白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第2話.朱夏ヴィーナス(9月後半)

 薄暗い第二部室。

 照明で照らされたステージ。

 第二部室の扉の前には『定期ライブ中』の立て看板。

「志村くーん!」

「新野くんこっち向いてー!」

「翔平くんかわいいー!」

「きゃー!」

 女子の歓声が溢れる中、ステージ上の新野にいの涼真りょうまはマイクを握って言った。

「初めまして。青春アルテミスです」



 定期ライブの翌日、第三部室にて。

「奴らを野放しにしておいていいのか!」

 椎名しいな瑠璃るりことシイナは右手で黒板を叩いて怒鳴った。

「青春アルテミス! 新野涼真率いる、1年軽音楽部のイケメンが集ったバンド! 突然現れて昨日の定期ライブであの人気! あのまま放っておいていいの!?」

「……シィ、わかったら落ち着こ?」

 呆れ気味に宥めたのは、小柄な女子生徒、真壁まかべゆずことマァだ。自分の身長とそう変わらない大きさのベースケースを前に、床に座っている。

「落ち着けるわけないでしょ! シムラ君はとられるわ、メンバーにダイが居るわ、もうすっごい腹立つ!」

 シイナは地団駄を踏みながら言うが、防音カーペットの敷かれた床は、ぼふぼふという柔らかい音を立てるだけで、何の迫力も感じさせない。

「ていうかなんなのよあの人気! 新野涼真ってあんな人気なの!? ショウちゃんってあんな人気なの!?」

「だから落ち着きなってばー」

 マァは溜め息混じりにシイナを宥めるが、シイナは「わけわかんない!」と頭を抱えて床に崩れ落ちた。

「シムラ君はわかる! シムラ君はわかる! カッコいいし優しいし王子様だし! でも他はわからない! 特に新野涼真!!」

 そう叫ぶシイナに、椅子に座っていた女子生徒、百合原ゆりはらみどりことユリは笑いながら言う。

「シイナは服飾デザイン科で普通科とはほぼ隔離状態だから知らなかっただろうけど、ニイノ君とショウちゃんって女子からすごい人気なんだよね」

「あの二人どっちも顔だけでしょ! どこに女子からの人気要素があるの!? 顔が良ければいいの? それでいいの!?」

 シイナは床をぼふぼふ叩きながら嘆いた。そのすぐ横でギターケースを背負って立っていた女子生徒、香川かがわ沙羅さらことサラが、ギターケースを床に下ろしながら口を開く。

