白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第7話.人気投票と遠い記憶(12月前半)

 桜が舞う学園内。

「マキ! 行こう!」

 青くて薄暗い場所。

「マキに触るな」

 体育館裏。

「マキ! 大丈夫か!?」

 薄暗い廊下。

「あいつ、お前のこと嫌いなんだよ」

 第一部室。

「俺から離れていかないで」

 夜中の第四部室。

「じゃあ俺ら青春だな!」

 第一部室。

「お前は黙って処理やってろよ」

 病院の廊下。

「楽しかったよ。マキと一緒にいられて」



 平塚ひらつか大也だいやことダイはそっと目を覚ます。

 ぼんやりしながら夢の内容を思い出して、口を開いた。

「……『マキ』って……」

 呟いて、思考を巡らせる。

 『マキ』。それはきっと、シムラのことだろう。

 シムラの姿を思い浮かべ、溜息を吐く。

「……クソ……なんなんだよ……」

 ダイは自分の腕で目をふさいだ。

 部屋は肌寒い。

 冬が、近付いている。



 登校したら、校舎内の掲示板に人気投票の結果が貼り出されていた。

「……え」

 志村しむら真貴まきことシムラは、貼り出されたその結果を見て、唸る。

『人気部門1位 志村真貴』

「……わー……」

 周囲の生徒は、シムラにキラキラした視線を向けている。その視線に一瞬疑問を抱くが、貼り出された結果を見て納得した。

『技術部門パート別結果

 ボーカル1位 新野涼真

 ギター1位 古賀橋牡丹

    2位 椎名瑠璃

 ベース1位 山梨小豆

 ドラム1位 志村真貴

 ※技術部門上位の部員でバンドを結成します。乞うご期待!』

「……ニィさん」

 シムラはポスターの作成者の名前を呟いて、唇を尖らせた。



「ニィさん!」

 あだ名を呼ばれ、新野にいの涼真りょうまことニィは顔を上げた。眺めていた黒歴史ノートをぱたんと閉じて、声のした方向に身体を向ける。

「シム君。おはよう」

「おはよう。人気投票の結果、貼り出すなら先に言っといてよ!」

 シムラはニィの座る席まで早足で向かってくる。ニィは「あれ」と首を傾げた。

「言ってなかった?」

「聞いてないよ!」

「あー、そういやユリさんとマァさんにしか話してなかったかも」

 ニィはへらへら笑う。シムラは「もー」と再び唇を尖らせた。

「てゆーか、バンド結成って何? それこそ先に俺らに言っとくべきじゃん!」

「あーまあね、それはごめん。でもまあもう決まったことだし」

「しかもあのメンバー……シイナさんもニィさんもいるって、大丈夫なの? シイナさん、ニィさんのこと嫌いじゃん」

「シム君いるし大丈夫でしょ」

 楽観的に軽く言うニィに、シムラは溜息を吐く。ニィは「まあまあ」とシムラの肩をぽんぽん叩いた。

「大丈夫だって。まだシイナさんには話してないけど」

「そんな勝手にバンド結成とか決めちゃって……もしかして、玄冬の?」

「まあ。そのあたりの詳しい話は、また部活の時にするとして……」

 ニィはそこまで言って黙る。そっとシムラを見上げ、その目を見つめた。

 シムラは首を傾げる。

「……なに?」

 不思議そうに問うシムラに、ニィはふっと笑って「いや」と視線を逸らした。

「俺は……」

「?」

「……いつになったら、自分のやったことが正しいって思えるんだろう、と思って」

 自嘲気味に口角を上げながら、そう呟く。シムラはぱちぱちと目を瞬かせた。

 弱音を吐くニィの姿を、今まで見たことがなかったのだ。

 どんな言葉をかけたらいいのかわからないまま、思わず「えっと」と声に出す。

