白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第8話.部室争奪戦(4月前半)

「何よこれ!」

 部室棟の玄関の扉の貼り紙を見て、女子生徒は叫んだ。運動部が部活動を行うグラウンドに、その声が響く。

 いくつか視線を向けられるが、今の女子生徒にそれを気にする余裕はない。

 女子生徒は扉の取っ手を掴んで動かすが鍵が掛かっているのか扉は開かない。

「ちょっと……嘘でしょ? 開けろー!」

「入学早々何やってんの」

 乱暴に怒鳴っていると、背後から冷静な声をかけられた。女子生徒は急いで振り返る。

 そこには、怠そうに立つ男子生徒の姿があった。

 同じ色のネクタイをしていることから同級生だと推測した女子生徒は、「何よ」と腕を組む。

「あんた誰?」

「あんたと同じで、今日高等部に入学してきた生徒。部室棟に何か用?」

「あたしは入部しにきたの! 軽音楽部に!」

 女子生徒は不機嫌そうに答える。男子生徒は驚いたように「軽音楽部?」と復唱した。

「じゃあ俺と一緒だな」

「あんたも軽音楽部?」

「おう」

「じゃあちょっとこれ見てよ!」

 女子生徒は玄関前の数段を駆け下り、男子生徒の腕を掴んで引っ張る。男子生徒は無理矢理玄関の扉の前まで連れて行かれた。

「ちょ、なに」

「これ!」

 女子生徒は貼り紙を勢いよく叩いた。扉がばあんと音を立てる。

「うわあぶねえ! 割れるから叩くな!」

 男子生徒が慌てるが、女子生徒は気にしない。男子生徒は溜息を吐いてから、貼り紙を覗き込み、読み上げた。

「『軽音楽部廃部のお知らせ』……!?」

「ふざけんなって話よ!」

 女子生徒は悔しげに声を張る。男子生徒は眉を顰め、自らの頬を撫でた。

「いや、これ……」

「……何?」

「……廃部は嘘だと思うぞ」

「え?」

「ちょっと待ってて」

 男子生徒はスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。

「……あぁもしもし? 今部室棟の前なんだけど、『軽音楽部廃部のお知らせ』みたいな貼り紙されてんだよね。……いや……うん、多分そう」

 軽く会話をして、男子生徒は「おっけ」と電話を切った。スマホをポケットにしまいながら、「えっと」と女子生徒に向き直る。

「俺らと同じで入部希望の友達がいるからとりあえず合流したいんだけど、いい?」

「いいわよ。連れていって。あたし椎名しいな

 女子生徒こと椎名は、頷いて名乗った。男子生徒も名乗り返す。

「椎名さんね。俺は原田はらだ。よろしく」



 友人・原田との電話を終え、男子生徒は小さく息を吐いた。

 四月とはいえまだ空気はひんやりとしている。強めの風が髪を撫で、視界に桜の花びらを散らした。

 太陽光で見づらいスマホ画面を操作しながら、入学式終わりから随分時間が経って人気がなくなった学園内を、のろのろと歩く。

 風に煽られそうになりながら進んでいくと、突然左から誰かにぶつかられた。

「びゃっ」

「おわっ」

 お互いに驚いて小さく声をあげる。男子生徒は立ち止まり、視線をスマホから左側に向けた。

 聞慣れていなさそうな真新しい制服の、女子生徒。

 申し訳なさそうな表情で男子生徒を見るその姿に、男子生徒は息を呑んだ。

 細い指。色白で頼りない脚。

 そして、何よりも。

 どこか懐かしい、怯えた目。

「……あ……」

 謝ろうとするが、言葉が詰まる。女子生徒が先に頭を下げ、「ごめんなさいっ」と声を発した。

「あ、いや……俺も周り見てなかったし。ごめん」

「あなたは悪くないですっ……僕が前見てなかったから……」

 女子生徒はか細い声であたふたと喋る。

 男子生徒は、女子生徒の着けているネクタイの色で、自分と同じ高等部に入学してきたばかりの同級生だということを察する。

「えっと……一人?」

 女子生徒はこくこくと頷いた。人見知りしているようで、小さく縮こまっている。

「なんでこんな時間まで残ってるの? なんか用事?」

「……け、軽音楽部に……」

 男子生徒の質問に、恐る恐るといった様子で答える。男子生徒は「なるほど」と頷いた。

「入部希望ってことだよな。俺もだから、一緒に行こう」

「ほ、ほんとですか!」

 女子生徒の表情がぱっと明るくなる。

 男子生徒はふっと口角を上げた。

「俺、新野にいの涼真りょうまね。好きに呼んで」

