かしい気持ちをさせる。実家は正守にとってあまり居心地のいいところではなかったけれど。

 正守は慣れた足取りでまっすぐに食堂へと向かう。一週間もいれば慣れるものだなと思う。人の目があまり居心地のいいものではないが。

 現に食堂につながるドアを開けると一斉に正守に視線が向けられる。結界師という特殊な能力を持っているせいか、椿について尋ねまわったせいか正守を見る目は冷たい。

 ――椿はこんな風に拒絶されてきたのか。

 そう思ったら心の奥がきしんだ。正守はご飯を作ってくれている人のところまで行って、食事を二人分貰うと食堂を去った。今日は焼きそばパンらしい。足早に椿の居る庭へと足を運んだ。

 庭は今、春に咲くだろうものがあちこち芽吹いている。雪が解けて、顔を出した芽は春の訪れを感じさせた。

 一週間いて思ったのは庭が格別に美しく見えることだ。つい足を止めて眺めてしまう。華道は全く分からないが、わびさびというものを感じさせる何かがあった。

 つい足を止めてしまっていた正守ははっとしてまた歩き出す。早く椿に持っていきたい。

 ツタでぐるぐる巻きのいつもの姿が見えてきた。朝露に濡れて生き生きしているように見える。正解かどうかはわからないけれど。

 正守は慎重に下駄を履いて、椿の前に立った。

「おはよう、椿」

 返事はない。聞こえてくるのは鳥のさえずりくらいだ。正守は相変わらずの無反応っぷりに苦笑いする。だが、言葉をかけるのをやめない。

「今日も朝食を持ってきたんだ。食べない?」

 焼きそばパンを差し出すが、変わらず反応はない。正守は笑った。

「美味しいのに」

 焼きそばパンを包んでいるビニールを破り、正守はかぶりつく。ソースの味とパンが混ざり合って絶妙な美味しさだ。思わず目が輝く。

「意外と上手いな。やるな無道さん」

 するとざわりとツルが動き反応した。正守は目を見開く。何に反応したのだろう。少し試してみることにした。

 正守はもう一つの焼きそばパンを椿に差し出した。

「椿、一緒に食べない? とっても美味しいよ」

 ツルは動かない。

「無道さんも焼きそばパンが好きだよ」

 すると、ツルが触発されたように動く。正守は驚いた。無道に反応しているのだ。

 無道は確かにトリッキーだが、部下を育てるのは一流だ。そんな自由と強さに憧れるものは多い。彼女もそうなのだろうか。

「ほら、美味しいよ?」

 まっすぐに焼きそばパンを近づける。

 するとツルは迷うようにざわめいた。もう一押しかなと思っていると、ツルの先端がゆっくりと正守が持っている焼きそばパンに絡みついた。

 だが、持ったと思った瞬間にすごい勢いでツルの中に焼きそばパンは吸い込まれていった。呆気にとられていると、ツルは数分ざわめいてしばらくすると収まった。ツルが何かを持っている。焼きそばパンを包んでいたビニールだ。どうやら食べ終わったらしい。正守は微笑む。

「今度は顔を見ながら食べよう。そのほうが俺もうれしい」

 無反応。ツルはただじっと正守がビニールをつかむのを待っていた。

 少し意地悪がしたくなって、正守は意地の悪い笑みを浮かべる。

「ご飯を食べ終わったらごちそうさまって言うんだよ」

 ツルが少し震える。反応があったので正守は続けてみた。

「無道さんもごちそうさまって言うよ?」

 ツルが大きくざわめいた。葛藤しているように、悩んでいるようにつるの先端が動く。無道の存在をちらつかせるだけで簡単に感情が揺れる。

 無道はどうやって彼女をこんな風に信頼させたのだろう。謎だ。やはり育成機関を作るほどだからカリスマ性はあるんだろうが。

 椿は悩んでいる。言わないと受けとならないと分かったのだろう。ずいずいとビニールを近づけてくるが、正守は無視する。ツルは正守がビニールを受け取らないことに腹を立てたのかぶるぶると震え始める。

 ツルは葛藤の末、正守の顔面にビニールを叩きつけた。

 ビニールを食らって正守は目をつむる。ずいぶんと乱暴な返し方だったが、仕方ないだろう。まだ、一週間だ。焦りは禁物ということだろう。苦笑しながらビニールを顔から剥いでいると、小さく声が聞こえた。

『ごちそうさま』

 一瞬、驚いて声が出なかった。正守い対して初めて椿は言葉をしゃべった。その声は子供特有の幼い声で椿がまだ十歳だということを確定づけた。弟の良守と一緒の小さな子供なのだ。それが、たった一人で人を拒絶して生きている。周りにも疎まれて、怖がられて。想像できるだろうか。その苦しみを。

 まるで怯えているようだと思う。人との関わりを恐れているような、さみしいさみしい心。救ってあげたいだなんておこがましいけれど、何か出来るならしてあげたい。

 正守は優しく微笑んだ。

「また、一緒にご飯を食べよう。その時またごちそうさまって言ってくれ」

 無反応だ。だが、会話の糸口をつかめた。上手く誘導すれば喋ってくれるだろう。

 背後からくつくつと笑い声が聞こえてきた。

 振り返ると無道が正守のすぐ後ろで笑っていた。正守は顔をしかめる。

「盗み聞きは悪趣味ですよ」

「こそこそなんて隠れてないでちゃんと聞いてたさ」

 また、言葉遊びに使われそうだと正守は辟易して黙った。すると無道は視線を椿へと向ける。

「椿仕事だ」

 その一声でツルはざわめいた。何かに吸い取られるように形を失くして、人のような形を作った。ツルが形を失くして溶けると一人の少女が立っていた。

 正守は息をのんだ。無道の一言で椿が動いたからではない。

 椿が恐ろしいほどに美しかったからだ。

 吸い込まれそうな黒い瞳に精巧に作ったのではないかと思う顔立ち。

 身長は良守よりも低く、髪は艶めく黒髪で腰あたりまである。服は着ていない。

 こんなに美しい人間を見たことがない。

 正守の驚愕なんて物怖じせず、彼女は無道を見ている。

 無道は正守の反応をいたく気に入ったようだ。

「美しいだろう? だが、惚れるなよ?」

「何歳離れてると思ってるんですか」

「年の差なんて関係ないさ、そのうちわかる」

「俺、無道さんみたいに節操ないわけじゃないんで」

 つまらなさそうに無道がうなる。

 正守は上着を椿にかけてやる。だが、正守なんて目に入っていないように椿は無道に近づく。それが当たり前かのように。無道はにやりと笑った。

「そうだ、坊やも付いてくるか? 妖退治だ」

 恐らく椿も任務に連れていかれるのだろう。正守は顔をしかめる。

「椿はまだ十歳ですよ?」

 くつくつと無道が笑う。

「関係ない。戦闘に関して椿はスペシャリストだぞ? まぁ、私が手塩をかけて育てたんだから当たり前だがな」

 無道の物言いにひっかかりを覚えつつ正守はうなづく。

「行きましょう」