hour_bell~千年の記憶~

月うさぎの自創作
@tukiusa_sakuaka

1章~早朝の流れ星~

2

嗚呼、今日も何も変わらぬ1日だ。そう思いながら私は空を見た。ここ『四阿神社』に参拝者はまず来ない。来るのは迷い込んだ者のみだ。それも私が追い返してしまうからここはいつも静寂で満ちていた。

…人間は嫌いだ。気を抜けば思わず喰らってしまう程に。静かなことが好きという訳ではないがそれでも五月蝿いのよりはずっと良い。

何千回目の変わらぬ朝の訪れに感動なんてものがある訳がなく、今私が空を見たのもただの気紛れで大した意味などなかった。


_____流れ星。


夜でもないのにくっきりと見えるそれがただの星ではない事は明確だ。それも此方に向かって落ちてくる。平凡で退屈な朝は一瞬で非凡へと変わった。


ドゴン。


3度の大きな爆音と共に"星”は落ちた。

落ちたのは神社の近くであろう。妖力ではない何か別の強力な力が辺りを満たしている。

私は急いで鳥居の方へと駆けて行った。


鳥居まで行くとそこには白髪の男が立っていた。背丈や顔付きから見るに私の器となっている少年と大差はなさそうだ。辺りに舞う星屑や頭に付いた2つの角から見るに人ではない。私はその存在に心当たりがあった。


「…星霊が何の用だ。」

"星霊”。嘗て人間によって創造された存在。上位階級者は特殊な力を使えると聞いたことがある。先程の大きな力は恐らくそれだ。天上界の神に仕えてると聞いていたがここは人間界だ。稀に人間界にも来るらしいがそれもこんな風には来ないだろう。

「……?? What are you saying……?」

「…は………?」

何を言っているのか全く理解出来ない。そもそも住む世界が違うのだから意思疎通など出来る訳がないのかも知れない。さてどうするべきかと考えていた時、パタパタと走る足音が聞こえてきた。どうやら"もう1人の居住者”も先程の音を聞いて遅れて来たのであろう。

「どうかしたの!?凄い音だったけど……。」

慌てた様子であり、口調もいつもより余裕が無いように思えた。

この男は小籠。この神社に私より先に暮らしていたという灯籠の神。私よりも生きてる年数が長い小籠なら何か分かるかも知れない。

「おい、小籠。此奴が何を言ってのか分からん。」

何の前触れもなく指を指された星霊は少し困惑した様子だった。

「What are you up to?By the way, who are you guys?」

また訳の分からない言葉を言っている。

「……う〜ん。多分昔、村の人が言ってた"英語”って奴じゃないかなぁ?」

「英語?何だそれは。」

「欧米で話されてる言葉だよ〜。あっ、そういえばその時英語の辞書を貰ったんだったぁ。ちょっと取りに行って来るネ。」

そう言うと小籠はまたパタパタと走って行った。本当に"英語”という物を話しているのかは未だ分からないが意思疎通をする余地はありそうだ。追い返そうにも話が通じないのなら追い返せない。

チラと星霊を横目で見ると向こうもどうすれば良いのか悩んでいる様だった。

暫くすると辞書を持った小籠が戻ってくる。

「お待たせぇ〜。普段使わないと中々見つからなくってねぇ。」

「それで、辞書が見つかったのは良いが。…どうするんだ?」

日本語に文法がある様に英語にも文法があるのだろう。単語だけで何とかなるのだろうか。

「この辞書、巻末に"英語ができない人のための例文集”って言うのが付いてたから何か使えそうな物がないか探してみるねぇ。」

そう言うと小籠はパラパラと辞書を捲り始めた。辞書など見た事は無かったが想像以上に便利な物のようだ。

「あっ、"私は英語が話せません。”っていうのと"私は英語を理解出来ません。”っていうのがあったよぉ〜。」

「今の私達に丁度良いな。」

「そうだねぇ。はい、神住。」

「……何故私に渡すんだ。」

「だって、神住が最初に会ったし、さっきからその子ずっと神住に話しかけているからねぇ。」

それに、ずっと神住のこと見てるしとも加えられた。

…確かに先程からずっと視線を感じている。仕方ないと諦め、小籠から辞書を受け取った。

読み方も分からないのだからそのまま辞書の文を見せればいいだろうと思い辞書に目を移すと肝心の英文が汚れて見えず、辛うじて片仮名で書かれた読みが読めるだけだった。

なんで1番重要な部分が見えないんだと叫びたくなった。大方小籠もこれを見て私に押し付けてきたのだろう。…自然とため息が出てきた。

「…………あぃきゃんと…すっすぴーく……いんぐ………りっしゅ………?……あぃきゃんと………あんだぁすたんど………いんぐりっしゅ。」

日本語しか話したことがないし、英語の存在も今知ったばかりなんだから流暢に話せはしないだろうと思ってはいたが想像以上の酷さだ。案の定星霊も何を言われたか分かってないようだった。

笑いを堪えてる小籠や肝心なところで使えない辞書に怒りを覚え、うさ晴らしに辞書を引き裂いてやろうと思ったとき星霊の方が何か分かったらしく、辺りをきょろきょろと見回し始め、戻ってきた時には"何か”を持っていた。