「……にい、さん……」

 名乗る新野涼真の顔を伺いながら、女子生徒はそう呟く。新野涼真は首を傾げた。

「兄さん? ……まあいいか。そっちの名前は?」

「……志村しむら……です」

「OK、志村さんね。よろしく」

 新野涼真は言って、右手を差し出した。女子生徒こと志村は、ゆっくりと手を伸ばし。その手をそっと握る。

「よろしく、お願いします」

「うん。じゃあ俺の友達にも軽音楽部入部希望者いるから、そっちと合流しよう」

 新野涼真は手をほどいて、その手で進行方向を指差した。志村はこくんと頷いて、歩き出す新野涼真の後ろをついていく。

 迷うことなくすいすい歩いていく新野涼真に、志村は少し躊躇いながら口を開いた。

「……中等部から、ここなんですか?」

「俺? うん。そのまま上がってきた」

「僕、中学は別のところなんです。高校で白眉に来て……」

「……うん。制服新しいからそうかなって思ってた。ぶかぶかだし」

 新野涼真は軽く振り返って、志村の姿を見る。ダボついたニットの袖からは、指先がちらりとしか見えていない。

「中学はどこだったの」

「あ、旭稲桜……です」

「ああ、寮のとこか。こっちの近くに部屋借りれた?」

「はい、橙地区に……」

「ああ、一緒一緒。ていうかなんで敬語? 同級生なんだから、タメでいいよ」

 ふっと笑いながら言う新野涼真に、志村も少しだけ微笑んだ。が、それと同時に新野涼真が「原田」と声を張り、驚いて身体を縮こませてしまう。

「あっちにいるのが入部希望の友達」

「あ……は、はい」

「タメでいいって」

「あっ、えっと、うん……」

 志村は戸惑いながら頷いた。歩いていく新野涼真の背中に隠れるようにして歩いた。

「誰?」

 原田に向かって新野涼真が問う。隣に立つ見慣れない女子生徒・椎名のことだ。

「入部希望者」

 原田はそう答えて、「誰?」と志村を指差す。新野涼真も「入部希望者」と返した。

「ちょっと、何? 誰?」

 椎名は新野涼真を指差して原田に疑問をぶつける。

「さっき言ってた友達。入部希望の」

「ああ、この人たちが」

「いやまあ、こっちの人は初対面だけど」

 原田は志村を手で示して椎名に説明する。椎名は「ふーん」と相槌を打ってから、新野涼真を見つめて目を細めた。

「……何?」

「……なんでも」

 後退る新野涼真に、椎名は冷たく言って、ふいと視線を逸らす。その先で、志村と目が合った。

 志村はびくっと肩を揺らし、新野涼真の背中にそっと隠れる。

「あ……入部希望者よね? あたし椎名」

 椎名は微笑んで自己紹介をする。志村はおずおずと顔を出した。

「し……志村です」

「……なんで敬語? タメでいいわよ。よろしくね、志村さん」

 椎名はニコッと笑う。

「なんか俺に対するときより丁寧だな」

「男女で対応が違うのは当たり前でしょ」

「差別だ」

「区別よ」

 言い合う椎名と原田の正面で、志村の右手が自分の左腕を弱々しく抱く。新野涼真は志村のその仕草をちらりと見て、しかしすぐに視線を外した。

「とにかく職員棟行かないと話にならない。行くぞ原田」

 新野涼真は原田に言いながら歩き出す。志村は慌ててそれを追いかけ、原田と椎名も数歩後ろからそれについていく。

 椎名は歩きながら、きょろきょろと周囲を見渡した。

「こんなに校舎あったら迷子になりそう」

「すぐ慣れる」

「慣れるまでが大変ね」

「中等部からここにいる奴と仲良くなれば迷わないで覚えられるぞ」

「あたし服飾科なんだけど、服飾科って中等部からここの人いるの?」

 椎名は原田に向かって問う。新野涼真が「たぶんいる」と答えると、「あんたには訊いてないわよ」と唇を尖らせた。

 新野涼真は前を向いたまま半笑いになり、ニヤニヤと言う。

「原田気に入られたな」

「はぁ? バッカじゃないの、有り得ないわよこいつを気に入るとか」

「俺にまでダメージきてるんだが」

 強く否定する椎名に、原田が淡々とツッコミを入れた。志村は黙ったままだ。

 そんな調子で雑談を続け、四人は職員棟へと歩みを進める。途中に誰かとすれ違うことはなく、もう校内のほとんどの生徒が下校しているようだった。

「ここが職員棟」

 新野涼真は言いながら、ある校舎の前で立ち止まる。二階建ての、中等部と高等部の職員室がそれぞれの階に配置された校舎だ。それぞれの生徒会室や会議室もここに入っている。

