白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第7話.人気投票と遠い記憶(12月前半)



 部室を飛び出したシイナは、そのまま走り続けて部室棟を出た。

 帰路につこうと校門へ走る途中、追いかけてきたダイに腕を掴まれる。

「シイナ!」

「!」

 いきなり走りを阻まれ、バランスを崩し転びそうになる。ダイが腕を引いて身体を支えたことで、何とか立て直した。

「っ何よ、危ないじゃない!」

「ごめん。でもシイナ……」

「離して!」

 シイナはダイの手を振り払おうと、腕を振り回す。が、ダイはシイナの腕を強く掴んで離さない。

「ちょっと、やめてよ!」

「離さないしやめない」

「なんで!?」

「このままだとシイナが部室に来なくなる気がする」

「なっ……」

 ダイのその言葉に、シイナは暴れるのをやめた。唇を噛んで、ダイを睨む。

「……シイナの怒りはもっともだと思う。ニイノの言い方は確かに酷かった」

「…………」

「ニイノのことは、シムラがどうにかしてくれると思う。あいつがああいう発言ほっとくわけないし」

「……だから、あたしには新野涼真のことを許せって?」

「許せっていうか……」

 ダイは右手でシイナの腕を掴んだまま、左手で自分のポケットからスマートフォンを取り出す。

 写真を開いて、シイナに画面を見せた。

「……何よ」

「今年の遠足の写真。俺とニイノとハラダと、まだスカート履いてた頃のシムラ」

 それは、夢のことが引っかかっていたダイが、ニィから送ってもらっていた水族館での集合写真だった。

 シイナは写真を見つめ、目を細める。

「……それが、何?」

「遠足、男女班も他クラスと班作るのも禁止されてただろ。なのに俺ら三人とシムラの写真がある。なんでかわかる?」

「……どういうこと?」

「班員とはぐれて一人でうろついてたシムラを、ニイノが班に誘った」

「……あいつが?」

「体育祭では、転んで怪我したシムラをニイノが手当てしてた。大掃除のときだって、シムラを追いかけたのはニイノだろ?」

 ダイはスマホをしまうと、シイナの腕を引いて歩き出した。シイナは一瞬戸惑ったが、素直にそれについていくことを選択する。

 ダイが向かったのは、学園の裏門の横にある裏庭のようなスペースだった。

 ダイはシイナの腕から手を離し、自分のリュックを探ってストールを取り出した。適当なサイズに畳んでベンチに敷き、その上に座るよう、シイナに促す。

「……これダイのマフラーでしょ」

 シイナの問いにダイは「うん」と頷く。躊躇いがちなシイナに、ダイは唇を尖らせた。

「……なんだよ。別にやましい気持ちでやってるわけじゃねえからな」

「……あはは」

 むすっとした表情で言うダイに、シイナは噴き出す。

「わかってるわよ、そんなの。……じゃあ遠慮なく、ありがたく」

 シイナは言いながら、ベンチに腰を下ろした。ダイは着ていたブレザーを脱いでシイナの膝に掛けてから、自らも隣に座った。

「……こんなとこまで来て、なんの話するっていうの?」

 シイナは、ダイのブレザーの袖を指先でつまみながら問う。

 ダイはつま先をくるくると回して「んー」と唸った。

「ずっと疑問だったんだけどさ」

 シイナは「うん」と相槌を打ちながら、ダイに顔を向けた。ダイもシイナを見つめる。

「シイナは、なんでニイノのこと嫌いなんだ?」

 ダイの質問に、シイナはぱちぱちと瞬きをした。視線を地面へと逸らし、膝を伸ばす。

「……なんでって、言われても……」

 シイナは呟く。両手の指先を触れ合わせ、絡ませる。

「わかんない?」

 ダイが優しく問うと、シイナは小さく頷いた。

「……ニイノはいつもシムラを助けてたろ。シムラ大好きなシイナが、どうしてニイノを嫌うのかがわかんなくてさ」

 ダイは苦笑して言う。

「まぁ、俺がニイノと仲良しだから嫉妬してるのかも、とか考えたけど」

「……何よ、それ」

 シイナは呆れたように少しだけ笑った。ダイも「ははっ」と笑う。

「……なんで嫌いなのかわからないのに嫌いなのはどうしてか……とか、ちょっと意味わかんねえけど」

 ダイはシイナに微笑んで見せる。

「考えてみてもいいんじゃねえかなって。……ニイノは黒歴史ノートのバンドを組むことに必死になってるように見えるだろ」

 ダイは、文化祭準備中の出来事を思い出しながら言う。

 玄冬バンドの結成条件は、各パートで一番技術の高い者が集まることだ。

 人気投票がバンド結成のために行われたことだとすれば、その提案をしたときのニィの様子は、やはりバンド結成に尽力していたように思える。

「……あいつ、ずっとシムラのこと気にしてる。ずっとだぞ? バンドも、シムラのためなのかもしれない」

「……どうしてバンドを組むことがシムラ君のためになるのよ」

「シイナは黒歴史ノートちゃんと読んだことあるか?」

 シイナは首を横に振る。

 ダイは、ノートの最初のページに『理想のバンドを結成すればタイタンが復活する』と書かれていたことをシイナに説明した。

「文化祭四日目の夜に停電したことは話したよな?」

「うん。怪奇現象のやつでしょ」

「そう、倉庫のドアが開いて閉まったやつ。あのときにニイノは、タイタンを呼んでた」

「え?」

「名前を呟いたんだよ。ノートを見た後にタイタンって言ってた」

「……何よそれ。あれだけ黒歴史ノートをバカにしておいて、今更中二病?」

「いや……その怪奇現象の直前に、シムラが一瞬おかしかった。暗闇にビビって、動けなくなって……『ケイ』に謝ってた」

 シイナが驚いたように目を見開く。

「ケイ……?」

「シイナも知ってる?」

「知ってる、って……そんな人いない……でしょ?」

「いないはずだ。少なくとも、今の部活にも学園にも、俺らが『ケイ』だって認識する人間はいない」

「…………」

「シムラの異常、っていうか『ケイ』と、黒歴史ノートの『タイタン』は、何か関係があるのかもしれない。ニイノがあれだけ黒歴史ノートのバンドに必死なのも、シムラが関係してるんなら納得できる」

 ダイの語る考えに、シイナは唇を噛む。

 自らの手をぎゅっと握り、口を開いた。

「あたしは……最初から新野涼真のことが嫌いだった」

「……さっきも言ってたな」

 シイナは頷く。ダイは自分の顎を指先で掴み、「ん~」と唸る。

「その最初からってのが鍵になってんじゃねえかな」

 今朝見た夢を思い出しながら呟く。

「シイナ。最初からっていつからだ?」

 そう問われ、シイナは軽く俯いた。

 『最初から』という言葉が似合うこの感覚は一体、いつからあったのだろう。


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