夜越しの白昼夢

🌃夜野くん💫
@yoru_sou_410

回想








今から少し昔の話だ。



確か、自分が中学3年生の夏頃に今の家に来たんだったか。


物心ついた時にはもう両親は他界していて、自分は親戚の家を転々としていた。

親の顔に覚えはあるかと聞かれたら、まったくもって覚えてないとはっきり言える。

なんなら、最初の数ページしか埋まってないアルバムを見て初めて顔を知ったくらいだ。


確か、事故に巻き込まれて死んだと聞いた。

後の話によると、俺は一緒にいたけど、両親が直前まで守ってくれたおかげで運良く生き延びることが出来たらしい。今は亡くなったお婆ちゃんが教えてくれた。

きっともし両親の顔さえ覚えていれば悲しむことだって出来たのに、何も分からないものだから、縋ることすら出来やしない。

こんなことなら、俺も連れていってほしかった。

……いや、でも、いざ目の前に死ぬ時が来たら、今度は生きたいと思ってしまうかもしれない。


親戚は顔見知りから存在すら知らなかった遠いところまで様々で、引き取ってくれた親戚たちは、殆どが優しい人達だった。

でも、それは全員じゃない訳で。


勿論普通の生活を送らせてくれるところもあったけど、何件かは白い目を向けるか、扱いが粗雑かの何方かだった。


今の家には先述した通り、中学3年生だった頃に来たのを覚えている。

あの日は確か……今日みたいな、頭痛がする程の土砂降りの雨が降った日。


「今日からここが貴方のお家よ」


俺が前の家の人に連れてこられた家は、都内のマンションの5階、1番角の部屋。

意外と綺麗なマンションだった。

黒くて重厚感のある扉と、扉に備え付けられた新聞受けには、暫く取っていないであろう溜まった新聞。

扉の右側には砂埃を被った消化器。そして扉の左側には柵の様なものが付けられた窓があり、そこに傘が掛けられてる。

……2本。黒くて大きな、多分男性が使う様な傘と、細めな白いレースのついた花柄の傘。ということは、多分、この家は少なくとも2人は住んでるってことか。

どんな2人なんだろう。きっと傘を見る限り男女なんだろうけど、性格まではわかんない。優しい……といいな。傘だけでは判断出来ない。


叔母さんが玄関のチャイムを押すと、暫くして若い男の人が出てきた。

明るい髪色で、身長は当時の俺より数十cmも高く、きっとモテるんだろうなって分かる端正な顔立ち。

大きな荷物を肩から掛けた俺を見るなり、その男性はにこっと微笑んできた。

ああ、良かった…凄く優しそうなひとだ。


暫く叔母さんが男の人と何かを話している間、なんとなく男の人がたってる奥の部屋を覗き込んだりしてみたが、どうも女の人の姿は見えなかった。


「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「よ、よろしくお願いします…」


叔母さんが男の人に向かってお辞儀をする。

叔母さんがアイコンタクトを取るので、俺も例に倣ってお辞儀をした。


この瞬間は何回迎えても慣れない。

きっと俺は世間的に言うと人見知りだ。初対面の相手とはどうしても目を合わせるのが難しい。

治そう、とは思うけど、いやでもたぶん、この性格と十数年間寄り添ってきてしまったから、今更無理な気がする。


そしていよいよ叔母さんが帰る為にエレベーターの方に足を向け始めると、男の人が俺の名前を呼び、さあ上がって、と微笑んできた。

その表情にふと心が軽くなった気がして、つられて笑顔が零れた。

なんだか安心した。

そう思って、持ってきたビニールの傘を黒い傘の隣に掛けた。


中に入ると玄関には男物の靴しか置かれていなかった。

…あれ?女の人のは?と思ったが、やっぱりさっきも姿は見えなかったし、多分用事があるか出掛けてるか、何れにせよ今は居ないのだろう。多分。きっと。


靴を脱ぎその場に揃えた。

これはお婆ちゃんが教えてくれた事だ。なんだかこういうのを破ると、天国から怒られてしまいそうな気がする。

揃え終え、前に立つ男性についていこうと鞄を持ち立ち上がる。と、


「っっわっ!?」


急に後ろから腕が引っ張られる。

背後の壁にそのまま叩きつけられ、頭を軽く打ち付けてしまった。

ぶつけた後頭部が痛い。突然何が起こったのか理解しきれない。

恐る恐る顔を上げると、男の人は俺の背後の壁に手を付き俺の何かをじっと見つめてくる。

顔が近い。心臓がどくどくと音を立てる。焦げ茶の瞳の奥では何を考えているのか、まったく想像もつかない。


「……へぇ………いい顔してるね」


顎を指で持ち上げられ、必死に逸らしてた視線が男の人とぶつかる。

先程の優しい微笑みとは一変して、まるで何かを捉えた様な、例えるなら獲物を見つけた時の獣の様な鋭い瞳が自分を見つめている。

口元は笑っている、けど…………


「……………ぁ、」


掠れた声が喉の奥から絞り出される。

どくどくと鳴り止まない心臓の音で自分が今恐怖してるのを知った。

まだ完全にそうと決まった訳じゃないけど、これはまたとんでもない所に来てしまったのかもしれない。


「……なーんてね!冗談冗談。そんな顔しないで」


男の人はぱっと笑顔になり、手を離すと同時に目の前から退けた。


今の自分はどんな顔をしているんだろうか。今自分は何を喋ろうとしていたんだろうか。


わからない、けど、とにかく今心臓が煩いくらいに跳ねてることは判る。

笑顔になられたって、さっきの顔を見てしまったら、今後どういう反応をすればいいのか解らなくなった。

絶対、冗談じゃなかった。あの目は。


「……は、はは…………」


軽く頭を撫でられ、とりあえず笑っておくことにした。