困った人

🌃夜野くん💫
@yoru_sou_410




「ホント困った人ですね」



夜が更けだした頃のテーブル上。

湯気が立たず冷め切った珈琲越しに、俯き気味なため息交じりの声で呟かれる。

それはあまりにもあけすけで、思わず耳を疑う。

おい、お前は聞こえない様に言ってたかもしれないが、俺は聞こえてたぞ。ばっちり。しっかり。


「何が」


睨みつけ、吐き捨てる。

すると目の前の相手は少しだけ目を見開き、そして逸らしだした。それから何度か視線を泳がせ何か言いにくそうにした。

自分から言い出した癖に、何がと問われれば困るだなんて、“困った人”なのはどっちの方なんだろうか。


「……いえ、ただの独り言ですよ。そういえば東雲さん、明日非番でしょう」

「え?ああ、まあ、そうだけど」


サラッと話を逸らされた。

すこし不満に思いつつ、きちんと返してあげる。俺って本当に優しい。もうちょい感謝して欲しいね。


彼はふぅんと興味なさげに呟き数回頷いたあと、口を閉じた。

そこで一旦会話が終わって、さっきの問いかけはなんだったんだって疑問が浮かんだけど、すぐに消えてしまった。


ふと、目の前の相手……律くんの後ろの時計を見ると、もう時刻は午前5時手前だった。

窓の外には夜の青が段々明るみ始めて、淡い水色と黄色が少しだけ見えてきていた。

なんとなく見惚れてしまう様な、そんな色。

低く浮かんだ三日月が、もうすぐ黄色に溶けてしまいそうだ。

下の道路を覗けばちらほら走り回る人力車と牛乳屋が見える。


そうか、もうすぐ朝なのか。


「最近もう明るくなるの、早くなってきましたよね」


ふと声を掛けられて、ちらっと律くんを見やる。

律くんは俺の視線の方向を見ていて、ああ窓の外見てたのが判ったのかなんて薄ら思った。


「まあもう春だからなー」

「そうですね。つい数日前まで寒かったのに」

「だな。」


ぽつんぽつんと他愛無い話をする。

ああ、凄く意味が無い会話だ。この会話に意味はあるのかと言われても、当事者である自分が1番よく解っていない。

時々律くんと夜番が被るときは、こんな風な不毛な会話をしたがるのだ、彼は。

とはいえ、自分もなんだかこんな時間が嫌いじゃないということに気づいて、やけに気恥ずかしくなるのはここだけの話。

というかそもそも、今の時間は何の時間なんだろう。


「そういえば来ませんね、昼番の人」


そうだ。勤務終わって時間余ったしと、昼の通常勤務の局員が来るまで珈琲を飲んで待っているんだった。それまでここは空けられないから。

その待ち時間だったか、すっかり記憶から抜け落ちていた。疲れてしまったのかもな、と明日の堕落した生活を想像しながら内心乾いた笑いを零す。


「だな。……つーか、律くんってさぁ」

「はい?」

「心読む能力でも持ってんの?」


さっきからずっと思ってた。

さっきからというより、もっとずっと前から思っていた。

律くんの一言一言で、なんだか心を読まれてる様な錯覚に陥るのだ。

物思いに耽ってたら、律くんが丁度その先の話を呼び掛けてくる。そんな感じ。


真剣な顔で問うと、彼は吹き出したように笑い出す。


「ははは!そんな訳ないじゃないですか。なんでです?」


軽く笑い飛ばされた。全く腹立つ奴だ。こっちは真剣に言っているのに。


「だってお前先読みヤバいじゃん」


不満げに言うと、すこしきょとんとした顔をして、それから直ぐに呆れた様に笑った。


「あんたが分かり易すぎるんですよ。俺、あんたが考えてること大体判りますよ」


そう言って律くんはふふんと強気に笑った。

あまりにも自慢げに言うので、更に腹が立ってきた。全部がこいつの手の中みたいな風に言われて酷く気に食わない。これは何か言い返さなくては。


「ふーん……じゃあ今何考えてるかわかんの?」

「んー…………どうせ東雲さんの事ですから、気に食わないとか何か言い返さないとと思ってるんでしょ」

「……………………」

「あ、その反応は図星ですね?俺の勝ちです」

「……別に勝負してねぇし」


律くんは少し嬉しそうにしている。

当たってる。滅茶苦茶に当たっている。

でも当たりとか言ってしまったら認めているみたいになってる気がして、黙ってたら今度は図星と言われる。


「…………困った奴」

「……何がですか?」


聞こえない様にぽそりと呟くと、しっかりと聞こえていたらしく、すこしにやけた顔で返された。


こいつだけは本当に油断ならない。


むかむかした心のまま、冷めきった珈琲をぐいと飲み干し、その殻になった缶を彼の身体目掛けて投げつけた。