白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第5話.文化祭準備はお化けと共に(11月前半)



 数日後、文化祭準備期間。

 演出のイメージは定まり、部員達は各々装飾作りに勤しんでいた。

「段ボールが切れない」

 ショウが、段ボールをかんで閉じられなくなったハサミから手を放して、諦めたように呟く。

 すぐ隣で作業していた原田はらださきことハラダが、ショウのほうを振り返る。

「段ボール用のハサミあったじゃん」

「えーそうなの、知らなかった。ニィちゃん〜」

 ショウは、少し離れた場所で作業していたニィを呼ぶ。

「なに?」

 ニィは立ち上がってこちらへと歩み寄り、ヤンキー座りのようにしゃがみこむ。

「ハサミ動かなくなっちゃった」

「ほう」

「その怪力で無理矢理閉じちゃって」

 ショウの頼みに、ニィは無言でハサミに指を添えた。片手でハサミを持ったまま、ぐっと力を入れる。

 バキッ、という大きめの音が、第二部室に響いた。

「あ」

 ニィが『やっちまった』という表情で、小さく声をあげた。手元を見ていたショウとハラダも続いて同時に「あ」と呟く。

 ニィの右手の中では、指を入れる輪の部分が割れ、二枚の刃を固定する金具が外れかけた、元々の形状には戻れなさそうなハサミが哀しげに崩れていた。

「……リョウマ、お前」

「に、ニィちゃん……」

「……やってしまったー……」

「…………ふっ」

 三人は一通り驚き戸惑った後、互いの顔を見合わせて噴き出した。

「あはははは」

「お前これマジで? ヤバくね?」

「いや俺が一番びっくりしたから」

 三人の笑い声に、近くにいたシイナが顔を向ける。ニィの手の中を見て、ぎょっとしたように「ちょっと!」と叫んだ。

「何!? 何がどうなってこうなったの! とにかく放しなさいそれ!」

 シイナは慌てふためきながら段ボールに手を伸ばす。ニィは「あーはいはい」と急いでハサミを手から振り払った。

 ハサミの持ち手の欠片や金具が、パラパラと床に転がる。

「段ボール切ろうと思って」

「無理に握ったの?」

「まさかこうなるとは」

「ありえない……あんたほんとに人類?」

「種族疑われたのは初めてだな」

「もう……ダイー!」

「はいはーい?」

 シイナが大きな声で呼ぶと、開いたままの第二部室の扉の向こうから、ダイが返事をするのが小さく聞こえてくる。

「ちょっとちりとり持ってきてー! ほら早くどいてっ」

 シイナはダイに頼むと、ニィの肩を押してハサミから遠ざけた。

「ちりとり? うわ、何それ?」

「はさみ?」

 様子を見に来たダイとシムラが、粉砕されたハサミを見て眉間に皺を寄せる。

「ハサミ狙撃されたの……?」

「リョウマが握り潰した」

「え!?」

 ハラダの説明に、シムラは慌ててニィへと駆け寄った。

「大丈夫!? 手怪我してない!?」

「余裕」

 心配するシムラに右手を差し出し、ニィは淡々と答える。シムラはニィの指を様々な角度から見て、無事を確認した。

「ダイ、あたし新聞紙もらってくる。倉庫にほうきとちりとりあるからまとめといて」

 シイナは砕けたハサミの周辺にあった物をどけながらダイに指示をする。ダイは頷いて、早足で第一部室に向かった。

 電気を点けていない第一部室は薄暗い。

 第二部室の光が扉の形に射し込むが、その奥は暗くぼやけている。

 ほうきなどの掃除道具は、第一部室の奥の壁に立てかけてあった。

 ダイは電気を点けずに、そのまま第一部室へと足を踏み入れる。

「はじめまして」

「え?」

 声が聞こえた気がして、ダイは一旦立ち止まり、周囲を見渡した。

 第一部室にはダイ以外誰もいない。点いていない電気が、それを物語っている。

「……空耳か」

 ダイはすたすたと奥へ進み、ほうきとちりとりを手に取った。第二部室へ戻ろうと踵を返し――絶句する。

 この間顧問に言われて片付けたばかりの、黒歴史ノートを発見した本棚。

 その本棚の前に、誰かが、いた。

 暗くて顔は見えない。服装もはっきりしない。ただわかるのは、体格のみ――男だ。細身の、男。

「ダイ」

 名前を呼ばれる。知らない声だ。背を向けるその男から聞こえる。

 ぞわっと全身に鳥肌が立つ。見開いた目を、男から離すことができない。

「おまえが……」

 男は言いながら振り返ろうとする。その左手がダイに向かって伸びた。

「どわああああああああっ!!」

 ダイは突然叫んだ。男の手がびくっとして止まる。

 ダイは硬直してしまった身体の筋肉を無理矢理動かし、第一部室の外を目指した。

 こわばった身体は思うように動かない。ほうきとちりとりを握りしめたまま扉へと飛び込み、第二部室へ転げ出た。

「ダイ!?」

 第一部室の扉に一番近い位置で作業をしていたユリが、飛び出してきたダイに驚く。

「なに、虫!?」

「え!? さ、殺虫剤!」

 マァとスズメが早とちりして騒ぎ始める。ダイは慌てて「ちがう!」と叫んだ。

「男がっ……知らない男がいた!」

ダイは起き上がろうとしながら叫ぶ。が、腰が抜けているのか上手く身体が動いていない。

 ダイのその言葉に、ニィとシムラが同時に立ち上がり、第一部室へ駆け出した。開いたままの扉の前に、逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。

