白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第6話.誰も欠けない文化祭(11月後半)

 カランと音を立て、ドラムスティックが床に転がる。

 スティックを投げた女子生徒の肩は震えていた。

 自分は床に尻餅をつき女子生徒を見上げている。女子生徒の長い前髪の隙間から、涙が見えた。

「ねえ」

 女子生徒はこちらに声を掛ける。後退り、窓に背をぶつける。

 こちらを見たまま、女子生徒は窓を開ける。青空だけが窓の向こうに見えた。

「……もう、むりだよ」

 女子生徒は言う。こちらを見つめ、泣きながら笑った。

「だいすき」

 それだけ言って、踵を返す。

 次の瞬間、女子生徒は窓の外に飛び出していた。



 平塚ひらつか大也だいやことダイはハッと目を覚ました。

 急いで起き上がり、周囲を確認する。

 自分の部屋。自分のベッド。眠っていたということだろう。

 今のは、夢だ。

 そう認識して、ダイは安心する。大きく息を吸って深く吐き、気持ちを落ち着かせる。

「……今の……」

 夢の中の女子生徒には見覚えがあった。

 ダイは汗ばんだ手で前髪をかきあげる。

 カーテン越しの窓の外は、まだ暗かった。



「あーっ! やっぱり!」

 昼休み、ダイは新野にいの涼真りょうまことニィに見せてもらった写真を見て大声をあげた。ニィは「うるさ」と軽く仰け反る。

「なにがやっぱり?」

「や、今日の夢に出てきたんだよ」

「……シム君が?」

 ニィは眉を顰める。ニィの見せた写真は、遠足の時に撮ったものだった。

 そこには、まだスカートを履いていた頃の志村しむら真貴まきことシムラが写っていた。

「そう! いやースッキリした。どっかで見たことあると思ってたんだよな」

「お前の夢に、昔のシム君が出てきたのか」

 納得したニィが呟くと、ダイは「うん」と頷き、再び写真に目を向けた。

「でもなんか泣いてたけど」

「泣いてた?」

「あ、あと飛び降りてた」

「え?」

「結構リアルだったな。多分部室なんだけどカーテンがなくてさぁ」

「…………」

 ニィが黙る。ダイもふと考えて黙った。

「……あれ? シムラが飛び降り……」

 ダイの顔がさっと青ざめる。

「……やべえ夢見ちまった」

 ニィは呆れたように、ダイの手から写真を奪い取る。

「お前その夢、絶対シム君に言うなよ」

「絶対言わない」

 ダイは両手で自分の口を抑える。

 ニィは取り返した写真を見ながら、小さく息を吐いた。

 ——昨晩、動けなくなったシムラを抱えて部室を出た。

 廊下は月明かりに照らされていたため前が確認できたが、シムラは震えており、自分で歩くのは難しそうだった。

 結局部室棟を出るまでニィが運んだ。家に送ってから夜眠るまでもスマホでメッセージのやりとりを続けていたが、今日はまだ一度も会話をしていない。

「……なんか変だな」

 シムラは昨日まで暗闇を怖がるタイプではなかった。夏休みの合宿でも、特にああいう反応を見せたことはなく、普段通りだった。

 いきなり、だ。いきなり怖がり始めた。

 そして、あの時呟いた名前。

「……『ケイ』」

 ニィも呟いてみる。どこか懐かしいような気持ちになるが、そんな名前の人物は記憶にない。

「ケイ?」

 目の前のダイが反応した。ニィは顔を上げ、ダイを見る。

「……ケイ、って誰かいたか?」

「えー、いなかったか? 中等部とかに」

「今中等部にいるのか?」

「いや、同級生。ケイって……あれ、苗字がわかんねえ」

「……お前わかるのか? 覚えてるのか!」

 ニィは思わず立ち上がりダイの肩を掴む。その勢いに、ダイは「お、おい」と引きつつニィの腕を掴んだ。

「どうした? なんだよその勢い、怖えぇよ」

 ニィの手を振り払い、ダイは頬杖をつく。ニィは眉を顰めた。

「……ケイって……どんな奴だ?」

 ニィは立ったまま問う。

