白眉学園軽音楽部

第5話.文化祭準備はお化けと共に(11月前半)

 11月になると、各校舎の一階の壁に設置されている大きな掲示板に、文化祭の宣伝のポスターが数多く貼り出される。

 白眉学園の文化祭は、月曜日から金曜日までの五日間を使って行われる。中等部・高等部が合同で行うイベントのため、五日間という期間を盛大に利用するのだ。

 いくつもの部活動やクラスの模擬店などのポスターが掲示板に並ぶ中、男女問わず多くの生徒が集まっている箇所があった。

「志村君だ!」

「乃愛ちゃんかわいー!」

「暁さんかっこいいよね!」

 白眉学園では大人気の部活・演劇部と、服飾科ファッションショーの、それぞれの宣伝ポスターに挟まれた軽音楽部のポスター。

 三枚が並ぶ部分に大勢が固まっている。

 軽音楽部のポスターには、『文化祭全日部室にてライブ』という文字が色鮮やかに書かれ、軽音楽部ドラムパートの三人の写真が掲載されている。

 主に騒がしいのは女子生徒で、男子生徒は静かにスマートフォンを構え、目を惹く三枚のポスターを撮影していた。

「ねえ、二年校舎はギターパートのポスターあるらしいよ!」

「三年はボーカルだって!」

「ほんと!? 見に行こー!」

 他の校舎からやってきた生徒によりそこにいた生徒は散らばるが、今度は新しくやってきた生徒がポスターに群がる。

 昼休みに貼り出されたばかりのポスターということもあってか、放課後の現在も、その賑やかさに衰えはなかった。

「反響すごいねー」

 掲示板から少し離れた場所で、ポスター目当てに群がる生徒を眺めながら、荒巻あらまき翔平しょうへいことショウは呟いた。

「まあ、ビジュアル重視でカッコよくなるように撮影したから、こうなるのは当然といえば当然だけどな」

 平塚ひらつか大也だいやことダイが、ショウの隣で冷めたように言う。

 ポスターの写真撮影は新野にいの涼真りょうまことニィの提案だった。部員が美男美女揃いであることを活かし、パートごとにポスターを作ることで話題にしようということである。

