黄金の貴族怪盗~トランシルヴァニアの怪事件~

Episode2 仕立て屋の出会い

 一方、ドアの向こう側――ゴキブリのようにドアにピッタリと張り付く長身の黒服の若い男がふたり。ふたりとも、端正な顔立ちに艶めく長い黒髪、漆黒の瞳、片目にはモノクルを左右対称に付けている。恰好から察するに、このふたりは城で働く“執事”だろう。

 部屋が静まり返ったのを確信すると、ふたりはドアから耳を離して互いの顔を見合わせた。

「聞いた? 兄様。旦那様たちに喋ったら僕たちを城から叩き出す、だって」

「ウム―ーしかしまさか巷を騒がす義賊“黄金のカラス”の正体が坊ちゃまだったとは。これはかつてないほどの“スキャンダル”だぞ。なんとなく“盗み聞き”した甲斐があったというものだ」

「うっわ、ヨハンネス兄様ってほんっと悪趣味だなあ~」

「お前だって一緒になって聞き耳を立てていただろう、ルーファス」

「そりゃあ兄様の行く先に“ゴシップ・スキャンダル”ありだからねぇ~。聞かないワケにはいかないっしょ! ねぇ、兄様。このこと――やっぱり旦那様たちに話すの!? 話すの!?」

「フフフ……こんな面白い・・・こと――話すわけがない。もしも迂闊に話して、旦那様のお怒りを買った坊ちゃまが成敗されてしまったら、我々の“楽しみ”が無くなってしまうだろう?」

「ヒャ~! さすが兄様! そうだよねぇ~! 坊ちゃまが色々とやらかして・・・・・くれるからこそ、僕らは毎日楽しく仕事が出来るんだ。一方の旦那様と大旦那様は他の貴族と違ってゴシップやスキャンダルとは無縁の超・超・チョ~“堅物”だしぃ~」

「ああ――だからこそ、坊ちゃまにはこれからも我々を楽しませて頂かねば。……フフ、これでひとつ、ギュスターヴ家の重大な“秘密”を知ったぞ。……これだから執事はやめられん」

 黒い笑みを浮かべるヨハンネスがツボ入ったのか、ルーファスは腹を抱えて笑う。

「うっわ、うっわ! 今の兄様の顔、チョー悪党顔! もう性格の悪さがダダ漏れ!」

「お前が言うな。――さあ、我々は執事として坊ちゃまの“アリバイ工作”をしなければ」

「はあ~い。うっはあ~~今日の紅茶とクッキーはいつもより美味しいぞ~~!」


***


 真夜中のアルバ・ユリア――。

 街の一角にそびえ立つ宝石商・レオポルドの大豪邸では怪盗“黄金のカラス”の侵入を警戒してか、外も中も大勢の警備兵たちで埋め尽くされ物々しい雰囲気に包まれている。そんな中、広間では豪商レオポルドと警備隊長が真剣な表情で話し合っている。

 背丈が2mを超えていて、尚且つ豪商らしく超ド派手な衣装の上からでも“頑健な身体つき”であるのがわかるレオポルドと、中背の至って“普通”な警備隊長のふたりの絵面はまさに“百獣の王”と“小動物”。周りの警備兵たちはそれが気になって仕方がないようで、しきりにふたりの方をチラチラと見ている。

「い……いよいよ今夜ですな、レオポルド殿」

「ああ。必ずやあの“黄金のカラス”をひっ捕らえろ! どんな手を使ってでもだ!」

「最善を尽くします。それで――今回、黄金のカラスに“狙われているモノ”は」

全部・・だ! 俺が今までに溜めに溜めてきた金銀財宝“持てる分だけ”ぜーんぶ!」

「も、持てる分だけ・・・・・・……!?」

 意図が解らず困惑する警備隊長に、レオポルドは送られてきた“予告状”を突きつける。

〔“○✕日の夜、貴方があくどい商売で得た金銀財宝を持てる分だけ頂く 怪盗黄金のカラス”〕

「これはまた……中途半端に語彙の足りない予告状ですなあ……」

「なーにが“持てる分だけ頂く”だ、黄金のカラスめ! ふざけやがって! どうせ盗みに来るならキレイサッパリ全部持ってけよ! 中途半端に残されても逆に腹が立つだけだっての!」

