白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第8話.部室争奪戦(4月前半)



 新野涼真は歩きながら語る。

「一昨年、高等部の三年生しか部員がいない部活に、高等部一年生が入部して、色々問題が起きた」

「問題?」

「そう。先生も周りの生徒もちょくちょく巻き込まれて、大変だったらしい。それでその部活の部員は、学年同士不仲になって部室の奪い合いが起きた。その結果」

 校舎の玄関に到着し、そこで一旦言葉を切る。しゃがんで靴を履き、立ち上がりながら新野涼真は続けた。

「三年生しかいない部活に一年生が入部してきた場合、一年生に部室を譲るっていう決まりができた」

「……何その強引なルール」

 椎名が若干引きながら乾燥をこぼす。原田が「わかる」と同意した。

「軽音楽部の今の部員は三年生だけ。部活がなくなることより、部室を奪われることのほうが嫌だから、今の部員は新入部員を受け入れないままの廃部を望んでるってわけだ」

 説明しながら、新野涼真の足は部室棟へ向かっていく。そこまで話してからはもう何も言わなかったが、他の誰かが発言することもなかった。

 部室棟の玄関の前まで来ると、志村の手がそっと新野涼真の制服の裾を握った。新野涼真は振り返る。

「……?」

 志村は不安そうに部室棟を見つめていた。新野涼真は小さく首を傾ぐ。

「……開いてる、の?」

 女子生徒たちの中の、長い髪の一人が恐る恐るといった様子で問う。

 新野涼真は無言のまま扉に手を伸ばし、取っ手を握った。そのまま手前に引く。

 扉がゆっくりと開いていった。

「……開いてる」

 新野涼真は扉を開ききって手を離した。扉は開いたまま固定される。

 反対側の扉に貼られたままの『軽音楽部廃部のお知らせ』を破るように剥がしてぐしゃぐしゃに丸めながら、部室棟の中に足を踏み入れた。

「志村!」

 背後から志村を呼ぶ声に、新野涼真は立ち止まった。真後ろについてきていた志村が、どんと新野涼真の背中にぶつかる。

 新野涼真が振り返ろうとするが、志村の腕がその背中を押し、それを阻んだ。

「え、ちょ」

「だめ」

 志村は焦るようにそれだけ言って、新野涼真の背中をぐいぐいと押す。その力は決して強くはなかったが、必死そうな志村の態度に、新野涼真は歩を進めた。

 後ろに続いていた原田たちも戸惑ったようだったが、志村が決して後ろを振り向こうとしないので、躊躇いながらもそれについていく。

 靴を脱いでいると、志村を呼ぶ声の主も部室棟に入ってきた。

「おい志村!」

 原田たちを押しのけるように靴を脱いで、志村の肩を掴む。無理矢理振り向かせ、怯える両肩を強く掴んだ。

「っ……」

「やっぱり来たんだな、待ってたよ。てかこいつら何? 付き添い?」

 声の主である男子生徒は、知り合いのような口振りで、志村の怯えた様子を気にすることなく喋る。

「こっからは俺が案内するし、もう付き添いとかいいよ。ってことで、あんたら全員もう出てってもらえる?」

 男子生徒は志村を新野涼真から引き剥がし、志村以外の全員に向けてシッシッと手を払う仕草をした。椎名が眉を顰める。

「あの、あたしたち付き添いじゃないんで。フツーに入部のために来てるんで」

「ああ、そうだったんだ。何部? 茶道部ならあっちだよ」

 男子生徒は言いながら、新野涼真が進もうとしていた方向とは逆のほうを指差す。

「軽音楽部です」

 安岡と言い合っていた女子生徒が強気に答えた。男子生徒は半笑いで「は?」と聞き返す。

「いやいや、廃部だよ? 部員募集してないんだけど」

「それ、三年生の都合ですよね。私たち入部しますから」

 女子生徒は男子生徒のネクタイをちらりと見て言う。男子生徒のネクタイは、今年度の高等部三年生が身に着ける色だった。

「……何、志村。話しちゃったの?」

 志村は首を横に振る。男子生徒は「ふーん」と志村の顔を覗き込んだ。

「まあ、お前がこんな複雑な事情、簡単に人に説明できるわけないしな。他の……誰? お前か」

