黄昏のバベル

はねまる
@ha_ne_maru

1ー07:3人(後)

ードウケツシロネズミ。

2メートルを越すこともある体に大きな爪を持ち、その鋭い爪で地中に深い巣穴を掘って生活する。視力は弱いが鋭い嗅覚を持つ。ー



「ッおい!聞き漏らさないんじゃなかったのかよっ!?」

「だ、だって音なんてしなかったじゃない!」



ネズミはじーっとこちらを伺っていて、動く様子はない。でも、敵意もまるで感じられない。

キドとカルラも同じように感じたらしく、身構えていた体から力を抜いた。

ー何か伝えたいことがあるのかな…

そう思って、僕は黙ってネズミを見つめてみた。


「ドゥバル…??」


カルラが心配そうに声をかけてくるけど 今は答えず、ネズミをじっと見る。


じーーーーーーー



暫く そのまま見つめあって。

ゆっくり ゆっくり…………



「あ。」



ぱくり



△△△△△△△△△△△△△△△△△△△



「あ。」


ぱくり


「きゃあぁああっ!?」


大人しくドゥバルを見つめていただけだったネズミが、突然大きな口を開けてドゥバルを口の中に収めてしまった。

ー今そんな雰囲気だったか!?


カルラが悲鳴をあげると 驚いたコウモリたちが一斉に舞い上がり、ネズミの姿を隠してしまう。

舞い飛ぶコウモリを払いのけている間に、ネズミは洞穴の奥に走り去ってしまったようで 気付いた時には既に、すっかり姿を消してしまっていた。


「ドゥバル!?ドゥバル!いやぁああっ!」

「おい落ち着け!」


カルラはすっかり動転しちまってる。いや気持ちはわかるけどな。

今は直ぐにでもあのネズミを追いかけたい。そのためにもまずカルラを落ち着かせなければ。


「なっ…お、おち、落ち着けるわけがないでしょう…!?ドゥバルがた、た、食べられちゃったのに!!」


胸の前で握られた手はブルブルと震えていて、落ち着きがない。

真っ赤な瞳が涙で滲んで、今にも溢れ出しそうだ。


「良いから追うぞ!あいつには護身用のナイフを持たせてある!」


そう言って走り出すと、カルラも半泣きになりながら付いてくる。

ーくそ、何だったんだあいつは…!



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


揺れる 揺れる


なんだかねっとりとした温かい壁に包まれている。ここはあのネズミの口の中のようで、僕の上半身は完璧にここに収まっているみたい。


外に出ている腰から下に 風を切るような感覚があることと、何というか全体的に揺れている事から 僕がどこかへ運ばれているのだとわかる。


(ちょっと息苦しいから、顔だけでも外に出したいな)


そんな事を考えながらモゾモゾと体を動かしてみるけれど、結局体勢を変えることはできずに徒労に終わった。

寧ろさらに奥に入り込んでしまって息苦しさが増してしまったので、諦めて身を委ねることにした。



(獣臭い…)