「どんな……あれ……」

 ダイは少し悩みながら、今度は腕を組む。ニィは睨むようにダイの所作を見つめた。

「なんか……いや、お前仲良かったよな?」

「え?」

「なんかさ、軽音楽部入るって話してた時、いたじゃん。俺とお前とハラダとケイ」

「中等部で?」

「うん」

 ダイは大きく頷いた。ニィは記憶を辿るが、そんな出来事は思い出せない。

「……いつくらい?」

「えっと……雪降ってたから冬? あとお前マフラーしてたから、三年?」

「……三年の冬とか最近じゃねえか」

 いくら何でも、ここまで忘れるほど昔ではない。しかしニィの頭の中に、その思い出は無い。

「顔が思い出せねえなあ。てか同級生だろ、探せばいるんじゃねえか?」

「探せばって……お前、同じ部活がどうって話してた奴と、高等部入ってすぐ会話しなくなるとか有り得るのかよ」

「……確かに。じゃあ転校? いやでもそれすら思い出せん」

 ダイがぶつぶつ唸る。ニィはスマホを掴み早足で教室を出た。

 廊下に出て、急ぎ足で二組に向かう。途中すれ違った女子生徒のほとんどに凝視されたが気付かないふりをした。

「シム君」

 二組の扉を開けて、中をよく見もせず声を張る。シムラは窓際の一番前列の席につき、両耳にイヤホンをつけて窓の外を見ていた。

 シムラを呼んだことで、多数の好奇の目を向けられる。それを気にせず、ニィはシムラへと歩み寄った。

 席の前まで行くとシムラもニィに気付き、驚いたようにイヤホンを外しながら「どうしたの」と問う。

「……ちょっと、いい?」

「? いいけど」

 シムラはすぐに立ち上がり、教室の外に向かうニィについてくる。廊下にも人はいるものの、教室よりは少ない。

「……昨日の……」

「あ……ごめんね。いきなりあんな……」

「いや、それはいいんだけど。あの後大丈夫だった?」

「うん。ニィさんとやりとりできてたし」

 シムラはそう言ってニコッと笑う。普段と変わらない笑顔だ。

 しかし。

「……『ケイ』のことなんだけど」

 名前を出した瞬間、シムラの肩がびくりと跳ねる。笑顔も少し引きつった。

「う……うん……」

「……中等部の時、ここにいたらしい。俺は記憶にないけど、ダイが少しだけ覚えてて」

 シムラは驚いて目を見張った。

「中等部に……? 覚えてないの?」

「全く覚えてない」

「中等部って人数少なかったんじゃ……?」

 白眉学園は高等部の生徒数こそ多いものの、中等部の生徒数は一般的な中学校より少ない。部活動の豊富さ・自由さを求めて、高等部に上がる際に他の学校や学園から入学してくる生徒が多いのだ。

 だから、中等部の頃の同級生のことは、そう忘れるものではない。

 そこにも、ニィは引っかかっていた。

「少なかったし、俺も仲良くしてたらしい。でも覚えてない。全く記憶に無い」

「それって……」

「そいつの記憶だけ抜き取られたみたいに、覚えてないんだ」

 ニィは苦々しく言う。記憶を抜き取られるなんて、有り得ない。そんなこと、現代科学では不可能だ。

「……そっか」

「……ごめん、わざわざこんな話」

「ううん、大丈夫。俺もさ、何であんなこと呟いたかよくわかんないんだよね。俺だってそんな人、知らないし」

 シムラは明るく言うが、ケイの名前を口に出さないようにしているのがわかる。ニィは唇を噛んだ。

「あ」

 校舎内に予鈴が響き渡る。昼休み終了五分前を告げているのだ。

「チャイム鳴ったし、戻ろっか。ごめんね、七組遠いのに来てもらっちゃって」

「いや、それは全然。……じゃあまた、部活で」

「うん。今日も文化祭準備と練習頑張ろ」

 柔らかく微笑んで、シムラは教室に戻っていく。扉の小窓の奥で席についたシムラは、イヤホンをつけなおして目を閉じ、リズムを刻んでいた。

「……ケイ」

 ニィは呟く。懐かしい響きだった。




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