「お、俺は……正しいとかはわからないけど……夏前、ニィさんに助けてもらえてすっごく嬉しかった、よ?」

「…………」

 ニィはシムラの顔を見上げる。

「ニィさんがどういう気持ちでやったかは、わかんないけど……でも」

「…………」

「すごく、助けてもらえたよ……?」

 ニィは口を閉じたまま、しばらくシムラと目を合わせていたが、不意に視線を逸らして黒歴史ノートを手に取った。

「……シム君」

 黒歴史ノートの表紙を見つめながらシムラを呼ぶ。シムラは「ん?」と返事をした。

「……俺は、シム君のこと——」

「ニイノ!」

 ニィの言いかけたことは、名前を呼ばれて遮られた。言葉を呑み込んで顔を上げると、登校してきたばかりのダイが駆け寄ってきている。

「……ダイ」

「ちょっといいか」

 ニィの答えを待たずに、ダイはニィの二の腕を掴んで引っ張った。そのまま無理矢理椅子から立たせ、尚も腕を引く。

 ニィは慌てて「おい」とシムラをちらりと見たが、ダイは聞かない。シムラはニコッと笑った。

「続きはまた後で聞かして。俺もう行くね」

 そう微笑んで、小さく手を振る。そのまま踵を返し、教室の外へと向かっていった。

 ダイはぐいぐいとニィを引っ張り、教室の後ろの隅まで連れていく。

「なんだよ」

「ケイはいないと思うか」

 開口一番のダイからの問いに、ニィは息を呑んだ。

 ケイ。

 記憶に微かに残る、いたはずの人間。

「……いない。そんな奴は」

 ニィは、そうであってほしいと願うように答える。

 ダイは眉を顰めた。

「……夢を見た。いいか、よく聞け。これはシムラに関係するんだ。ケイはいた。絶対にいたんだ!」

「ダイ、落ち着け」

 ニィは、詰め寄るダイを押し返そうとその肩に触れるが、ダイはそれを振り払ってニィの両腕を掴んだ。

 ニィはそれでも、ダイの胸元に手を当てて小さく押し返す。

「俺の記憶にはほとんどケイがいない。お前もそうだろ。名前しかない人間のことを、どうやって存在してたって思えるんだよ」

「ケイがシムラのことを呼んでた!」

「だから……」

「お前も何か感じたんじゃないのかよ!?」

 ダイは怒鳴るように問い質した。ニィはその言葉に、声を詰まらせる。

 文化祭の準備をしているときのシムラが呟いた、『ケイ』という名前。

 それを聞いたとき、ニィは何かを感じたのか。

 ニィが答える前に、ダイは俯いて口を開いた。

「シムラがケイのこと呼んで、俺は……」

 「知ってると思った」、とダイは呟いた。

 ニィは、手に持ったままの黒歴史ノートに視線を落とす。

 俺は、シム君のこと——

 守らなきゃいけないって思ったんだ。

 そう続けようとしていた自分に、違和感を抱く。

 ダイも黒歴史ノートをちらりと見た。

「……ケイのことなんか関係ない」

 ニィは違和感を掻き消すように言った。

「俺は、シム君を守るために動く」



「バンド結成ってどういうことよ」

 放課後部活開始前、部室にやってきた椎名しいな瑠璃るりことシイナは、開口一番ニィに訊ねた。

「黒歴史ノートに書いてある最後のバンドの結成ってこと」

 ニィは黒歴史ノートの表紙をシイナに見せながら淡々と答える。

 シイナは怪訝そうに目を細めた。

「四番目のバンド? 青春、朱夏、白秋ってきてるから……冬?」

「そう。シム君、ボタンさん、アズキ」

 ニィは既に部室にいる三人の名前を呼ぶ。古賀橋こがはし牡丹ぼたんことボタンが、「なーにー?」と歩み寄ってくる。

「バンドの話」

「人気投票のやつ?」

「そう」

 ニィは頷きながら黒歴史ノートを開いた。近寄ってきた山梨やまなし小豆あずきことアズキとシムラを含めた四人に向けて、あるページを見せる。