どれほど揺られていたのだろうか。

突然ピタッと揺れが止まり、外に吐き出される。

勢いよく吐き出されたものだから、そのまま後ろに倒れ尻餅をついてしまう。


「いたい…」


久しぶりに開けた視界に飛び込んできたのは、枯れ草の寝床の上に身を寄せ合うようにして眠っている2匹の子ネズミ。

そのどちらもブルブルと体を震わせている。


「あ………これ……」



△△△△△△△△△△△△△△△△△△△


「な、何なのこれ…!?」

「すげー分かれ道だな…ドゥバルはどこにいんだよ…?」


いくらか進むと、この洞穴がいくつもの道に枝分かれしていて アリの巣のように複雑な構造をしていることがわかる。


1つの道に進んでは行き止まりにぶつかり引き返す…そんなことの繰り返しだ。

カルラも俺も、流石に苛立ちを覚え始める。


そんな時、背後からガリガリと岩を削るような音が聞こえて立ち止まる。


咄嗟に振り返るとそこには、巣穴を荒らされて逆上した3匹のドウケツシロネズミたち。

ーこいつらは群れるんだったな…


「チッ……下がってろカルラ!」


咄嗟にカルラを背に隠す。

鋭い爪を振りかざしてこちらを威嚇するネズミたちは、先程ドゥバルを攫った奴に比べて幾分か小さい。


俺が一歩後ずさると、どうやら足音で刺激してしまったようだ。先頭にいたネズミが飛びかかってくる。

その大ぶりな一撃を躱し、その後頭部にめがけて拳を叩き込む。


すると狙い通り ネズミは気絶して動かなくなる。他の2匹は先程までの激昂した様子から一転、ビクビクと怯えたように身を寄せ合っている。


「悪ぃな。急いでんだ。」


もう襲っては来ないだろうと判断し、カルラに先に進むよう促す。

道すがらカルラが俺を見上げてこんなことを聞いてくる。


「殺さないのね」

「あ?物騒だな。そうしなくて済むならそっちの方が良いだろ、絶対。」


俺がそう答えると、カルラは少し驚いたような顔をした後、そうね。と微笑んだ。


それからまた1つ、1つと枝分かれした道を進んでは戻ってを繰り返していくと、いくつめかの道の先の少し広い空間に出た。

岩を丸いドーム状にくり抜いた部屋のような空間。地面には枯れ草が敷き詰められている。ネズミたちのベッドのようだ。


「ここもハズレ…、ドゥバル大丈夫かな…」


カルラが心配そうに呟く。

ー確かに、随分時間が掛かっちまってるからな…。

あのネズミからは敵意を感じなかったが、だからドゥバルは無事だ。と言い切ることは出来ない。

引き返して次の道を進もうとしたその時、ベッドの角の枯れ草が異様な色をしている事に気付いた。


「何してるのキド、はやく…」

「悪い、ちょっと待ってくれ。これ、何だと思う?」


そう言って、異様な色をした枯れ草を、剣を使って少し持ち上げてみると…ー


「これ、泥…?」

「周りの岩や土と全然違うだろ?この色…」


光源はランプの灯りのみ。だから正確な色はわからないが、この洞窟はおおよそ赤茶の岩や土で構成されている。

それに対してこの泥は異質だ。ランプの灯りを一切反射しない黒。ドロドロとしていて形を持たない。


「……もしかしたら、泥化と何か関係があるかも…。持ち帰りましょう。触らないようにね。」


カルラの言葉通り、俺が泥を採取しようとすると…


「!何か近づいてる」


カルラが警戒の声をあげる。

俺にはまだ聞こえないが、カルラの耳には何かが近づいてくる音がはっきりと聞こえているようで、しばらくすると本当にガリガリと岩の削れる音が聞こえ始めた。


「さっきのやつらか…?」

「…違うと思う。あの子たちはあなたに怯えてた。普通なら二度と近寄っても来ないでしょう。……これは…」


ガリ ガリガリ ガリガリガリ


激しく岩を引っ掻いて、削り取っているような音。

それに伴って俺たちのいる部屋がグラグラと大きく振動する。


「キド、はやく採取して!すぐにでも…ー!」


カルラが言い終わるよりも先に俺たちのすぐ近く 俺たちが入ってきた方とは反対側の岩壁が大きな音を立てて崩れ落ちる。


「な、っこいつら…!?」


土煙の先には10匹程のドウケツシロネズミ。他の部屋からトンネルを掘ってこちらまで来たようだ。

サイズは先程よりもさらに小さく、どうやら子供のようだが どうにも様子がおかしい。

皆一様に体をガクガクと震わせ口や目から真っ黒な液体を垂れ流している。

ーこれは…



「……泥化…!…やっぱりその泥、無関係じゃあなさそうね…!」


「あ、ああ…。でもどうする…!?今はドゥバルが居ないんだ、こいつらは殺るしかねえのか…!?」


この狭い空間での戦闘に、俺たちはあまりにも不利だ。

相手は洞穴内で動き回ることに慣れている上に酷く凶暴化している。


「…………、……いえ、殺さずに済む方法はあります。一度この子たちを落ち着かせてドゥバルと再会するの。」

「落ち着かせるってったってどうやってだよ!?正常な状態じゃねえんだぞこいつらは!?」



カルラは俺の数歩前に立ち、1つ深呼吸をする。

そして意を決したように顔を上げ、 歌を歌い始めた。






それは 思わず状況を忘れ、うつらと目を閉じてしまいそうなほどに柔らかく優しい歌声。

その歌声以外のすべての音が消し飛んでしまうような…

鼓膜内のみならず、脳内…体中が歌で満たされるような言い表しようのない感覚を覚える。


ーとは言え、歌なんか歌ってどうするんだ…?


