短編置き場(一次創作)

星落@\白閃/
@Seiraku_

お題:「七月」「屋上」「謝罪」

ごう、と吹きつけた風の温さに辟易したような表情を眺めつつ、煙草に火をつける。

「病院は禁煙ですよ」

「外なのでノープロブレム」


煙を吐き出し、眼下の景色を眺める。大きな病院の屋上は、街を一望出来るので好きだ。普段は何とも気に留めることもない民家の屋根の青色や、味気のないビルもの灰色も、高い場所から見下ろしてしまえばただのやかましい装飾に過ぎない。私より遥かに背の高いフェンスに背中を預ける隣の彼女は、ハンカチで額の汗を拭いつつ言った。

「暑いですね、カオルさん」

「だって、もう七月ですよ、暁子さん」

答えて、遠くへ目を向ける。街を流れる川が日光を反射して小さな光を無数に反射させる姿は、クリスマスのイルミネーションを彷彿させる。

「七月と言えば七夕ですよね」

暁子はそんなことを言った。

七月八日だっけ。わざとすっとぼけてみると、七日ですよ、と訂正された。

「そうそう。七夕って、確か織姫と彦星が仕事をサボった罪で川の向こうに隔離されたんですよね。世間はやれ切ない二人だの、離れても思い合う素敵な恋人達だのと美化してますが、元をただせば自業自得じゃないですか。何をそんなに騒ぎ立てているんでしょうね」


茶化してみるが、暁子は別段動じた様子もなく「確かにそうかもしれませんね」と頷いた。

「意外ですね、暁子さんは浪漫を重んじる人だと思っていたんですけど」

「私とて浪漫は重んじます。でも、織姫と彦星については正直、そう言われると擁護出来ないでしょう。だって、二人が自分の仕事を疎かにしなければ、川の両岸に引き離されずに済んだ訳でしょう?一緒にいたいなら、すべきことをすれば良かったと思いますよ」


やや小首を傾げた暁子は、そのシフォンケーキのように柔らかい表情に見合わぬ辛辣な言葉を吐き出した。


「……まあ、そうですよね」

私は切れてきた煙草を携帯用の灰皿に押し付けた。吸殻の不法投棄は主義に反する。第一、マナーを守らない一部の喫煙者のせいで、マナーを守り品を保っている喫煙者まで悪し様に言われるのが気に食わない。


「すべきことを疎かにしたら、暁子さんは私から離れてしまいますか?」

織姫みたいに、と付け足す。私はフェンスに凭れ、足元の濃い影に視線を落とした。そういえば、影を見つめた後に空を見ると、目の錯覚か何かの影響で自分のシルエットが白く見える、という遊びがあった筈だ。


「別に、織姫は望んで彦星と離れた訳ではないでしょう。例えばカオルさんが何かをしでかして、牢屋に入れられたなら話は別ですね。その場合、私達を隔てるのは天の川ではなく司法の権力と鉄格子ですけれど」


「その言い方は無いでしょう、暁子さん」

何故、例え話に牢屋が出てくるんだろうか。確かに、私の身が潔白であるとは言い難いけれど。

「そうですか?」

暁子は長い栗色の髪を揺らし、軽快にヒールを鳴らして私の前に立った。背は幾分か私の方が高く、小柄な暁子の姿は私の影に隠れることになる。日除けにされているのは明白だった。


「例えばカオルさん、今日は友人のお見舞いに来ていると言っていましたけれど、本当は依頼でここの院長を殺しに来たんでしょう?けれどカオルさんにはこの病院に立ち入る理由がない。だから、事故で入院中の学生にツイッターとインスタグラムで近付き、見舞いという名目で病院に出入りする機会を作った……違います?」

世間話をするような口調で、暁子は私の計画の全てを看破してみせた。観念して頷くと、暁子は嬉しそうに口元を綻ばせる。

「お見事です、暁子さん。しかしその様子だと、貴女もそうですか?」

「ええ。私はカオルさん程手の込んだ作戦は立てていませんけれど」


思わず溜息が漏れた。殺しのターゲットが被ることは何ら珍しいことではない。世界は広いが、世間は私達が思っているよりもずっと狭い。ターゲットとなる人物が多くの人間から恨まれていれば、何人かはその死を望んで殺し屋を頼るのは必然だ。特に、今回の獲物は病院の院長だ。経緯は何も聞いていないが、さぞあくどいことをして来たのだろう。特に興味もないけれど……。


「折角ですし、二人で院長、殺っちゃいません?」

相変わらず、私を日除けにている暁子を見下ろして親指を立てる。自分の首を切るように左右に左右に動かすと、勿論、と暁子は頷いた。


「一人じゃ少し心細かったんです。カオルさんが居れば百人力ですね」

「さっき、その私が牢屋にぶち込まれる例え話をしたのは誰でしたっけ」

「でも、カオルさんは牢屋にぶち込まれるようなヘマはしないでしょう?」

首を傾げて問う暁子に、私は口を噤む。都合の良い女だな、と思いながらも、逆らえない自分がいることを自覚していた。

「当たり前でしょう」


伊達に危険な橋を渡って生きてきた訳では無い。牢屋にぶち込まれる前に対処する術は身につけている。そしてそれは、目の前の大人しい女性を装った女も同じだろう。

「でも、もし我々のどちらかが捕まったらどうします?」

巫山戯半分で質問してみる。すると暁子は腕を組んで、気軽な調子で発した。

「謝罪すれば許して貰えませんかね」

「昔から言いません?『ごめんで済んだら警察は要らない』って」

些か呆れて返すと、冗談ですよ、と暁子は笑った。

「謝罪して許して貰えるなら、織姫と彦星は今頃空で楽しく過ごしていますよ」

「それもそうですね」

相槌を返して、仕事の話に移る。と言っても、相変わらず私は暁子の日除けにされたまま、影の中に縮こまる彼女を見下ろしている。夏の日差しはいっそ焼き殺すかのように強く、コンクリートの地面も相まって内側から蒸すような熱気を人体にくれる。いい加減空調の効いた室内に入りたいとは思うものの、暁子と語り合うこの時間を終わらせなくなくて言い出せずにいるのが現実だ。


これから一人の命を奪おうとしているのに、お気楽なものだと思う。世界の絶対的な秩序を司る存在が居たとして、そいつの前に出て罪を懺悔したとしても、私達は問答無用で地獄に送られるのだろう。だが、それでも良い。謝罪や懺悔の言葉など口にしないし、そのせいで広い川の両岸に引き離されようとも、私は彼女に会う為にいつだって最善を尽くそうと思える。


すべきことはしよう。だからもう少しだけ、彼女の傍にいさせて欲しい。信じてもいない七夕伝説の星達に、真昼間から私は願いを込めるのだった。