白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第3話.新入部員・坂口繭璃(10月前半)

 部活動が始まるまでまだ30分以上時間がある中、第二部室の隅に置かれたテーブルにふたりの男子――否、男女がひとりずつ隣り合って座っていた。

「ギリシャ神話とローマ神話があるんだよ」

 志村しむら真貴まきことシムラは、数学のプリントの裏の白紙部分に、シャーペンでオリュンポス十二神の名前を書き連ねながら言った。

「俺が知ってるのは主にギリシャのほうだけだから、ローマのオリュンポス十二神は名前わかんないんだよね」

「ほーん」

 新野にいの涼真りょうまことニィは、シムラの手元を覗き込みながら相槌を打った。迷いなく書かれていく神様の名前に、ニィは欠伸を浴びせる。

「ふわあぁ」

「ちょっとうつるからやめ……ふぁあ」

「こんなん見てたら眠くなるよ」

「眠くなんないよ。神話面白いよ」

「神様の名前より日本の歴代総理大臣の名前覚えたほうが役立つと思う」

「歴代総理大臣面白くないじゃん……」

 二人が普段通りのテンションでやりとりをしていると、第二部室の扉が外側からノックされた。

 二人は顔を見合わせる。部員ならノックはせずに普通に扉を開けて入ってくるはずだ。顧問や他の教師も同様である。

「どちらさんですか」

「ニィさん、防音カーテンあるから言っても外には聞こえてないって」

「そうだった。じゃあ俺今対応したから、次シム君の番ね」

「押し付けるの上手いな……」

 シムラは渋々立ち上がり、扉がある位置のカーテンをそっと開ける。

 扉の小窓の向こうに、ツインテールの女子生徒がこっちを見て立っていた。



坂口さかぐち繭璃まゆりです! 今日から軽音楽部に入部することになりましたあ!」

 両手でピースをしながら、甘ったるい声で女子生徒、坂口繭璃は言った。

 高等部から白眉学園に入学してきた普通科の一年生で、軽音楽部に入部する旨を先に教師や顧問に伝え、手続きを済ませてからやっと部室に挨拶に来たのだという。

 その経緯を話す坂口繭璃の様子を見て、坂口繭璃を囲むように立つ部員達の間に、何かを察したような空気が流れた。

「なんか、……」

「ちょっと気持ち悪いね」

 何かを言いかけて黙ったニィに、荒巻あらまき翔平しょうへいことショウがニコニコと笑いながら爽やかに言う。

 坂口繭璃は「やーん」と恥ずかしそうに頬に手を当てた。

「言われ慣れてますう」

「じゃあ治せよ」

 あかつき華月かつきことカツキが冷静にツッコむ。その冷ややかな声に、坂口繭璃は「え~」と自らの肩を抱いた。

「皆そんなに怖い顔しないでよぉ。マユリが可愛いのがそんなにイヤですか?」

「何だろう、すごく殴りたい」

「落ち着けシイナ、シイナのほうが可愛いに決まってるんだから」

 笑顔で呟いた椎名しいな瑠璃るりことシイナに、平塚ひらつか大也だいやことダイが諭すように声をかける。坂口繭璃は「あはっ」と甲高い声で笑った。

「ふたりは付き合ってるの?」

 坂口繭璃はシイナとダイを交互に指差して首を傾げた。ダイが「もちろん」と頷くが、シイナの拳がダイの腕に炸裂する。

「付き合ってないよ。あたしはシムラ君が大好きなの」

「へ〜? えっとえっと、シイナちゃんで、ダイくんで、シムラくん?」

 坂口繭璃は、シイナ、ダイ、シムラの順に指を差しながら、名前を確認していく。その問いかけに、シムラは「そうだけど……」と戸惑った。

「知ってるの?」

「知ってる! マユリ、軽音楽部のバンドのファンだもん!」

 坂口繭璃は屈託のない笑顔で頷く。ニィが「ほう」と興味を持ったように顔を上げた。