 シムラが扉の外側にあるスイッチを押して第一部室の電気を点ける。中を覗いて——ニィは呟いた。

「いない」

「え?」

 ダイは思わず聞き返す。シムラも覗き込んで、眉を顰めた。

「……いない、ね」

 部室が静まり返る。

 第一部室に窓はない。いや、正確にはあるのだが、長い間ブラインドが下ろされており、開けていない。開けてそこから逃げるとしても、ここは四階なので無事では済まないだろう。

 埃を被ったブラインドに、上げられた形跡はない。第一部室はいつものように、薄暗く静かだった。

「……隠れてる?」

「ない。いない」

 ニィが中に入って確認するが、やはりどこにも誰もいない。

 他の部員が安心したように息を吐く。

「よかったあ、ダイの見間違いか」

「見間違いじゃねーよ!」

「じゃあ冗談? もー、びっくりするじゃんやめてよー」

「冗談でもないって!」

 ニィは第一部室から出て、ダイをからかう皆には混ざらず、ダイに手を差し出した。

「立てるか」

「お、おう……あ、やっぱ無理、腰抜けて」

 ダイは一旦はニィの手を握ったが、立ち上がれずにその手を放す。ニィは「そうか」と手を引っ込めた。

「……どんな奴だった?」

「え?」

「その男」

「えっと……細くて背高くて……後ろ向いてたから顔はわかんねーけど」

「…………」

 ニィは目を細める。シムラは「もしかしてそれって」と苦笑した。

「幽霊、的な?」

 シムラの言葉に、再び部室がしんとなる。

「……かも、しれない?」

 ダイがシムラを見上げる。マァが「ちょ、ちょっと!」と声をあげた。

「や、やめてよ。ダメだよそんな冗談!」

「冗談じゃねえって!」

「だってそれって、こ、この部室に……」

「……幽霊が出る、ってこと……?」

 サラが怯えながら続ける。

 その場の全員が息を呑んだ。

 冗談だ、と言いたいが、全員先程の慌てふためくダイを見ている。

 未だに立ち上がれないダイを見て、冗談と決めつけられるほどダイに信頼がないわけではなかった。

「新聞持ってきたよー!」

 突然、明るい声と共にマユリが部室へと飛び込んでくる。

「うわびっくりした」

 ハラダがびくっと肩を揺らした。マユリは「なにが?」と首を傾げる。

「シイナが取りに行ったんじゃなかったの?」

「うん。あのね、第五部室の棚にあるよーってそこから取ったら、なんか色々なだれちゃって……シイナちゃんが適当に片付けするから、代わりに持っていってって言われたの」

「なるほど」

「ダイ君ちりとりー!」

 マユリがぴょんぴょん跳ねる。ダイは未だ立てないままだ。

「ニイノ、頼む」

 ダイは言って、ほうきとちりとりをニィに差し出した。ニィは頷いてそれを受け取る。

 自身がぶっ壊したハサミの欠片を、ニィはほうきでちりとりの中に掃いていく。

 他の部員は先ほどの幽霊騒ぎについて雑談しながら、次第に自分たちの作業に戻っていった。

「ねーニィ君」

「なに?」

「マユリが会ったことない軽音楽部の部員って、もういない?」

 マユリが開いた新聞紙にハサミの欠片をざーっと入れながら、ニィは「ん?」た聞き返した。

「あのね、マユリ、中等部も白眉なの」

「へえ」

「でね、なんかそのとき……」

 マユリはそこで一旦黙る。少し口ごもり、「んーと」と躊躇いがちに続けた。

「あのね、ニィ君」

 マユリは新聞紙をくるみ、立ち上がってニィを見つめた。

「ケイ君はどこ?」

 まっすぐにニィの目を見て、マユリはそう言った。ニィは動けなくなる。

「……え?」

「ケイ君。軽音楽部に……いる……」

「…………」

 ケイ。

 そんな呼ばれ方をしている部員はここにはいない。

 ここには、いない。

「……なんで……」

 ニィの口から、言葉がこぼれる。

「なんで、その名前」

 マユリは戸惑うように自分の頬を指先で撫でた。

「あの、むかし……ちょっと喋ったことがある……けど、いなくて。軽音楽部にいるはず、なんだけど、いなくて、」

「いない」

 マユリの言葉を遮って、ニィは言った。

「そんな名前の奴は、ここにはいない」

 強く言って、ニィは立ち上がる。ちりとりをしまいに歩き出すニィの背中に、マユリは「そっか」と呟いた。




2 / 3