夜越しの白昼夢

🌃夜野くん💫
@yoru_sou_410

決心






さて、そして冒頭に戻る。




年単位で久々に出た外は、この部屋に来た時と同じような土砂降りだった。

あの時と同じ服を着て、同じ鞄を持って、同じ靴を履いて。

少し違うところといえば、少し背が高くなって心に確かな決心がついているところだ。

己の心を落ち着かせるように息を深く吸い込む。

ひんやりとした空気が雨に濡れて、雨の日特有の香りに包まれていた。


さあ、早くしないと。

自らチャンスを潰す訳にはいかないのだ。

胸は未だ高鳴っているけど、きっとなんとかなる。大丈夫だ。


何度か言い聞かせるように頷いたあと、自分が此処に連れてきたビニール傘を持ち、階段を駆け下りた。

ビニール傘を開き雨粒が叩きつけるコンクリートに足をつける。久々のコンクリートに少し気分が高揚して、土砂降りの雨にも関わらずぷかぷか浮きそうな身体をなんとか諌めた。

そして、最寄り駅へと足を向ける。



最寄り駅。

今しがた家出してきたあの場所から、歩いて20分程度。

自分が最後に外に出た日から、外は建物が割と変わっていたけれど、土地勘はあったから少しだけ苦戦しながらもなんとか辿り着いた。

もう直ぐ日付が変わる時間帯だということもあって、人はあまり居なかったけど、逆に好都合だったかもしれない。

目の前を通り過ぎていくサラリーマンを見ながら思った。


指定の駅へはここから3駅ほど先で、最近あまり動いていなかった自分にとっては少しだけ気が遠くなるけど、あの日々に比べたらマシだ。逃げられると思えばなんてことない距離。頑張ろう……と、心に胸を抱き、駅の階段を踏みしめる。


それからは苦戦しながらもなんとか目的の電車に乗り、3駅後無事指定の駅に降りることが出来た。

今まで電車に乗ったことがなかったから何が何だか解らなかったけど、駅員さんに聞いたりして何度も確かめてから乗った。目的の電車に乗るため駅内を歩いていると、一度逆方面に行く電車のホームに辿り着いてしまったこともあったし、路線図を見ながら泣きそうになったのは覚えている。

お金は以前のぶんのお小遣いが残っていたから、それを使えば差し支えなく行くことが出来た。

降りた時の達成感たるや、ただ電車に乗っただけで世界を救ったかのような嬉しさを覚えた。これもまた成長だなぁと、自分の未熟さには目を瞑り前向きに考えてみる。


さて、あとは彼の家に向かって歩くだけなわけだけれど。


住所と駅から彼の家周辺の地図の画像を送ってもらって、それを頼りになんとか歩こう、と未だに雨が降り付けるコンクリートに足を一歩踏み込んだ。



「うーん………此処かなぁ」


これまたあまり地図を見ながら何処かへ行ったことがなかったがために、普通に歩けば15分くらいの道を40分程かけて歩いてしまった。

初めて降り立ち初めて歩く道は酷く悩ましいもので、一応散々迷いながらもなんとかそれっぽいところに辿り着くことは出来た。



なんというか……すごくボロい。


灰色のコンクリートは鉛をそのまま貼り付けたみたいだし、表札もなければ周りにあまり街灯も見当たらない。そのせいで道全体がなんだか途轍もなく暗く見えて、心細さと恐怖心が段々募っていく。

さて、どうしたものか。

ここで間違えて別の家に突撃してしまえば俺はもう恥ずかしさで直ぐに死ねるし、だからといって此処でいつまでも立っている訳にはいかない。そうすれば多分きっと、またあの家に戻されることになるだろう。

何度も地図と住所と電信柱に書いてある住所を見比べる。

…うん。合ってる。……多分。

いや、合ってるのは解ってる、でも多分勇気が出ないだけだ。自分から変えるのが未だ怖くて、立ち止まることしか出来ない。

……いいや。折角ここまで来れたのだから、とりあえず玄関の前まで行ってみよう。勇気を振り絞るのはそれからだ。


自分の背丈ほどある石の塀を潜り、軋む金属製の階段をゆっくり登る。

なんでゆっくりかというと、ちょっと自分でもよく解らないけど、多分自分のたてた音がこの静かな路に鳴り響くのがなんだか落ち着かなかったからだ。それに恐らく…逸る鼓動を落ち着けるためでもあって。

でも足を上へ上へと進める度に胸を叩く音は大きくなって、結局登りきっても尚自分の耳に張り付いて離れてくれなかった。

ここの………確か、隅っこ…って言ってたっけ。住所の末尾に205と書かれているから、恐らくそう。

ただ、その扉には表札がないから、確証が持てなかった。はてさて、どうしたものか。

いっそ機内モードをオフにして彼に直接連絡してしおうか迷う。


「……………」


えーい、行ってしまえ。

部屋を間違えててもすぐ離れれば、(たぶん)問題ない。

行ける。俺は出来る子。ここまで来たんだから。大丈夫。大丈夫。


胸を叩く心臓の音を落ち着ける様に、胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。

そして、チャイムのボタンへと指を伸ばす。…………と。


「ねえ」


男の人の低い声。

後ろから突然聴こえた声に、思わず身体が大きく跳ねる。

やばい。何かよくわからないけれど、物凄くやばい。もしかしたらやっぱ間違えてたのかもしれないし、それとももっと別の、なにかいつの間にかいけないことをしてしまったのではないか。


いろんな考えが一瞬で頭を駆け巡り、頭から水を被せられたようにひんやりする。

決意が内心揺らぎまくりながら、恐る恐る後ろを振り返る。

すると、背の高い金髪の男の人が立っていた。


「そこ。101だよ。104はあっち。」


彼は端正な顔立ちを何一つ崩さないまま、自分が今居た扉の場所とは真逆の扉を指さした。

確かめるために扉の横を見ると、確かにそこには101と書かれている表札が存在していた。


「あ、え、えと、ほんとですね、すみません」


ここの部屋の人なのかな。

でも、なんで俺が104に用があるって知ってるのかな。

内心穏やかじゃない荒波のまま、とりあえず場所が解ったなら行こうかと、頭を下げて男の人の隣を過ぎ去ろうとした。

すると、男の人に手首を軽く掴まれる。


「待って。君、黒猫くんでしょ。」


その聞き覚えのある名前に、また心臓が跳ねる。それは、紛れもない、自分の仮の名前だった。

彼の顔を見ると、黒の瞳が月明かりに照らされていた。