「この五人が青春アルテミスで、この五人が朱夏ヴィーナスでしょ? やっぱり顔立ちが整った人ばっかりだね〜」

 坂口繭璃は、自分を囲う半円の中に混じる五人の塊をそれぞれ指差して、ウキウキしたように言う。

「マユリね、軽音楽部になら居てもいいかなって思ったの!」

「え……? どういう意味?」

 中川なかがわ乃愛のあことノアがきょとんとした表情で問うと、坂口繭璃は困ったように笑った。

「マユリ、可愛いからいつも仲間外れにされちゃうの。だから、軽音楽部なら大丈夫かなって思ったんだぁ」



「どう思う?」

 部活開始から数分後、第五部室に集まっていたメンバーに、カツキは問い掛けた。

「どう思うって?」

 小森こもり鈴芽すずめことスズメが、ベースを取り出しながら聞き返す。カツキはスティックをくるくる回しながら「坂口繭璃」と呟いた。

「んーまあ、ぱっと見ぶりっこだよね」

 篠原ささはらもなかことモナカが、ギターのチューニングをしながら苦笑する。

「ぱっと見っていうか……まああれを一言で形容するならぶりっこだね」

「だよねっ。でも悪い子ではなさそう」

 スズメとモナカが頷き合う。

「そう? ……なんか厄介者って感じだけど」

「ちょっと雰囲気は独特だよね」

「独特っていうか……あたしああいうのあんまり……」

 カツキは溜息混じりに言いながら、黒板前の椅子に座っている女子生徒、線川せんかわ千鶴ちづるに目を向けた。

「ラインは?」

 線川千鶴ことラインは、首に巻いた首輪を指先で撫でながら、視線を床に向けたまま、口を開いた。

「いじめられっこ」

「……いじめられっこ?」

 眉を顰めるカツキに、ラインは頷く。

「それってどういう……」

「うーっす。四人居る?」

 カツキの声を遮るように、ニィが扉を開け室内に入ってきた。カツキはニィを睨む。

「今ガールズトークしてるんだけど」

「ん? 恋バナ? それか同性の影口?」

「悪いけど、今ここ男子禁制の花園だから」

「何それ女子トイレ?」

「肯定したら出てってくれんの?」

「部室を勝手にトイレにするなよ……」

「トイレって言ったのてめーだろうが!」

「うわ怒った。こわ」

「まあまあカツキちゃん落ち着いて。で? ニィくんどうしたの?」

 今にも殴りかかりそうなカツキを宥めて、スズメはニィに問い掛ける。ニィは「ああ、うん」と頷いた。

「じゃーん」

「はっ! それはまさか、噂の黒歴史ノートとかいうやつでは!?」

 ニィが背中に隠していたノートを見せびらかすと、スズメが表情を輝かせて反応した。カツキとモナカが首を傾げる。

「黒歴史ノート?」

「なにそれ?」

「青春アルテミスと朱夏ヴィーナスの誕生のきっかけになった、謎大き何者かの黒歴史が詰め込まれたノート! だよね!」

「そう」

 嬉々として語るスズメに、ニィはこくんと頷いた。

「君ら四人、カラクリアサヒに話がある」

 『カラクリアサヒ』とはライン、モナカ、スズメ、カツキの四人のバンドの名前だ。少し前に結成しバンド登録用紙を部長の百合原ゆりはらみどりことユリに提出していた。

「わー。よくバンド名覚えてたね。私たちまだ一曲も曲仕上げてないのに」

 モナカが驚いたように言う。ニィは真顔のまま「どや」と呟いた。

「話って?」

「青春と朱夏の誕生秘話については皆知ってたりする?」

 ニィは訊きながらノートを開いた。

 スズメが「はい!」と挙手をする。

「そのノートに書いてあった理想のバンドを実際に組んでみようって話だよね?」

「まあ大体正解」

「わーい!」

 スズメは大きくバンザイをする。カツキは腕を組み、眉を顰めた。

「理想のバンド?」

「そう。第一部室の本棚の奥から見つかったノートなんだけど、これに昔の部員の理想のバンドが四つ書かれててさ」