思わずカルラの方へ奪われていた視線をネズミたちの方に戻すと、俺は思わず目を疑う。


ネズミたちが次々と倒れていくのだ。それも、苦しいとか痛いとかではなくて、眠気に耐えられなくなった といった様子で。



最後のネズミが倒れ込んだところで、カルラはゆっくりと歌うのをやめ、息を吐いた。


「揺籃歌《ララバイ》。…私の歌は中枢に直接響くの。これで暫く眠っていてくれるはず…。」


カルラはゆっくりと振り向いて微笑んだ。


「………ジークの手紙にあったでしょう。"彼女の力は役に立つ"って。」


確かに。泥化で凶暴化した生物さえも、歌1つで沈静化できるというのは強い。


「おぉ…すげーな、マジで。魔法みたいなもんか?」

「魔法…………。……ちょっと違う気がするけど…まあ似たようなものね。」


しかし、ネズミたちの目や口からは変わらず黒い泥が流れ出している。

カルラはドゥバルのように、泥化を治すことは出来ないようで、ネズミたちは本当に ただ眠っているだけのようだ。


「こいつらが目を覚ます前に、早くドゥバルを見つけて合流しないとな。」

「うん。……………ねえ、」


部屋を出ようとすると、呼び止められる。



「何だよ?」

「あ……、……、……ううん、何でもない!早くドゥバルのところに行きましょ!」


一瞬変な間があった気がするが…。

今は気にしていられないと、カルラの言葉に力強く頷いて 部屋を出る。


ー待ってろよドゥバル!



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「…よし、いくよ」


両手を胸の前で合わせ、集中する。

あの時頭の中に流れ込んできた事を思い出しながら少しずつ合わせた手のひらを離していく。


この力の使い方。

まだ感覚はつかめていないけれど、しっかり分かってる。


頭の中に浮かぶ やり方 通りに、力を手のひらに集中させるようなイメージで。


すると、少しずつあの暖かい光が 手のひらの間に集まってくるような感覚。


ーもう少し、もう少し…!



もう少しで、何かが形になりそう。

…だったのに、


「ドゥバル!!」

「大丈夫!?怪我してない!?」

「あ。」


僕のいる部屋の中に 勢いよく飛び込んでくる2つの人影。

2人は騒がしく僕の心配をしている。


手のひらの間の光がすっかり消えてしまっていることに気づいて、ほんの少しだけ肩を落とす。

そんな僕を、あのネズミは心配そうな目で見つめている。


「あ、そいつ…」

「うん。…僕をここに連れて来たかったみたい。」


僕は このネズミがこの洞穴の主で、その他のネズミたちの母親らしいこと。そして最近になって子ネズミたちが急激に弱り始めたらしいこと。それを人間の僕らに診て欲しかったらしいことを2人に話した。


「子供たちがおかしくなってしまって、…助けて欲しかったんだよね。」


そう言って心配させないように、優しくお腹を撫でる。

キドとカルラは部屋の入り口で不思議そうな、呆れたような?それでいて安心したような…複雑そうな顔をしていた。


「ええと……色々言いたいことはあるけれど、とりあえず 無事で本当に良かったわ。」

「うん」

「ほんとにな。心配かけやがって!」


2人が近づいてきて、一斉に僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その表情は先程の複雑なものではなくなっていて、再開を本当に喜んでいるように見える。


