夕暮れの中の小さな優しさ

とある夕暮れ時。

訓練を終えたファクトとアネモネは、寮に戻る道をのんびりと歩いていた。

さほど遠くはないのだが訓練を終えた身には少しきつく、すぐそこに見える門までも遠く感じられるほどだ。


「今日も疲れました……」

「お疲れ様。今日はゆっくり休めよ」


二人が取り留めのない会話をして歩いていると、門の近くの柵の前で立ちすくむ一人の老婆の姿が見えた。

アネモネは立ちすくむ老婆に気づき、声をかける。


「こんなところで、どうされましたか?」


彼女に話しかけられた老婆は少し驚いた風に顔をあげた。


「ああ、騎士様方……こんなところですみません……」


老婆は消え入りそうな声で続ける。


「実は私のハンカチが風で飛んで行ってしまって、柵の向こう側に入っていくのを見つけたのですが……どこへ飛んで行ってしまったかここからでは探すことが出来なくて……ついここで呆然と立ち尽くしてしまいました……その、大切なものなので出来れば諦めたくないのですが……」


俯きがちに話す老婆に、アネモネは邪魔をしない程度に相槌を打つ。

そして、話を聞き終えると力強く頷いた。


「私が探してきます。少しお時間を頂きますが……」

「……あれか」


彼女の言葉を遮るように、ファクトが静かにそう呟いた。

アネモネはファクトの視線の先を見てみたが、ただ緑色の樹がざわざわと音をたててなびいてるだけにしか見えなかった。


「俺が取ってくる」


ファクトは柵を軽々と飛び越えて木々に紛れたかと思えば、あっという間に戻ってきた。

その手には白いレースのハンカチが握られている。


「これで合っていますか?」


彼は白いレースのハンカチを老婆に差し出す。

それを受け取った老婆は涙ぐみながら何度もお辞儀をした。


「騎士様、本当にありがとうございます……」


何度も感謝の言葉を述べる老婆に、ファクトはまんざらでもなさそうに微笑んだ。


「困ったことがあればいつでも言ってください。帝国兵団はどんな民にも平等に救いの手を差し伸べますから」


少しぎこちなさが目についたが、その言葉を聞いた老婆は再度お礼を言って去っていった。

アネモネは目の前で繰り広げられたいつもとは違う光景に目を丸くさせつつも、なぜか胸の高鳴りを覚えた。


「……ファクトさんって、敬語……使えたんですね」


ぽつりとそう呟くと、ファクトは眉をひそめた。


「お前は俺を何だと思ってるんだ……」


呆れたような声とあからさまなため息。

先ほどとは全く似ても似つかぬ声音だったし、彼女にとってはいつもの声音でもあった。


「私はファクトさんの事、頼りになる上司だって思ってますよ?」


純粋というべきか、素直過ぎるというべきか。

ファクトは投げやりにありがとうだのなんだの言って歩き出した。

置いて行かれそうになったアネモネは急いで彼の後を追いかけていく。

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