「……なるほど。四つのうち二つが、青春と朱夏ってことね」

「そうそう。で、三つ目のバンドについて、なんだけど」

 ニィはあるページを開いて四人に向けた。

「『白秋バンドの条件』」

 これまで黙っていたラインが突然、椅子に座ったまま呟いた。全員の視線が、ラインに向く。

「五行?」

 ラインは首を傾げる。ニィは驚いた様子で「あ、うん」と肯定した。

 ラインは立ち上がると、ニィに歩み寄り、ノートに顔を近付けた。

「……『既存のバンドの中に新しい顔を入れつくられたバンド。全員が女子で、同い年。各々の個性が強く、テーマは一定でない。』……ほとんど私たちのことだね」

 ラインはちらりとニィを見上げる。ニィは「まあね」と答えてノートを閉じた。

「このバンドを、君らで組んでほしい」

「ちょっと待ってよ。新しい顔ってまさか」

 カツキがニィを睨みつけ、問う。

「……坂口繭璃のことじゃ」

 ニィは真顔のまま右手の人差し指と親指でマルをつくった。

「大正解」

「嫌」

 カツキは食い気味に声を張る。スズメが、「なんで!?」とカツキに振り向いた。

「青春と朱夏と対立するバンドが組めるかもしれないのに!」

「そうだよカツキちゃん、こんな楽しそうな企画みたいなことに参加出来るんだし、繭璃ちゃんも悪い子じゃなさそうだし……」

「悪い子じゃなかったら、なんで仲間外れにされるの? あの子自分で言ってたじゃん、「いつも仲間外れにされる」って」

 スズメとモナカは声を詰まらせる。確かに坂口繭璃は自分でそう言っていた。

 ここまでの会話から、カツキが坂口繭璃を良く思っていないことは明らかだ。誰もそれ以上坂口繭璃をフォローすることが出来ず、黙り込む。

 第五部室がしんとする。張り詰めた空気の中、柔らかな声が言った。

「……私はいいよ」

 ラインだった。ラインはそれだけ呟くと、踵を返し、先程まで座っていた椅子に座る。

 そして、再び静寂。

 誰も言葉を発しないまま、数十秒が過ぎた頃。ニィが「とりあえず俺、青春の練習あるから行くわ」と、開けたままだった扉から、廊下に出た。

 ニィは扉を閉めて、ちらりと左下に視線を落とす。第五部室と第四部室の境の壁に凭れながら、坂口繭璃が体育座りをしていた。

「……聞いてた?」

 ニィが囁くような声で訊く。坂口繭璃は、真っ直ぐ前を見つめたまま、頷いた。

「……あのね、マユリ、可愛いんだ」

 坂口繭璃は震えた声で言った。

「だから、仲間外れにされちゃう」

 泣きそうな表情の坂口繭璃に、ニィはある人物を重ねる。

「だから、軽音楽部ならって、思ったの」

 ニィは坂口繭璃を見下ろしながら、しかし別の少女を見ていた。

 黒い短い髪と、涙に濡れた表情。そして、「どうしたらいいの」と迷う声。

 すべてが坂口繭璃とは一致しない。だが、それでも、ニィの中で少女と坂口繭璃ら同じ『弱さを抱えた人間』だった。

「……今月中」

 ニィはぼそりと言った。坂口繭璃はそっと顔を上げる。

「今月中にバンドが組めなかったら諦めろ」

 柔らかい声が、坂口繭璃の心に刺さる。

「どういう、意味……?」

「変わりたくないんだろ?」

 ニィの言葉に、坂口繭璃は目を見張った。そして、泣きそうに表情を歪める。

「自分が変わりたくないなら、周りを変えるしかない。状況を変えてみろ。所じゃなく、その場の流れを」

「……そんなの、できないよ」

「できた人間を俺は知ってる」

 ニィは坂口繭璃の腕を掴むと、無理矢理に立ち上がらせた。

「クリスマスまでにバンドを揃えたい。俺に協力してくれ」

 ニィは坂口繭璃の目を抉るように見つめ、言った。

 坂口繭璃は濡れた目と不安そうな表情で、それでも小さく頷いた。