黄金の貴族怪盗~トランシルヴァニアの怪事件~

Episode2 仕立て屋の出会い

「くっそ~! 私が君主ならばあんな男、即刻串刺しからの火炙りにしてやるのに~っ!」

「しれっと怖いことを言うな。……ところで、今夜の“仕事”のことなのだが」

 “夜の仕事”の件を振られると、ジュリアンは思い出したように表情をくるりと一変させて両手を叩いた。

「おお、アレ・・か! ふふん、今回狙うはこの悪徳商人の邸よ!」

 バン、とテーブルに叩きつけられた紙を見ると、ギルバードは思わず声を漏らした。――紙に書かれていたのは、まるで獅子のタテガミのような“威厳”と野性味”溢れる髪型に、いくつもの古傷が残る精悍な髭面のまさに『厳つい』という言葉が似合う中年の男の似顔絵――その眼差しからは、紙に描かれているだけにもかかわらず現実に威嚇されているような迫力さえ感じられる。

 その傍らにはこの男の名前なのだろうか、筆記体で”leopold“と書かれている。

「これは――宝石商のレオポルドか! ……やっぱり!」

「そう、アルバ・マリ――ユリア屈指の豪商、もとい悪徳商人よ」

「今、マリアって言いかけたな? 確かに、レオポルド――この男から良い話は聞かないな」

「ウム、あのオヤジに関しては悪い噂しかない。――つい最近では、県外から旅行に来ていたとある男爵家の夫婦がこのオヤジから“異邦の珍しい宝石”をあしらった指輪を買ったそうだが、実は宝石なんてのは真っ赤なウソ。精巧に造られた“ガラス”の粗悪品を掴まされたらしい」

「粗悪品……つまり、詐欺か」

「ウム。ちなみに、被害に遭うのはほとんどが成金の平民と弱小貴族。物の価値もロクにわからんバカな連中相手に詐欺やぼったくり――それだけならまだ“可愛げ”があるが、レオポルドは街や交易先で自分の気に入った人間を見つけるや否や“男女問わず”無理やり連れて帰って“自分のもの”にしてしまうらしいのだ」

「おお、その話なら私も街で聞いたことがあるぞ。ある平民の男は妻を、またある平民の男は恋人の女性を、そのまたある平民の女性は年端もいかぬ息子をレオポルドに強引に奪われてしまったとか。……その後、愛する者を奪われた悲しみと絶望で命を絶った者も何人もいたと聞く。まったくもって許し難いことだ」

「ああ。だから今夜、あのオヤジの邸へ侵入して、今までにあくどい商売で得てきた金品財宝を“なるべく”根こそぎ頂いてやるのだ。ということで、今回も仕事のサポートを頼むぞ! ギルバードよ」

「ウム、任せておけ。――そういえばつい先日、長官の父上宛にレオポルドから直々に邸の警備の依頼状がきていたが……なるほどな、こういうことだったのか。フフフ」

「フン、無駄にデカい図体のクセして意外と小心者だな、あの強欲オヤジ。――この前、私が華麗に送り付けてやった“予告状”がそんなに怖かったのか? はははっ」

「あの“妙に語彙力の足りない”予告状を貰えば、レオポルドじゃなくても震え上がるよ」

「だって、毎回文章考えるのメンド―なんだもんよ~」

「ははは――今夜は私も邸の警備につく。レオポルドめ、まさか役人の息子が怪盗と“結託”しているとは夢にも思わないだろう。頼んだぞ、義賊“黄金のカラス”よ。必ずあの男に一泡吹かせてやってくれ」

「ウム!」ジュリアンは力強く頷くと、ギルバードと固い握手を交わした。

「決行はいつもどおり真夜中だ。――それから、これがレオポルドの邸の間取り図。当人や使用人たちからの情報を元に侵入・逃走ルートを記載しておいた。よく確認しておいてくれ」