「自信満々だよねぇ、ニィちゃんも」

「別にあいつだけじゃないだろ、美男美女が揃ってるって思ってるのは」

 ダイはちらりとショウを見る。

「マユリの見解は正解だよ。世間一般から見りゃ、俺らは顔が整ってる」

「んー……でも俺は自分のこと、そんなにカッコいい顔とは思わないんだけど」

 ショウはリュックから取り出したポーチの中身を探りながら呟く。ダイは「は?」と眉を顰めた。

「お前鏡見たことねえの? その辺の俳優やらモデルやらでもこんな顔整った奴そうそういねーぞ」

「えーうそだー」

 ポーチから取り出した棒つきキャンディを口に咥え、ショウはへらへらと笑う。

「ダイちゃんだってイケメンじゃん」

「野郎に言われても嬉しくねーよ。ってかそれ咥えたまま喋んな、危ねえだろ」

「でもさー」

 ショウは棒を持ち、飴を口から出す。

「なんでダイちゃんは女の子にキャーキャー言われないんだろーね?」

「お前ぶっとばすぞ」

 悪気なく疑問を口にするショウに、ダイは真顔で言う。

「人気ないってわけじゃないと思うんだけど……やっぱシイナさんにべったりだからかなあ」

「は? べったりじゃねえし」

「べったりでしょー。シイナさんのために、入るつもりなかった軽音楽部にわざわざ入部したくらいなんだから」

「それはシムラが……」

「はいはいはい」

 ぱんぱん、と手を叩く音が後方から聞こえ、ダイとショウは振り返った。

 そこに立っていたのはニィだった。楽しそうな半笑いで、黒歴史ノートを抱えている。

「……なんだよ、次のバンドの話か?」

「それは文化祭終わってから考える」

 ダイの質問に首を横に振り、ニィはふっと笑った。

「誰がどのくらい人気なのか、気になるよな?」

「……は?」

 ニィの問いに、ダイは眉を顰めた。



「文化祭で人気投票をする」

 文化祭ライブについての会議の開始早々、ニィは高らかに言った。

 椎名しいな瑠璃るりことシイナが「人気投票ぉ?」と怪訝そうにニィを睨む。

「なんのために?」

「誰が一番人気があるのか明らかにする」

「えー……やだよぉ」

 香川かがわ沙羅さらことサラが弱々しく呟く。その隣で真壁まかべゆずことマァが「やだー!」と同意するように言った。

「それで最下位になったらどうするのさ!」

「大丈夫。ランキングとして公開するのは上位10名だけとかにするから」

「そこに入ってなかったらショックだよ! ニィ君は自信あるかもだけど……」

「いや、俺も自信はないよ」

 ニィはあっさり言って、「だって」と隣にいた志村しむら真貴まきことシムラの肩を掴んで引き寄せる。

「シム君がいるから」

「えっ」

 突然話を振られたシムラは戸惑うようにニィの顔を見上げる。シイナが「そうね」とニィを睨みつけた。

「あんたがシムラ君に勝てるわけないものね!」

 ニィをびしっと指差す。シムラは「そ、そんなことは」と俯いた。

「青春アルテミスで活動初めてからファンが一気に増えたし、俺なんかよりニィさんのほうが顔も声もカッコいいし……」

「まあね」

「ドヤ顔してんじゃねー!」

 にやりと笑うニィに、シイナがツッコミを入れる。

 すると唐突に、小森こもり鈴芽すずめことスズメが「はいはい!」と手を挙げた。

「男女混合で投票してもらうの?」

「そう考えてる」

「えっそうなの? おいおいニイノ、お前知らんぞ? シイナが一位かっさらっちまうぞ?」

 シイナの隣に立っていたダイが、シイナに肩を組む。

「おい離れろバカ、触んなボケ」

 シイナが片手で軽く拒否をすると、ダイは「ぐぇ」と唸りながら離れる。

「ねね、人気投票って、どういう基準で投票してもらうの?」

 坂口さかぐち繭璃まゆりことマユリが、線川せんかわ千鶴ちづることラインに後ろから抱きつきながら、ニィに問う。

「基準とは?」

「顔が好きだからとかファンだからとかの理由で投票してもらうのか、ライブを見てから技術的に評価してもらって投票してもらうのか、って話でしょ」

 マユリの隣で腕を組みながら、あかつき華月かつきことカツキが、マユリの代わりに答える。マユリはぱっと笑顔になった。

「そう! カツキちゃん、マユの言いたいことわかってくれてる!」

「別にあたしは……ちょっと抱きつかないでってば!」

「すっかり仲良しだね〜」

「仲良しじゃない!」

 嬉しそうなスズメの言葉を、カツキは必死に否定する。

 ニィは「そうだな」と少し考える素振りを見せてから、黒歴史ノートをちらりと見て、顔を上げた。

「どっちもやろう。上手いと思った奴と、推しと。どっちにも投票してもらう」

「投票日は? っていうか、そもそもライブの詳しい日程すら決めてないのに、そんな話進めても仕方ないよ」

