黄金の貴族怪盗~トランシルヴァニアの怪事件~

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@shizukani_0522

Episode1 ジュリアン=フィリベール=ギュスターヴ

 17世紀は暗黒の時代だった。小氷期による世界規模の“寒冷化”で、のちに「17世紀の危機」と呼ばれる混乱が生じた。気候変動による農作物の不作で経済が停滞、飢饉でオランダを除くヨーロッパ各国では戦争・内乱が相次ぎ、さらに“魔女狩り”を始めとした社会不安も増大。そこへ追い打ちをかけるように発生したペストの大流行で人口も減少していった。

 17世紀末のトランシルヴァニア――古代ローマ時代はダキアの一部をなし、11世紀頃にはハンガリー王国に合併され、ドイツからの植民、1571年にトルコ(オスマン)勢力下の元、公国として独立。以来、幾多の戦乱を切り抜けてきたこの半独立国家も徐々にだが衰退を始めていた。


***


 首都アルバ・ユリア近郊の土地を支配する貴族・ギュスターヴ。彼らの住まう城は領地内に存在する民家や寺院などの建物とは比較にならないほど大きく、まさに地位と権力の象徴と言えよう。そして、荘厳で美しくも妖しいその外観は、さながら“吸血鬼”の住処である――。

「おのれジュリアン! 今日という今日は許さん! 絶対に許さんぞーっ!!」

 広い城内に朝から怒号を響かせながら右往左往する長身の老人がひとり。仄かに蒼みを帯びた白肌に真っ青な瞳、片目を覆い隠す黒翼の仮面、真っ白な長い髪、そして黒づくめの衣装の上には襟が大きく立ったマントを羽織っている。――その姿はまさに伝説の怪物・吸血鬼ヴァンパイアそのものだ。

「ああ~……シモン様が、旦那様がまたお怒りだわ……」

「今回もジュリアン様にしてやられたんだわ……お気の毒に」

 周りの女中たちは地の底から這い上がってくるようなシモンの怒鳴り声に、顔を青ざめさせ、ビクビクと身体を震わせている。

「だ、旦那様。そんなに大きな声を出されていてはお身体に障ります……!」

「黙れ! あの道楽者め! 珍しく『仕事に集中したいから誰も部屋に近づかぬように』と、吾輩や召使いたちに申しておいて、まんまと窓から逃げ出すとは~! なんと小賢しい男だ!」

「き、きっといつものようにアルバ・マリア・・・へお出かけになられたのでしょう」

「アルバ・ユリア・・・だ! 貴様らもあの大戯け者に感化されるでないっ!」

「ひえっ! も、もも、申し訳ございません!!」

「あの大戯け者め~! 帰って来たら即刻、吾輩の“牙”の餌食にしてくれるっ!」そう言いながらギリリ、と歯を食いしばるシモンの口元からは長く鋭い“犬歯”がギラリと覗いている。

「これ、シモン。何をそんなにいきり立っているのです!?」

 突然、聞こえてきた声にシモンが振り返ると、そこには深緑色の美しいドレスを纏った小柄な老淑女が立っていた。白磁のような白肌にひと際映える真っ青な瞳、白金色に輝く長くゆるい巻き毛はまるで人形のようだ。そんな彼女は、どこか辟易した様子でシモンを見つめている。

「年甲斐もなく大きな声を出すんじゃありません! まったく、ご覧なさい。周りの娘さん女中たちが皆、あなたの剣幕にひどく怯えているではありませんか!」

「お、大奥様……!」

「ム、母上か。実は、ジュリアンが――」

 息子・シモンから孫のジュリアンのことを聞くと、それまで静かに彼の話を聞いていた母は思わず笑みを零した。

「ほほほ……そんなの、いつものことではありませんか」

「笑いごとではありませぬ! まったく、父上や母上がいつもそうやってジュリアンを甘やかすから、あの大戯け者はいつまで経っても甘ったれの怠け者のままなのですぞ!」

「私と夫が? 言葉を返すようだけれど、シモン、あなたこそジュリアンに厳し過ぎるのでは?」

「吾輩が? そのようなことはありませぬ。いえ、むしろこれでも優しいくらいです」

「その割には小言が多いと思いますが? あなたの妻のミレイユもとても心配性だし……むしろ、そのように干渉が過ぎるから、ジュリアンは家を窮屈に感じて外で遊び惚けるのでは?」

「うぐっ……!!」――母の言葉が、心臓に打ち込まれた杭のようにシモンに突き刺さる。

「あの子ももう25歳。あなたがグチグチ言わずとも、立派に己の立場を弁えていますよ」

「弁えておらぬから、25になっても、まともに仕事もせず、妻も娶らず、跡目も継がず、毎日平民と一緒になって遊び回っておるのでしょう!? そんなんだから近頃はめっきり縁談も無くなって……このままでは国より先に我がギュスターヴ家が衰退し滅んでしまう……!!」


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