僕らがそんな風にしていると、ギュー…とあの母ネズミが不安そうな鳴き声をあげる。



「そいつらも泥化してんだな…。」

「うん。…衰弱型みたい」


キドの言葉に頷いて、また先程と同じように両手を胸の前で合わせる。

しっかりと両手に意識を集中させて、光を集める。


ゆっくり、ゆっくりと両手を離して…ー


ガリガリガリガリガリガリ


またしてももう一歩、というところで集中が途切れてしまう。

部屋の入り口のさらに奥。多分キドたちが通ってきた通路の方から岩を削る大きな音。

泥化した他の子ネズミたちがこちらに向かっているらしい。キドたちを追ってきたのかな…。



「……!……私たちの匂いを追ってきたんだ…!この部屋に入れちゃだめ…!」


その言葉とともにカルラが部屋の外に飛び出していく。


「あ、おい!……ドゥバル!なんとか俺らで食い止めっから、その間に頼む!」


そう言ってキドも飛び出して。

そんな様子を、あのネズミは酷く心配そうに、怯えたように見つめている。


ーそうだよね。あの子ネズミたちは…


そんな様子を見た瞬間、自然と体から光が湧きだすような感覚を覚える。


それを両手に握り込んで 強く、強く。




気づけば、僕の手には光り輝く槍のようなものが握られていた。

ーこれは

使い方は、わかる。どうしてか、またあの時のように 頭の中に流れ込んでくるから。


槍から放たれた光は部屋の中を温かく満たし、子ネズミたちの体を包み込む。

子ネズミたちの体を蝕んでいた泥のようなものが、光に触れたとたんじわじわと体外に弾き飛ばされていくようだった。

その間子ネズミたちは苦しそうに呻いていたけれど 体から完全に泥が消え去ると、穏やかで規則正しい寝息を立て始める。


母ネズミが嬉しそうに 安堵したように 子ネズミたちの体を舐めてあげている。

そんな様子を見ていると、胸の内にじんわりと 不思議な感覚が。

僕のものだけれど、僕のものではないような…。


そんな不思議な感覚に首を傾げていると、キドたちが出て行った方から 歌 が聞こえてハッとする。




急いで外に出ると、直ぐに二人の姿を確認できた。


2人の向かい側には10匹程の泥化した子ネズミたち。

ガクガクと体を震わせ目や口からゴボゴボと黒いものを吐き出している。




「…、…!……ドゥバル……!?あなたその槍………」


カルラがこちらに気づき、歌うのを止めて振り向いた。しかしその視線は僕ではなく、僕が手にする槍に注がれている。


「大丈夫だよ。」


僕の言葉に、カルラは一瞬 ひどく表情を歪ませた。


その表情の真意はとても知りたいのだけど、今は先ず 目の前の子ネズミたちを救うのが先決だ。






一呼吸。

槍を大きく振るう。薙ぎ払うようなイメージで。

すると槍は強い光を発し その光は大きく広がってあたりを包み込む。光に包まれた子ネズミたちの体から泥が弾き飛ばされて、蒸発して 子ネズミたちは苦痛の声を上げる。

やがて体から完全に泥が消え去ると 深い眠りに落ちるようにその場に倒れた。どうやら命に別状はなさそうだ。


やがて あたりを包んでいた光は 槍へ収束し、まるで何事もなかったかのように、元の景色に戻った。



「……、凄え……。……おいおい!何だよドゥバル!」

「……うん。力の使い方……ちょっとだけ思い出したんだ。」



両手から力を抜いて深呼吸をする。

すると光の槍はぼんやりと淡い光になって霧散し、やがて体の中に入り込むように消えていった。


「カラアの時より………上手く、できたよね。」

「ああ!…お前ほんと凄えよ…!!」


キドが駆け寄ってきて 僕の肩を抱く。その声色は心底嬉しそうで、暗い洞穴の中にいても、彼の表情は容易に想像できた。


「キド。嬉しい?」

「そりゃあな!今までは殺すしかなかったんだぜ…?それをこんな風に助けてやれるなんて、嬉しいに決まってんじゃねえか!……お?」



僕たちの背後の部屋から、あの母ネズミがおずおずと顔を出している。

大丈夫だよ、と声をかけて子ネズミたちの前を避けると 母ネズミは一目散に子ネズミたちの元へ走り、子ネズミたちの体を抱くように身を寄せた。


「………ほんと、よかったな…」

「……泣いてる?」


それを見ていたキドの声が何だかちょっぴり掠れていて、涙声のように聞こえたから。それを指摘するとキドは 泣いてねーよ と鼻をすすりながら 僕の頭を小突いた。








そんな僕たちから 少し離れたところに立ち尽くすカルラの影が ぽつりと小さく零す。


「………神槍、……あなたは………」


しかしその言葉が僕らの耳に入ることはなかった。