木の枝。

それも2本。先程の爆風で結界外の気が吹き飛んだ際に折れたのだろう。その1本を私に渡してきたと思えば手に持ったもう1本の枝で地面に何かを書き始めた。

「I see you can't speak English. Is it ok now? 」

地面に書かれた記号は小籠の持ってきた辞書と同じだった。つまり、今私が持っている辞書で訳せということだろう。

そういう事務的な作業は得意ではないから小籠に辞書を返す。

小籠はぺらぺらと辞書を捲りながらぶつぶつと何かを言っている。

「なんて書いてあったんだ?」

「う〜ん…。文法までは分からないからちょっと意味が変わってるかもしれないけど『あなたは英語が話せないように私には見える。あってますか?』って感じかなぁ?」

「文脈的に可笑しくないから合ってるだろう。で、なんて返したらいいんだ?」

「2つ目の文の3番目の単語を書けば大丈夫だと思うよ。」

小籠に言われた通り、枝で「ok」と書いた。

星霊は少し考えてからまた何かを地面に書き始める。

「I fell from the sky. I can't go home until seven pm. So Can you stay here until it?」

調べながら読むには少し長い文章ではあるがやっと見つけた意思疎通の出来る手段だ。贅沢は言っていられない。ここは小籠に任せ静かに待つことにした。

「Sure.」

何度目かの唸り声の後に小籠が口を開き訳の分からないことを言った。と、思ったら少し不安げにこちらを見ていた星霊が目を輝かせ「Thank you very much!」と叫ぶ。

「待て、小籠。何を言ったというか英語話せるならさっき私が言わなくてもよかっただろ!!……そもそもなんて書いてあったんだ?」

「いやぁ、なに。この辞書貰ったとき少し教えて貰ったんだ。でもまぁ、私もあんまり話せないからね。で、彼の文だけど『空から落ちてきたけど夜の7時まで帰れないからそれまでここに居させてくれ』って書いてあったからいいですよって言っておいたんだぁ。」

………普段と変わらない笑顔で悪びれることもなく小籠は言った。

「おい、どういうつもりだ。今はまだ朝の6時だぞ。13時間も何をするんだ。」

「それはまぁあれだけどぉ………。でも彼人間じゃないんだし。それに彼が来たときの衝撃で追い返そうにも神社の前崖みたいになっちゃってるから無理なんじゃないかなぁ?」

確かに此奴は人間じゃない。それに神社の前には向こう岸が見えないほどの大きな崖、否、穴が空いていた。……何をしたらこんなことになるんだ………。

だからどのみち小籠が言った通りの選択肢しか取りようがないのだが果たして星霊なんて神社にいれてもいいのだろうか。

「悪さをしに来た訳でもないんだから今日くらいはいいんじゃない?」

「ッッ……!!」

私の考えを見透かすかのような小籠の最後の一押しに反論する言葉が見当たらず私は渋々折れることにした。


「来い。」

一々英語を調べるのは面倒だからと星霊の手を引っ張っる。

星霊は驚いたようだったが引かれるがままに私のあとを着いてきた。


途中で辞書を置いてくるなどと都合のいい事を言って小籠は何処かへ行った。

暫く歩くと境内にある社の前へと着く。後は好きにしろといった意味を込めて手を離し私はいつもの縁側の所に座った。少しの間その場に立っていた星霊も私の隣に座る。このまま何をするつもりなのだろうかと思っていたが特に何をする訳でもなく星霊はただ空を見ていた。

一体空を見て何を思い、何を感じているのだろう。柄にもなくそんな疑問が浮かんだ。

早く帰りたいと思っているのだろうか、自分の居た所はこんなにも遠いのかと感じたのだろうか、それとも何も考えていないのか。

……私には分からない。だから私も空を見た。


______空は青くてとても綺麗だった_____。



空を見て3時間程経っただろうか。今までずっと空を見ていた星霊が突然私を見てきた。暫くは無視して空を見ていたが視線が気になり私もまた星霊を見る。

白い髪に茶色くて丸い2つの角。身に纏う衣は私が生きていた時代のそれでは無く西洋から伝来してきた"洋服”というものに類似していた。首には薄浅葱の布を巻き、その下からは青い紐で結ばれた小さい鐘のようなものを下げている。

風が吹いたり星霊が動くとカランと鳴る音は少し低めで聞いてて不思議と心地好くなる音色であった。

けれどそれ以上に印象的なのは目である。透き通るような青い瞳は先程まで眺めていた青空を思わせた。彼の瞳が青空ならば彼の髪はふわりと柔らかい雲の様にも見えた。

目を合わせるだけで吸い込まれるその青はただじっと私の方を見ている。不意に星霊の手が動き私の方へと伸びてきた。が、その手が私に触れることは無く、星霊は我に返った様に目を丸くし慌ててまた元の位置に手を戻した。星霊はまた空の方に顔を向けたが何故か耳の先まで赤くしている。

一体此奴は何をしたかったのだろうかと思いながら私もまた空の方に目を移す。


空はやはり星霊の瞳のように青く澄んでいた。