 四人は靴を脱いで職員棟の中に入った。高等部の職員室は二階にあるため、階段を上る。雰囲気に呑まれ、四人共無言だった。

 階段を上りきると、職員室の扉の前で、数人の女子生徒と教師が会話していた。原田が「先客か」と呟く。

「扉ひとつしかないの?」

 椎名の不満そうな声音の問いを、新野涼真は「いや」と小さく否定した。

「あれ、軽音楽部の顧問」

「……あの女の先生が?」

 新野涼真の言葉で、椎名は職員室前に立つ女性教師の顔をまじまじと見つめる。

 バサバサの髪を後ろでひとつに束ねた、普通の中年女性のようだ。表情は険しく、雰囲気も少し堅そうである。

「……なんか意外ね。っていうかちょっと揉めてない?」

 椎名は小声で原田に問う。原田も新野涼真も何も答えない。

女性教師と数人の生徒は、椎名が思った通り揉めていた。会話の内容まではわからないが、その様子は遠目からでも察することができる。

 新野涼真は小さく息を吐いて、職員室に向かって歩き出した。一瞬焦る椎名を置き去りに、原田もついていく。志村と椎名は躊躇いながらも、その後に続いた。

 近付いていくにつれ、やりとりの内容が鮮明に聞こえるようになっていく。

「……だから私たちは迷惑をお掛けしないって言ってるじゃないですか!」

「だから私も言ってるでしょう。新入生に簡単に任せられるようなモンじゃないの」

「だったら他の顧問を立てるとか……」

「しつこいわね。顧問決めは3月のうちに済ませておいてあるって何度言わせるの?」

 どうやら、教師側の威圧的な態度に生徒側が何かを説得しているようだ。

 しかし、志村と椎名には、それだけではどうして揉めているのかがわからない。

「ねえ、何あれ? なんで喧嘩してるの」

 椎名は小声で原田に訊く。原田はすぐに口を開いた。

「顧問が廃部を本当のことにしようとしてるから揉めてる」

「えっ……何それ、どういうこと?」

「安岡先生」

 椎名の問いを阻むように、新野涼真が女性教師の名前を呼んだ。

 女性教師・安岡は振り向き、露骨に嫌そうな表情になる。

「……新野。なんの用? あんたとする話なんてないわよ」

「俺にはあるんすわ。廃部の件で」

「あんたには十分話したでしょう!」

 安岡は突然怒鳴り、傍にあった机を拳で叩いた。その音に、先ほどまで安岡と話していた女子生徒たちがびくっと肩を揺らす。

「今の部員が卒業したら軽音楽部は廃部! 私はもう顧問をやらなくていいの!」

「その話は何回も聞きました。だから顧問決定の3月より前から話をしにきてたんです」

「うるっさいわね!」

 安岡はずかずかと歩み寄ってきて、右手を振り上げた。新野涼真は動かず、それを見つめる。

「だっ……だめッ!」

 志村が悲鳴のような声で叫んだ。悲痛なその声音に、安岡の動きが止まる。

「な……何よ……」

 安岡がたじろいでいる間に、志村が新野涼真に駆け寄る。自らが盾になるように、新野涼真の前に立った。

「っ……先生!」

 女子生徒のうちの一人が声を張る。

「私たち、絶対先生には迷惑かけません! 顧問として名前を借りるだけでいいので私たちの入部を認めてください!」

 懇願するように言う女子生徒に、安岡は唇を噛んだ。大きく溜息を吐いて、「ああもう!」と再び机を殴る。

「私はもう知らないわ。入部届は勝手に生徒会にでも提出して!」

 安岡は吐き捨て、踵を返して職員室へと帰っていった。生徒だけがその場に残される。

「……入部は許してもらえる、ってこと……だよね?」

 小柄な女子生徒が、確認するように小さく呟いた。原田が「たぶん」と頷く。

「これで問題は半分解決だな」

 原田は言いながら新野涼真を見た。新野涼真は、自分を守るように立ちはだかった志村をじっと見つめている。

「ちょっと、まだどういうことか把握できてないんだけど。さっきのあの先生の態度何?」

 椎名が困惑気味に訊く。原田は「あー」と小さく唸った。

「あの顧問は安岡。軽音楽部の顧問を辞めたがってる。今の部員が三年生しかいなくて、三年生卒業後は軽音楽部がそのまま廃部になるから、新入部員を受け入れたくないんだよ」

「そんな勝手許されるの? 卒業生だって自分たちの部活がなくなるなんて嫌だと思うんだけど」

「三年生も協力してる」

 新野涼真が溜息混じりに言う。

「……どういうこと?」

「……歩きながら話そう。部室棟開いてるかもしれない」

 新野涼真が言いながら、志村の腕を掴んで引いた。志村はされるがまま、新野涼真についていく。

「開いてるって……どうして」

「部活が始まる時間だから」

「え、いや……え……?」

 戸惑う椎名と女子生徒を置き去りに、新野涼真と原田は歩き出す。

 椎名たちは顔を見合わせ、その背中についていった。




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