「おおっ!? いつも以上に仕事が早いなギルバード!」

「依頼状が届いた日の夜、父上からレオポルドが“不届きな大泥棒に狙われている”という話を聞いて、もしやと思って準備しておいたのだ。しかし、まさか本当にお前だったとはなあ」

「わははははっ! ――いつもすまないな、ギルバード」

「フフ、気にするな。私とて楽しんでいる。それに、悪徳商人や貴族に慈悲など要らん」

「さすがギルバード、我が友! お前だけだよ。私のこの“志”を理解してくれるのは!」

「なあに、私も悪徳商人や貴族のせいで苦しむ人々を指を咥えて見ているのは嫌だからな」

「もし私がヘマして捕まったら、怪盗の共犯者として一緒に“絞首刑”になってくれるか?」

「最初からそのつもりだ。でも、まだ死にたくないから絶対にヘマするなよ」

「おう。大船に乗ったつもりでいるがよい!」

「泥船の間違いじゃないか? せめてお前の“花婿姿”を見るまでは死ぬわけにはいかないよ」

「おじ上みたいなことを言うなあ。お前の前世は私のおじ上か?」

「何を言っている、お前の祖父君のロドルフ殿はまだ生きておられるだろう?」

「おう、もう齢90を超えているというのに背筋はピンと伸びていて、動作もキビキビとしているし、会話もハキハキしているぞ。見た目も父上よりチョット老けているくらいだ!」

「……。まったく、ギュスターヴ伯といいロドルフ殿といい、お前の家は“怪物”だらけだな。実は本当に吸血鬼の血を受け継ぐ一族なんじゃないのか? ギュスターヴは」

 ギルバードのひと言がツボにでも入ったのか、ジュリアンは堪らず噴き出すと腹を抱えて笑いだした。

「――さ、おしゃべりもこれくらいにしてそろそろ出るぞ。ジュリアン」

「ああっ、チョット待て!」ジュリアンは慌ててグラスに残ったワインを口の中へ流し込むと、ひと足先に席を立ったギルバードを追い酒場を後にした。


***


 場所は変わりギュスターヴ城・ジュリアンの部屋。真っ赤な緞帳風のカーテンが付いた大きな窓、血の海を彷彿とさせる分厚い絨毯、全体を照らす古びた細いシャンデリア、広い室内を彩る数々の調度品――すべてがおどろおどろしい。まさに吸血鬼の城に相応しい内装というべきか。

 広い部屋の片隅で昼間の派手な貴族の格好から一変、まるで“カラス”のような全身黒づくめのシンプルな装いをしたジュリアンが全身鏡の前で何度も繰り返し決めポーズを取っている。

「ウム、今日の私も一段とキマッているな!」

 過剰とも言えるその自信はいったいどこから出てくるのか――鼻歌交じりで意気揚々と胸元に赤いリボンを結び、衣服と同じ真っ黒なマントを羽織る。そして、仕上げにカラスの羽を模した仮面を被るとジュリアンは“吸血鬼”から“怪盗”へと華麗なる変身を遂げた。

「ヘヘ! 怪盗“黄金のカラス”にへーんしーん!」

 その場でクルリと一回転し、最後にワンポーズ決める――と、何かを察したのだろうか。ヘラヘラしていたジュリアンの表情が急に改まると、おもむろに部屋のドアへと視線を向けた。

「……。おい、シュナイダー兄弟。お前らそこにいるのはわかってるぞ!」

 ドアの向こうで聞き耳を立てているらしい悪趣味な“兄弟”に語気を強める。

「このこと、父上たちには絶対に言うなよ!? いいな!? もし言ったらお前らふたりとも城から叩き出してやるからな! じゃ、行って来る。皆には私はもう寝たと言っておけ!」

 釘を刺したが返事は聞こえない――ムカつき加減に舌打ちをひとつすると、ジュリアンは窓を開けて漆黒の闇の中へと飛び出して行った。


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