 男子生徒は先頭を歩いていた新野涼真を睨む。新野涼真は表情を変えない。

 男子生徒は、新野涼真の制服の裾を握る志村の手に、ゆっくりと視線を落とす。

「……『マキ』」

 男子生徒の低い声に、志村の肩がびくっと跳ねた。制服を握る手が小さく震える。

「呼ばれたくないって言ったの、誰だっけ? 言うこと聞くって約束だよな」

「……でも……」

「でもって何? 取引終わってるじゃん、俺ら。俺、こんなに人連れてこいって言った?」

「…………」

 志村は俯いたまま口を噤む。男子生徒はその様子を見つめていたが、不意に右手で志村の両頬を掴んだ。

「……答えろよ」

 制服を握る力が強くなる。新野涼真はそれに気付き、思わず手を伸ばした。

「ちょっと」

 男子生徒の右腕を掴み、志村から引き剥がす。男子生徒は顔を顰めた。

「なんだよお前」

 新野涼真の手を振り払い、今度は左手でその胸倉を掴む。新野涼真は落ち着き払った表情のまま、男子生徒を見上げた。

「新入生が生意気に楯突いてんじゃねえぞ」

「志村さんが嫌がってるように見えたからあんたを引き剥がした。生意気なんか関係ないな」

「志村は俺らのもんだ!」

 男子生徒は新野涼真を引き寄せ、声を荒げる。右手を振り上げる男子生徒に、女子生徒たちは小さく悲鳴をあげ、原田は「おい!」と怒鳴った。

 が、男子生徒が動きを止めた理由は、それらではなかった。

 志村の両手が、男子生徒を突き飛ばしたのだ。

 非力であるが故、大きく男子生徒の身体が転がることはなかった。が、男子生徒の心を揺らがせるには充分だった。

 男子生徒はバランスを取り戻すと、志村を見つめて「お前……」と呟く。

「何すんだよ……入部しねえのかよ!」

「入部はしますっ!」

 志村は絞り出すように叫んだ。

「バンドも、ちゃんと組みます……! でも皆で入部したいんです!」

「はあ!? 話が違うだろ!」

 男子生徒は志村の腕を掴む。女子生徒のひとりが、慌てて口を開いた。

「安岡先生には許可もらってます!」

「は!?」

 男子生徒は女子生徒のほうへ振り向く。

「一年生が入部したら三年生は立ち退き、ですよね」

「っ……マキ!」

「呼ばないで!」

 焦る男子生徒に、志村は怒鳴る。男子生徒は一瞬声を詰まらせ、「志村」と言い直した。

「お前、何考えてんだよ。話しただろ? こいつら全員初対面じゃねえの? なんで俺らよりこいつらを優先するんだよ。……こんなの、元木もときが許さねえだろ」

 最初に話しかけてきたときのような優しい声音で、男子生徒は志村を説得する。

「それに、志村がどうなりたいのかこいつらは知らない。それでいいのか、お前」

「……僕のことは、僕が心配します。元木さんにも僕から説明します。杉崎すぎさきさんは気にしないでください」

 杉崎と呼ばれた男子生徒は、表情を歪めて俯いた。

「……わかった。お前はそれを選ぶんだな」

 杉崎の両手が、志村の胸倉を掴む。ぐっと引っ張られ、志村の身体が浮き上がった。

「俺たちはお前らを歓迎しない」

「っ、杉崎さ……」

 名前を呼ぼうとした志村を、杉崎は強く突き飛ばした。胸倉を解放され、志村は後ろに倒れ、尻餅をつく。

「……クソが」

 杉崎は吐き捨てて、皆の横をすり抜けて部室棟を出ていった。静寂だけがその場に取り残される。

「……ごめんなさい」

 志村が俯いたまま、震えた声で呟いた。

「さっきの人、軽音楽部の人で……」

「部活誘われてたの?」

 志村の言葉を遮って、新野涼真は問う。志村は無言のまま小さく頷いた。

「……俺ら、邪魔だった?」

 今度は首を横に振る。

「……僕は……」

 右手が何かを求めて小さく揺れる。が、空を握ってそのまま落ちた。

「…………」

 志村はもう何も言わない。新野涼真は目を細め、ふいと志村から目を離した。

「行こう」

 新野涼真は言いながら歩き始める。志村は慌ててそれを追い、原田たちもそれに続いて歩き出した。




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