夜に光

終わりと始まり

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 憎たらしい赤目の男はこう言った。

 もし、預言がない人生を送れていたとしたらあなたはどう思いますか? と。

 私の人生は決して平坦ではなかった。

 預言が私の人生を狂わせたというのなら、私はどう思うだろうか。

 怒るだろうか、悲しむだろうか、泣いて誰かを憎むだろうか。

 けれど、もし違う人生があったとしても私は同じ道を選んでいただろう。

 それは預言のせいかもしれないし、自分の意志であったかもしれない。

 けれど、私は決して歩みを止めはしない。

 だってそれが生きるということだから。

 

 

 

 

 ぽた、ぽた、と切っ先から赤い雫が玉座の間の大理石に垂れていく。レイは剣を振って滴る音を止めることも出来たが、しなかった。全身に染み込んだ赤はまた腕を伝って落ちていくだろう。変わらないのならばそんな無駄なことをする気にならない。染み込んだ赤は全て自分のものではないが、ぬめっていて気持ちが悪い。鉄臭くて吐き気がする。レイの大嫌いな匂いだ。

 嫌いだが、やらなければならないことだとわかっている。それがレイの義務でその為に生きてきたのだから。

 目の前に広がるのは無数の畏怖の眼と焦げ臭い死体。時折、剣で斬られた痕を残して地面に伏している者もいる。

 これらは全てレイ一人が作り上げたものだ。

 理由は簡単だ。レイの大切なものを傷つけようとしたから。剣を持って斬りかかってきたから。それならば殺されても仕方がない。

 最後に向かってきた敵が目の前で剣を振り上げたものだから、とっさにレイの持つ能力で爆散させたので血をまともに浴びてしまった。

 おかげで全身が血で濡れている。罪人の首を切る執行人でさえこうはならないだろう。おかげで気持ち悪くて頭が痛い。

 すると一つの骸が荒い息を吐いていることに気が付いた。どうやら仕損じてしまったようだ。レイはゆっくりと歩み寄り、目の前で見下ろす。

 男は息も絶え絶えにレイを見上げてきた。眼だけ生気を血走らせてレイを射殺さんばかりに睨みつけてくる。レイはその男を見つめた。

 もう何もしなくてもその男は息絶えるだろう。だが、このまま眺めているのは悪趣味だ。

 レイは剣を持ち上げて男の首に据える。

「何か言うことはあるか?」

 レイの問いに男は嗤った。

「黒き子供よ、貴様にはいつか、天罰が下る」

 レイの目が見開かれる。だが、それは一瞬ですぐに冷徹な瞳へと変わる。

「お前、どこで」

 男は表情を愉悦に浸らせて叫んだ。

「絶望はすぐそこだ! 俺は先に地獄で待っているぞ!」

 男の哄笑は響き渡り、玉座の間を恐怖で包む。死ぬ間際とは思えないほどの声量だった。

「そうか」

 だが、レイは怒りもなく哀れみもなく、ただ淡々と剣を振り下ろした。

 ガキンと険が床を咬む音がして、男の声は収まった。周りのものが目をそらす。

 剣を引き抜くと、また、ぽたりと雫が落ちた。

 それ以外の音はない。

 陽光に照らされた玉座の間は恐ろしいまでに静かだった。誰も声を発しない。というより息を飲むことが出来ないほど、今の状況に、自分に震え上がっているのかもしれない。それはなんて都合が良くて、笑えるほど馬鹿馬鹿しくて、苦しい。そう思いレイは自嘲する。

 レイは重い頭で見上げた。

 そこにはさんさんと降り注ぐ陽があった。まぶたを閉じたとしても目に入り込んでくる温かい光。

 とても綺麗でどの宝石よりもきらきらと輝いている。

 ――ああ、なんて日だろうか。

 こんなに晴れ晴れしい日だというのに、こんなに美しい日だというのにレイは持っている一番の宝物を捨てなければならない。

 それは決して富や地位、名誉ではない。

 けれどレイにとって一番大切なもの。

 元から自分には恐れ多いものだったのかもしれない。血の匂いの中、縋るように生きてきた唯一の光。それはレムの哀れみだったのかもしれない。

 大切だから、今のうちに手放すのだ。これ以上近くにいては光が曇ってしまう。

 レイは剣を固く握りしめた。

 グローブから血が滲んで剣へと滴る。血が地面を濡らしていく。それがレイの罪を確かなものにする。宝物にもう触れてはならないと戒めていく。

 レイはゆっくりと振り返る。

 彼はレイをまっすぐに見ていた。表情は真剣でまるで動じていないように見える。だが、レイにはわかっていた。彼が瞳の奥底でレイに畏怖を感じていることに。

 レイはゆっくりと微笑んだ。胸の締め付けられるような痛みから逃れられないと知っていながら。

 ――さようなら、愛おしい人。

 その時、レイの目尻から赤い雫が頬を滑り降りた。

 それを見て彼がはっとする。彼は聡い人だ。一瞬で自分の気持ちを察したのだろう。だが、レイはそれを見なかったことにした。決意が、固めた気持ちが揺らいでしまいそうになってしまうから。

 レイは剣を高く掲げる。

 元は式典用のもので、戦闘には向かない。装飾が綺麗で国色になぞらえた青い透き通った剣。剣にはフォニック文字でこう刻まれている。

 ――マルクトに栄光あれ。

 赤く汚れた剣はそれでも美しく見えたことだろう。

 そして、この剣を持ったレイの行動もまたその時だけは美しく見えたのかもしれない。美しく、激しい獣のように。

 剣先が周囲のものに向けられる。

 レイは獰猛に笑った。

「王に仇なさんという者はいるか?」

 これが始まりであり、終わりでもあった。