「ニィ君はクールな表情と淡々とした喋りが女子ウケしてるみたいだよ。ショウちゃんは真剣な時の雰囲気と、普段のよそゆき対応のギャップがイイみたい」

「世の女子はそんなものがいいのか! どう考えてもシムラ君のほうがいいのに!!」

「好みは皆バラバラだからね〜。シムラ君も人気だったから、昨日のライブ盛り上がったわけだし」

 椅子に座って練習パッドを叩いていた女子生徒、中川なかがわ乃愛のあことノアが、柔らかく笑って言う。ノアの言葉に、シイナはゆっくり立ち上がった。

「……そう。そうなの。いくらイケメンって言っても、シムラ君より人気なはずない……あの中じゃシムラ君が一番人気なんだから」

「まあでもあの盛り上がりはカッコいいだけじゃないよね。あれ演奏上手いよ。ハラダは上達してたし、ダイも途中からの入部なのにすごい上手だったし」

「ダイが上手いのは当たり前でしょ。中学の頃からあたしと練習してたんだから」

 ユリの褒め言葉に、シイナは唇を尖らせて拗ねたように言った。そして「でもまあ」と続ける。

「確かに上達はしてた。ハラダなんて最初はボロボロだったのに……ダイもカッティング上手くなってたし」

 シイナは腕を組んでぶつぶつと呟く。その姿に、マァが「で、シィ」と声を掛けた。

「わざわざ第三部室借りて私達を集めたってこもは、ちゃんとした話があるんでしょ?」

 シイナは「うん」と大きく頷いた。

「昨日の定期ライブで、3年生が完全に引退したでしょ」

「うん」

「これからの軽音楽部の行く先は、1年生に託されてるってわけ」

「うん」

「で、3年生の引退を押し進めるように青春アルテミスが登場した」

「うん」

「……放っておいていいのか!」

「あーわかったわかった。わかったからもうヒートアップしないで」

 再び声を張るシイナに、四人は両手で制すようにそれを宥めた。マァが小さく溜め息を吐く。

「つまり、ニィ君たちに立ち向かえるバンドを組みたいってことね」

「わかってるなら話が早い!」

 シイナはぱちんと指を鳴らす。床に置いていたギターケースから自身のストラトを取り出し、ストラップを肩に掛け、近くの椅子に片足を乗せる。

「バンド、組もう!」

 シイナは決め顔で言う。そんなシイナに、四人は顔を見合わせた。

「……どうしたの皆。なんでちょっと怪訝な表情してるわけ?」

 四人の空気に気付き、シイナは眉を顰めて問い掛ける。ユリが「いや」と口を開いた。

「ニイノ君が言ってたから」

「何を」

「このメンバーでバンド組めって」

「はぁ? あいつが? なんで?」

「それはよくわからないけど、でもユリだけじゃなくて、皆も言われてたみたいだから、今こんな空気になってる」

 ユリの説明に、シイナは首を傾げた。一旦ギターをケースの上に置き腕を組む。

「わけわかんない。あたしそんなこと一言も言われてないんだけど」

「知ってる。もしシィがニィ君本人にそんなこと言われてたら、天の邪鬼発動して逆に組もうなんて言い出さないだろうから」

 マァの言葉に、シイナは頷く。

「あたしあいつ嫌いだもん。命令されて聞き入れるわけないし。……でも皆は言われてるわけよね……何あいつ、何考えてんだろ」

「教えてやろうか」

 突然低い声が室内に響いた。五人ははっとして声のした方向へ振り向く。

 第三部室の前方出入り口が開け放たれて、新野涼真ことニィが立っていた。右手にボロボロのノートを持っている。

「女子が集まってる密室によく無言で入ってこれるな、てめー」

 シイナは刺々しい口調で言ってニィを睨みつけるが、ニィはその言葉も視線も気にすることなく第三部室に足を踏み入れてくる。

「君らに話があるから来た」

「話?」

「そう。君らが組む、朱夏バンドについて」

「シュカ?」

 ノアが首を傾ぎ、ニィの言葉を復唱する。ニィは「そう」と頷き、右手のノートを軽く掲げた。

「これ、何かわかる?」

「はい! ハラダの中二ノート!」

「惜しい」

「はいはい! ダイ君の中二ノート!」

「惜しい」

「はーい! ショウちゃんの中二ノート!」

「中二ノートは合ってるんだけど」

 ノアとユリとマァの解答にニィは半笑いになる。シイナが鋭い口調で「なんだよ?」と問う。

「第一部室の本棚の奥から見つかった、昔の部員の黒歴史ノートだよ」

「何それ見たい見たーい!」

 ユリがはしゃぎ始める。マァとノアの目もキラキラし始めた。

「まあ第一発見者は俺なんで、現状ノートの持ち主は俺ですから。見せないよ」

「けち!」

「けちでーす」

 マァの罵倒を、ニィはあっさり肯定する。サラが不安そうに「黒歴史ノートが何?」と訊くと、ニィは「あぁ」とノートを開いた。

「まずノートの中身についてなんだけど」

「うん」

「書いてあるのは概ね、ノートの元持ち主の理想のバンドについてと思ってくれていい」

「その言い方だと、他にも色々書いてあるんでしょ?」

「まあそれは追々」

 マァの質問をかわし、ニィはあるページを開いて五人に見せた。

「ノートに書いてある理想のバンドは四つ。そのうちのひとつが青春アルテミスだ」

