黄金の貴族怪盗~トランシルヴァニアの怪事件~

Episode1 ジュリアン=フィリベール=ギュスターヴ

 苦悩のあまり頭を抱える息子に、母は思わずため息をついた。

「う~ん……仕方ないわねぇ。もし、このままジュリアンが独り身でいるつもりなら、この私、クラウディアがひと肌脱いで、若くてハンサムな殿方を愛妾――じゃない、養子に迎えて――」

「愛妾!? ――い、いいい、今、愛妾と仰られたか母上!?」

「コホン。……いいえ、ちゃんと“愛妾”から“養子”に訂正しました」

「な、なんと不埒な! 男の愛妾など、たとえ冗談でも言って良いことと悪いことが――!」

「はいはい、わかりましたわ。石頭伯爵!」

「い、石頭伯爵……!?」

「まったく、冗談も通じないなんて、男としても、紳士としてもまだまだですわね!」

「ぐぬぬぬぬっ……母上が仰ると、冗談も冗談に聞こえませぬぞ……!」

「ほほほ。それに私は未来永劫、夫のロドルフ一筋よ。あの人以上のひとなんて存在しないわ」

「……。母上……」

「さあさ、こんな話はもうお終いにしてお茶にしましょう。ね? そんなにガーガー怒ってばかりいると、白髪も増えるし、眉間のシワも増えるし、おまけに血圧も上がるわでイイこと無しよ? それにシモン、あなた、黙ってても人相悪いんだから、せめて笑顔でいなさい笑顔で!」

「何っ!? そ、そんなに悪いのか? 吾輩の人相は……!?」ショックを受けたシモンは思わず手鏡で確認するが、自分にはどこがどう悪いのか、サッパリわからない。

「まったく、生まれたときはそれはもう天使のように可愛かったのに、いったい誰に似てしまったのかしらねえ~? それに比べて、孫のジュリアンはまるで黄金のように光り輝く美男子!」

「ぐぬっ! ……お、お言葉ですが、母上。吾輩の髪はもうすべて“白髪”です。それに、顔立ちのことを仰られても、それは父上譲りですので、吾輩には如何せん改善のしようが……」

「あら! そう言えばそうだったわねえ!イヤだわ~もう!」

 上品に笑いつつ、ツッコむようにぺしっと腰を叩いてくるクラウディアに、シモンはげんなりした様子で深~いため息を漏らすと、そのまま彼女と共に重たい足取りで居間へ歩いて行った。


***


 場所は変わり、アルバ・ユリアの街――。

 大勢の人々が行き交う市街地は何やら騒然としている。浮浪者のような小汚い恰好をした壮年の男が市場で売り物の野菜を盗んだらしく、それを目撃した店の主人と他の住民の男たちに追われているのだ。

「誰かー! その男を捕まえてくれーっ! 盗人だーっ!」

「待ちやがれー! 俺の大事な野菜を盗みやがって! とっ捕まえて役人に引き渡してやる!」

 逃げる方も、それを追う方も、どちらも必死だ。途中、通行人を突き飛ばしたり、物をなぎ倒しながら、大芝居さながらの迫真の追走劇を繰り広げている。

 泥棒は大通りに入り、そこでひとりの通行人の男とすれ違おうとしたそのときだ。男はすれ違いざまに足を出して泥棒の足を引っ掛けた。

「あいでェーッ!?」足を取られた泥棒は激しく転倒し、辺りに盗んだ野菜が散らばる――そこへ、店主と住民たちが追いついて、とうとう野菜泥棒を確保した。

「あ、あんた! どうもありがとう! ――この腐れ盗人野郎! とうとう捕まえたぞ!」

「来い! 役人に引き渡してやる!」

「か、勘弁してくれ! 家には病気で寝たきりのお袋がいるんだ。俺もついこの間、失業したばかりで金がなくて……野菜を盗ったのは謝るよ、だから、勘弁してくれよお!」

「黙れ! そんな言い訳が通用するとでも思ってんのか!? どんな事情があれ、窃盗は窃盗。立派な“犯罪”だ! さあ、立て! お前を役所に突き出してやる!」

 連中が泥棒を引っ立てようとしたそのとき――。

「待て!」

 後ろから声が聞こえた。先ほど泥棒の足を引っ掛けた通行人の男だ。やや長身の、白い肌に輝く黄金の髪、空のように真っ青な瞳と片目を覆い隠す黒翼の仮面を身につけた端正な顔立ちの若い男。黒を基調とした煌びやかな衣装の上に襟が大きく立ったマントを羽織るその姿は、やはりどこか“吸血鬼”を彷彿とさせる。

「盗人よ、貴様のその話は本当か?」

「あ、ああ……ぜんぶ本当のことだよ。誰も信じちゃくれないけど」

「当たり前だろバカ野郎!」

「そうか。……それで、被害に遭った店主は誰だ?」

「お、俺だけど何か?」

「フム、あなたか。――その男が盗んだ野菜の代金は私が支払おう。全部でいくらだ?」

 突然の男の申し出に、泥棒も店主も目を丸くした。

「え、ええと……全部で20レイleiだよ」

「ほう! 随分と盗んだものだな! では店主、これで頼む。釣りは要らん、取って置け」

 そう言うと、男は無造作に金袋を投げた。店主が袋を手に取り中を確認してみると、中には大量の金貨と銀貨が。

「えっ!? こ、こんなに!? ――あ、あんた、いったいどこの金持ちだい!?」

「私か? 私はギュスターヴの者だが」


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