「『玄冬バンドの条件』」

 シムラが読み上げる。ニィは再び頷いた。

「『部室全員の中から各パートで一番技術のある者を集めて結成されたバンド』……ってこれ」

「……もしかして、このための人気投票?」

 シムラの音読に、シイナは眉を顰める。

 ニィは「そう」とあっさり肯定した。

「人気投票の結果、技術ランキングのそれぞれのトップは俺、シイナさん、ボタンさん、アズキ、シム君」

 ニィの話を「ふーん」と聞き流しながら、シイナは黒歴史ノートをまじまじと見つめる。

「四つのバンドの結成でタイタンが復活とか書いてあるけど?」

「それは黒歴史ノートにありがちな妄想」

「……妄想にしては、結構必死になって実現させようとしてるように見えるわね」

 シイナはニィをちらりと見る。ニィはもう何も答えない。

「……まあいいけど」

 シイナは溜息混じりに言いながら、ノートから目を逸らす。そのまま視線をシムラへと向けた。

「シムラ君と組めるんだし」

「承諾してくれるならよかった」

 ニィは黒歴史ノートを閉じ、ふっと口角を上げる。

「シイナさんが入ってくれたら、技術もそうだけどビジュアル的に華やかになるし」

「……はあ?」

 ニィの言葉に、シイナは眉を顰める。

「何それ、どういう意味よ」

「ギターパートで一番上手いのはボタンさんだけど、ボタンさんだけじゃビジュアル面で劣るって意味。シイナさんは美人だしキャラ立ってるし、目立つからね」

 ニィの返答に、シイナは頭痛に耐えるように、自分の額に手を当てた。

「……はー……」

 深く溜息を吐く。その様子を、ニィは首を傾げて見ていた。

 シイナは顔を上げ、はっきりと言った。

「悪いけどあたし、このバンドに関わらないことにする」

 ニィは目をぱちぱちと瞬かせる。

「……さっきシム君がいるから組んでもいいって」

「あんたがいるなら絶対に嫌!」

 シイナはニィの眼前に指を突きつけた。

 ニィは眉を顰める。どうして断られているのか、あまり理解できていない様子だった。

「人のビジュアルがどうとか人気がどうとかそんなことばっかり気にして、失礼だと思わないわけ!?」

 シイナはニィの手から黒歴史ノートを奪い取る。

「そもそもこのノートだって、美人がどう、イケメンがどうって、外見でバンド組ませたりしてるし!」

「それは——」

「あたしはこんなノートの言いなりになんかなりたくない!」

 シイナは怒鳴りながら、ノートを床に叩きつけた。

 部室は少し前から静まり返っている。

 ボタンもアズキもシムラも、黙ったまま、何も言えない。

 シイナはニィを睨みつける。

「……最初からよ」

 シイナの目が、じわりと潤む。

 その表情を、ニィは見たことがあるような気がした。

「最初から、あたしはあんたのことが嫌い! 大っ嫌い!」

 シイナはそう叫ぶと、踵を返し、駆け足で荷物の置いてある一角まで向かった。自分のリュックを掴んで、走って部室を飛び出す。

「シイナ!」

 それまで黙って見ていたダイが、シイナを呼ぶ。自身も荷物を抱え、そのままシイナを追いかけるように出ていった。

 一連の流れで、部室は静寂に包まれる。

 シムラは困惑しながらも、黒歴史ノートを拾い上げた。

 ニィは呆然としている。

「……ニィさん」

 シムラが名前を呼ぶと、ニィはゆっくりと振り向いた。

「……シム君」

「……向こうで話そう」

 シムラはニィの腕をそっと握る。

「ボタンさんも、後で呼ぶから」

 シムラはボタンのほうを振り向いて言う。ボタンは戸惑いながらも、こくんと頷いた。




1 / 3