「ノートに書いてあったバンドを作ったってこと? ニィ君たちが?」

「そう」

「なんで?」

「ただ漠然とバンドを組むより、こういうの使ったほうがなんか面白いでしょ」

 すらすらと答えるニィに、シイナはふんと鼻を鳴らす。

「とか言って、腹黒いあんたのことだから、ノートの持ち主に恥かかせようとか思ってるわけでしょ」

「さすがシイナさん、俺をわかってる」

「あんたのことをわかっても嬉しくないし、それどころか吐き気がする」

「なんで俺こんな嫌われてんだろ。別にいいけど」

「シィはシムラ君のこと大好きだからねー。ニィ君にとられて悲しいんだよ」

「へー」

 マァの言葉を聞き、ニィはシイナのほうを見て口角を上げた。

「とったったわ」

「その低音ボイスが甲高い悲鳴をあげるまで殴るぞ」

「こわっ。あの子ほんとに女の子ですか?」

 低い声で攻撃予告をするシイナに、ニィは真顔のまま怖がった素振りを見せる。マァは淡々と「シムラ君の前だと乙女なんですけどねー」と答えた。

「で? その理想のバンドがなんなの?」

「ここに書いてある朱夏バンドを君らで結成してほしいわけですよ」

「敬語キモいからやめろ」

「敬語使ってキモいって言われる俺ってどうなの」

「嫌われてるんだよニィ君、諦めなよ」

 真顔のまま呟くニィに対し、マァが慰めの言葉をかける。

「いや傷付いてないから大丈夫だよ? てか何なのその雑なアドバイス」

「そもそも朱夏バンドって何? まずシュカって何?」

 ユリの疑問に、ニィは「それはー」と答えかけてやめた。

「説明するの怠いからそこは省いていい? 後でシム君にでも訊いて。シム君詳しいよ」

「訊く〜!」

 シイナの表情がぱっと明るくなる。突然のテンションの変化に、ニィは「おぉ」と若干後退った。

「名前出しただけでこれか」

「シムラ君と話す理由ができて嬉しいんだよたぶん。それで? その朱夏バンドを私達に組んでほしいっていうのはわかったけどさ、『朱夏バンドの条件』って書いてあるけど、これちゃんと私達に当てはまるの?」

 ニィの掲げたノートを見て、マァが質問をする。ニィは頷いた。

「ちゃんと君らに当てはまるの」

「条件って何? なんて書いてあるの」

「まあまあ。音読するから聞け。えー『朱夏バンドの条件。全員が美少女。演奏が上手くビジュアル面でも多くの人間から愛される』……おしまい」

「何その条件」

 シイナがむっとする。

「全員が美少女で演奏が上手い? 何それ、わけわかんない」

「条件当てはまってるでしょ」

「あたしらが美少女って言いたいわけ?」

「君らが美少女って言いたいわけ」

「やだ〜ニィ君キモい」

「ファン30人越えしてる人間が女子褒めて言われる言葉がこれかー」

 ノアの辛辣な感想にニィは半笑いで言う。サラが「30人!?」と目を見張った。

「多くない……?」

「まだ増えるよ。ショウちゃんとかシム君のファン奪うつもりだし」

「シムラ君からファン奪えると思ってるとか愚か過ぎて罵倒文句すら浮かばない」

「シイナさん、それ罵倒文句です」

 ニィは淡々とツッコミを入れる。

「君ら皆上手いし可愛いし、条件は満たせるでしょ。よかったらバンド名に『朱夏』って入れてもらえませんかね」

 ニィはノートを閉じて五人に言う。五人は顔を見合わせた。

「……別にいいよって人ー」

 ユリの声に、シイナ以外の四人があっさり挙手する。四人とニィの視線が、シイナへと集まった。

「…………」

 シイナは腕を組んで少し考え込む素振りを見せた後、口を開いた。

「……元々、対立して組むつもりだったし。いいよ、朱夏でも」

「おお。意外とあっさり承諾してくれた」

 驚いたようにニィが目を見張る。シイナはニィを睨みつけた。

「同じ土俵に立ってやるっつってんの。朱夏って入れるなら他にどんな言葉くっつけてもいいんでしょ」

「いいよ。いいけど、一応言っとくとうちのアルテミスは神様の名前だよ。月の神様とか言ってたような……」

「神様、ね」

 ふむ、とシイナは相槌をうつ。

「あ、そういやシム君が、美の女神はアフロ……なんとかみたいなこと言ってたよ」

「美の女神? 何それちゃんと思い出せよ。美少女のバンドなんだったら美の女神の名前つけたほうがいいじゃん」

「でもアフロなんとかだよ。微妙じゃね」

「微妙だけど……美の女神なんでしょ。おい新野涼真、さっさと思い出せや」

「ちょっと口調乱暴、怖い怖い」

 怖がる様子もないまま「怖い」を連呼するニィに、マァが「んー?」と首を傾げた。

「美の女神って、アフロなんとかじゃなくてヴィーナスじゃないの?」

「ヴィーナス? ……いやでも神話オタクのシム君が間違えるとは思えないんだけど」

「それは私も思うけど……でも、美の女神はヴィーナスだと思う」

「確かにヴィーナスって聞いたことあるね」

「じゃあもうヴィーナスでいいじゃん」

 シイナの投げやりな言葉に、一瞬部室内がしんとなる。一呼吸おいてから全員が一斉に呟いた。

「『朱夏ヴィーナス』?」

 六人の声が、綺麗に重なった。