 レオポルドは予告状をぐしゃっと握ると、床に叩きつけ何度も踏みつけた。

「……。そ、そりゃあまあ、黄金のカラスとて人間ですし? 一度に盗める量には限りがあるかと……」

 ボソッと漏らしたその刹那、レオポルドの怒りの鉄拳が警備隊長の顔面に炸裂――メキメキ、バキバキという骨が砕ける怪音と同時に鼻がひしゃげて多量の血が噴水のごとく噴き出すと、警備隊長は吹っ飛んで地面に倒れ臥した。

「……次、ふざけたこと言ったら全身の骨をヘシ折る」

「も、申し訳ありまへ、ん……」

 そのとき、ひとりの兵士がレオポルドたちの元へ駆け寄って来る。

「隊長! 兵の配置が完了しました――って、隊長!?」

「こいつは今“甘いものの食い過ぎで鼻血が止まらないでいる”から、俺が代わりに聞く。――それで雑兵、今のところ不審人物や変わったことは?」

「いえ、今のところ不審人物の姿も、変わったこともありません」

「……そうか。だが、黄金のカラスは神出鬼没だ。決して油断するなよ」

「はっ!」敬礼すると、兵士は持ち場へと駆けて行く。

「黄金のカラスめ、この俺に挑もうとは生意気な。必ずとっ捕まえて“焼き鳥”にしてやる!」


***


 その頃、レオポルド邸の外――隣の邸の屋根の上から蠢く灯火の群れを見つめる人物がひとり。そう、怪盗“黄金のカラス”ことジュリアンだ。夜の冷たい風にマントを大きく靡かせ、天空に輝く大きな満月を背に佇むその姿は、怪しさの中にも不思議な神々しさを感じられる。

「レオポルドめ、やはり警戒して大勢の警備を投入したようだな」

 先ほど得たギルバードからの情報では、やはり戸口を重点的に固めているようで、廊下にも巡回の兵が数人配置されているらしい。だが、今までに幾多の商人・貴族の邸を荒らし回ったふたりにはそんなことは想定の範囲内――とんでもないヘマさえしなければ無事にこなせるはずだ。

「唯一、手薄なのは……あのオヤジが囲っているとかいう愛妾たちの部屋、か」

 今一度、間取り図に記された侵入ルートを頭の中に思い起こし復唱する――。

「愛妾たちに目撃される可能性も捨てきれん。……そのときは些か手荒だが、気絶させるか」

 そろそろ決行の時刻。ジュリアンは深呼吸をひとつすると、ゆっくりと瞼を閉じる――そして、一拍置いて見開くと、まるで天へ羽ばたく“カラス”のごとく軽やかに、華麗にレオポルド邸の屋根へと飛び移って行った。

 素早く屋根の上を移動し愛妾たちが入れられている部屋の上まで来ると、静かに窓を開けて中へ入り込む。間接照明だけが照らす薄暗い部屋――さすがに真夜中だ、レオポルドの愛妾たちはみんな眠っているようで、いくつもあるベッドが膨らんでいる。

「……よかった、さすがにみんな寝静まっているようだ」

 ホッと一息つくと、ジュリアンは彼・彼女らを起こさないようにそろそろと出入口まで移動し、ドアを半分開けて廊下の様子を窺った。

 同じく薄暗い廊下には眠そうに大きなあくびをしている警備兵がひとり。ジュリアンは聞き耳を立てて他にも“人の気配”があるかどうかを探る。

「あーあ、早く交代の時間にならないかなあ……。何で俺ひとりであんなデカブツレオポルドの愛人の部屋の警備しなくっちゃいけないんだ。こんなところ何の関係も無いだろ、まったく。……ああ、それにしても眠い……」

 どうやら廊下の見張りをしているのはこの兵士ひとりだけで、他に人はいないようだ。これはまたとないチャンス――ジュリアンは慎重に飛び出すタイミングを計る。


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