黄金の貴族怪盗~トランシルヴァニアの怪事件~

Episode2 仕立て屋の出会い

 そうこうしているうちに、ボタンの付け直しを終えたカトリーナが二階から下りて来た。彼女の姿を見るなり、ジュリアン一行はシャキッと顔色と姿勢を正した。

「お客様、お待たせ致しました。服のお直しが済みましたのでご確認をお願い致します」

 カトリーナから手渡されたベストを受け取ると、直った箇所をまじまじと見つめるジュリアン。やはり超高級店のお針子、ボタンひとつ付けるにしてもとても丁寧な仕上がりだ。

「ご苦労。――ウム、問題ない。この通りしっかり直って――」

 強度を確かめる為にボタンを引っ張ったその瞬間、ブチッ、という嫌な音が響き渡った。

「あっ」

「あっ」

「あっ」

 無情にも再び取れてしまったボタン――ジュリアンは思わず絶望の悲鳴を上げた。

「せっかく付けてもらったボタン取っちまったーーっ!!」

「ア、アニキ~! なにやってんスかもうっ!」

「せ、せっかく直してもらったのに~!」

「ああああああ……す、すまん! カトリー!!」

「カトリーです。だ、大丈夫ですわお客様、また付け直しますから……!」

「すまん、本当にすまん……あまりにも綺麗に直っているもんだからつい……!」

 しょぼくれるジュリアンをクラウスとイザークが慰めていると、ふいにドアが開いた。――中に入って来たのは若い女性。白真珠のような艶やかな肌、それを一層際立たせる漆黒の黒髪、黒曜の大きな瞳、薄紅色のぷるんとした柔らかな唇、華奢な身体に纏った煌びやかな東洋の衣装はどこか“天女”を彷彿とさせるようだ。

 場の空気を一変させてしまう程の美しい女性に、店内にいる誰もが息を飲んだ。――ただひとり、しょぼくれて下を向いたままのジュリアンを除いて。

「うわっ……スッゲー美人……」

「あんな美人、今までに見たことねぇ……」

「あ、あんなに美しい女性がこの世に存在しているなんて……」

「えっ!? 美人!? どこどこ!?」

 “美人”と聞いたジュリアンは思わず顔を上げた。……良い意味で切り替えが早い。

「――! い、いらっしゃいませ!」

 親方は我に返ると、慌てて女性を出迎える。

「ゲシュタルト公お付きの侍女・ラウラ様。ご来店をお待ちしておりました」

「そちらに注文した殿のお召し物は」

「はい、出来上がっております。すぐにお持ち致しますので少々お待ちください」

 親方は慌てて店の奥に駆け込んで行き、カトリーナを含むお針子たちもそれぞれの作業に戻っていく。そんな中、残されたジュリアン一行はいつの間に隠れていたのか、壁際――もとい柱の陰から顔を出して静かに佇むラウラの姿を見つめている。

「はあ~……あの美人、ゲシュタルト公爵家の者だったのかあ……」

「あんな絶世の美女がゲス付きの侍女だって!? ウソだ! 何かの間違いだ!」

「あんな美人の侍女がいたら毎日天国だろうな~! いいなあ~私も侍女が欲しい!」

「アニキ、カトリーナに一目惚れしたんじゃなかったんですかい?」

「それとこれとは“別”だ! ――くっそう! ゲスめ! 羨ましい限りだコンチクショーッ!」

 3人仲良く嫉妬心を剥き出しにしていると、奥から注文の品物を持った親方が戻って来る。

「お待たせ致しましたラウラ様。こちらが今回、ご注文頂いたお衣装になります」

「……ありがとうございます。確認させて頂きます」

 ラウラはその場で包みを開封し、仕上がった衣装を取り出す――も、衣装の出来栄えに感動するわけでもなく、能面のように表情ひとつ変えず入念に衣装を確認している。そして、それを固唾を飲んで見つめる親方とお針子たち――店内にひどく緊張した空気が漂う。

「……問題ありません。注文どおりの素晴らしい衣装です。ありがとうございます」

 お礼の言葉を掛けると、丁寧に衣装を畳んで包みも戻す。

「(ふぅ……、よかった。何とか今回も上手くいったようだ……)」

 安堵のため息をつく親方とお針子たち。商売柄、貴族を相手にするのは慣れているものの、やはり公爵家が相手だとプレッシャーが尋常ではないのだろう、親方は袖で額に滲んだ汗を拭う。

「この度はありがとうございました。また、よろしくお願い致します。……では」

 お辞儀をすると、ラウラは踵を返し軽やかな足取りで店から出て行く――そして、静かにドアが閉まると緊張の糸が切れたのだろうか、堰を切ったようにお針子たちが一ヵ所に集まり話し始めた。

「は~……いつ見ても綺麗な人よねぇ……」

「さすが由緒ある公爵家にお仕えする侍女は違うわよね」

「それにしても、今回も上手くいって良かったわねぇ! 今のでもう寿命が10年縮まったわ」

「私も……」

「私も~!」

「私もよ!」

「本当、王室や公爵家から注文が入る度にビクビクしちゃう」

「もし誰かが手を抜いて“粗悪なもの”を作ったら、お怒りを買ってお店を潰されるどころか私たちもれなく全員処刑されるわよ!」

「無事に納品が済むまで生きた心地しないけど、お給料良いからやめられないのよね~」

「こらこら、みんな、お喋りはその辺にして作業に戻るんだ。まだまだやるべき仕事はたくさん残っているんだからな」

「はーい!」

 親方に注意されると、四方八方それぞれの持ち場へ戻って行くお針子たち。彼女たちの取り留めのない雑談からは、街一番の仕立て屋ならではの途方もない“苦労”が垣間見えるようだった。


2 / 6

著作者の他の作品

その場のノリと思い付きだけで書いた「荒野の死神」のハロウィンパロ。ただの...

長年にわたりトルカ町を悪政で支配していた悪徳町長ハリー=ウィルソンを倒し...