 百合原ゆりはらみどりことユリの言葉に、ニィは黒歴史ノートを開き、書いてあることを確認する。そして、「じゃあ、提案として」と続けた。

「ライブは五日間だから、最初の三日間を『青春アルテミス』『朱夏ヴィーナス』『白秋ヘルメス』が一日ずつもらって単独ライブ。四日目に他バンドが演奏して……」

「ちょっと待った」

 ユリがニィの言葉を止める。ニィは素直に口を閉じた。

「それは、黒歴史ノート関連のバンドを贔屓しすぎじゃない? この三つに所属してない部員だっているんだから」

 ユリの言葉に、自然と部員達の視線がある二人に集まる。

「……あっ、私か!」

「…………」

 腰までの長い髪を二つに結んだ女子生徒、古賀橋こがはし牡丹ぼたんことボタンは、自分がユリの言う部員のひとりであることを把握し、にこっとはにかんだ。

 ユリの言葉の対象であるもう一人の男子生徒、山梨やまなし小豆あずきことアズキは、無言無表情のまま、じっとニィを見つめている。

 ニィはボタンとアズキを順番に見てから、「んー」と額に指を当てた。

「……そう……かも、しれない」

 ニィには珍しく眉を顰め、息のような声で呟く。

「……ニィ君の提案は確かにいいと思うけど、皆が均等に活躍できないのはやっぱりダメなんじゃないかな……」

 マァの言葉に数人が頷く。ニィは右手に持っていた黒歴史ノートを、バサッと床に落とした。

「……?」

 シムラがニィの顔を覗き込む。握る物を失ったニィの右手が、手探りするように空を掻いた。

「……ニィさん」

 シムラはニィの右手をそっと握る。ニィはハッとしたようにシムラを見た。

「シ……ム、くん」

「……」

 シムラは不安そうにニィを見つめ、ニィは眼鏡越しのシムラの瞳の奥を、何かを探すように見つめる。

「……ちょっと、いきなり見つめ合わないでくれる?」

 むっとしたシイナが腕を組みながら指摘する。その声に、ニィは我に返った。

「あ……と、えっと」

 ニィは慌てて床からノートを拾い上げる。シムラの手が握る物を失った。

 焦るようにノートをパラパラと捲るニィを見て、ボタンが「はいはいはーい」と挙手する。

「私はいいよ、ニィの提案したやつでも」

「えっ」

 明るく言うボタンに、ニィを含めた数人が声をあげる。

「だって私も一応バンド組んでるし、四日目にはちゃんと出れるんでしょ?」

 「それならいいよ〜」とボタンはニコニコ笑う。

 アズキも肩くらいの高さまで手を挙げて「俺もいいよ」と頷いた。

「ホントに? 黒歴史ノートのバンドは、一日ずつ占領しちゃうのに?」

「ちょっとでも出れたら私は満足だなぁ」

「人気投票も興味ないし」

 ユリの確認の言葉に、二人は無頓着そうに答える。マァが「それならまあ」とニィへと振り返った。

「ニィ君の提案を採用しても大丈夫、かな?」

 マァが全員に向けて、確かめるように問い掛ける。反対意見はもうなかった。

 ニィはホッとしたように、小さく溜息を吐いた。



 話し合いの末に決定した投票のシステムはこうだ。

 投票箱はひとつ。票は一日一人二票まで。赤色の用紙はビジュアル、青色の用紙は技術をそれぞれ重視し、いいと思った部員の名前を書いて投票箱に入れてもらう。

 五日目は四日目までの投票で最も票を集めたバンドが再びライブを行う。

 最終的にビジュアル票・技術票を合算してランキングを出す。

 ニィの提案をもとに、皆で意見を出し合い決めた、文化祭投票の仕組みである。

 投票のシステムが決まったが、これで話し合いが終わりというわけではなかった。

 五日を通す全体的なステージのイメージ、装飾、演出。それに沿った宣伝の仕方。

 一時間ほど会議を続け、全員の意見を取り入れながら枠組みを作っていく。

「じゃあここまでのまとめ!」

 話し合いのキリがいいところでユリが声を張った。

「テーマは『四季』! 一日目から一日ずつ『春』『夏』『秋』『冬』を、五日目はまだ決まってないけどとにかくキラキラを、それぞれイメージして演出とか装飾を考える」

「生徒会から渡された文化祭用の費用は一万円。これで装飾とか用意すること!」

「衣装は生徒会に届けを出せば自由にしていいから、バンドごとに服装を変えるのもアリ、と。こんなとこかな?」

 ユリとマァがまとめる。ニィは頷いた。

「装飾については明日また話し合うとして、今日はもう練習に入ろうか」

 マァが壁掛け時計を見て言う。残りの部活時間は一時間とあと少しだ。

「初めての文化祭ライブ、成功させるために明日からまたがんばろー!」

 ユリの気合のこもった掛け声に、部員は「おー!」と返した。




1 / 3