白眉学園軽音楽部

木村(5)
@RiatoH3PO4

第1話.青春アルテミス(9月前半)

志村しむら君、これ差し入れです!」

「来週の定期ライブ楽しみ〜!」

「今日も部活頑張ってー!」

 十数人の女子生徒と黄色い声に囲まれた黒縁眼鏡のショートカットは、優しく微笑む。

「ありがと。頑張るね、楽しみにしてて」

 志村真貴のその笑顔に、女子生徒達は歓声をあげた。



 志村真貴ことシムラは、大きなリュックを背負い直して、差し入れされたお菓子が詰め込まれた袋を抱えながら、第二部室の扉とその部屋中を囲うカーテンを開けた。

「うぃーす」

「やっと来た」

「うおっ」

 カーテンの向こう目の前に、同級生であり同じ部活の部員である男子生徒・新野にいの涼真りょうまが仁王立ちをしていた。思わず声をあげ、後退る。

「え、ニィさん? なに?」

「シー。ちょっとこっち、こっち」

 新野涼真ことニィに腕を引かれ、シムラは引き摺られるように奥へ連れて行かれる。

 ニィは第二部室の奥の、倉庫こと第一部室へと通ずる扉を開けると、シムラを中へ突き飛ばした。シムラは一瞬バランスを崩すが、すぐに立て直し呆然とする。

 薄暗い電灯の点いた狭い第一部室に、男子生徒が三人、輪を作って床に座り込んでいたのだ。

「あ、シムたんちーっす」

「よっす」

「ちわっす。やっと来たか女誑し」

 大量の雑誌や本が散乱した第一部室に、シムラは混乱した様子で「え……うぃーす……?」と右手を軽く上げた。

「ど、どしたん……?」

 本が詰め込まれていたはずの本棚は綺麗に空っぽだ。床に散らかっているこれらが、元々そこにしまわれていたものだろう。

 状況把握に精一杯のシムラのリュックを、ニィがぐっと押した。

「入って。話がある」

「え……あの、他の皆は」

「第三部室で談笑中。部活始まるまでまだ時間あるから、そこは安心して」

 ニィに促され、シムラは紙袋を抱えたまま第一部室の奥へと歩を進める。本が置かれていない空いたスペースにリュックを下ろし、輪の一員に加わるように床に座った。

 ニィはシムラの右隣に座って、やはり輪の一部になる。ニィは右手を差し出した。

 ニィの右隣に座る男子生徒・荒巻あらまき翔平しょうへいことショウが、一冊のノートをニィが差し出した手に置いた。普段からにこやかだが、今はそれ以上に楽しそうにニコニコしている。

「なにそれ」

 見慣れないノートに、シムラはそう訊く。随分古いもののようで、色褪せていてボロボロだった。

「黒歴史ノート」

 シムラの左隣に座る男子生徒・原田はらださきことハラダが、ぽつりと呟くようにシムラの疑問に答える。シムラの目がノートからハラダに向いた。

「黒歴史? ……誰の?」

「昔の部員の、だと思う」

「『だと思う』じゃない。確実に昔の部員の黒歴史」

 ニィが強い口調でハラダの言葉を正す。

「昔の部員の黒歴史ノート……?」

「そう」

 ニィはパラパラとノートを捲りながら呟くように返事をし、ノートをぱたんと閉じた。

「今日の朝教室に安岡が来て、俺に「倉庫を掃除しろ」って命令してきた。本棚に入れてあるボロボロで読めないスコアとか雑誌とか処分するからまとめろって」

 安岡とは、軽音楽部の顧問の名前である。40代の女性教員で、口を開けば愚痴と嫌味しか言わないその性格ゆえ、生徒からはあまり好かれていなかった。

 「私の仕事が増えるから、軽音楽部なんて早く潰れろ」という旨の愚痴を、部員の姿を見る度に喚いている人間である。部員は皆、彼女に対して苦手意識を抱いていた。

「で、本棚の中身全部出したらそのノートを発掘したと」

 ショウとハラダの間に挟まれて座っている男子生徒・平塚ひらつか大也だいやことダイは、ニィが持つノートを指差して説明した。シムラは相槌を打つ。

「まあ中身は中二臭い文章だったわけなんだけど」

 ニィは言いながらノートを開き、数ページ捲ってシムラに手渡した。

「なに? 読むの?」

「うん」

「えと……『青春バンドの条件』」

 シムラが音読するとニィは「そう」と頷き首をパキパキ鳴らした。

「ざっくり言うとそのノートには、中二病を患った人間の『理想のバンド』がつらつらと書かれてる」

「理想のバンド?」

「うん。シム君は五行説わかるよね」

「えーと、中国の哲学だっけ?」

「そう。全てのものは五つの元素から成って循環する、みたいなやつね。いやーシム君は話がわかるなー」

 ニィの棒読みに、ショウたちが一斉に俯く。シムラは苦笑した。

「それで、五行説が何?」

「あぁうん。五行説の季節のやつわかる?」

「色と季節のやつだよね? 青春、朱夏……白秋……玄、冬?」

「そうそう。その四つがテーマに、それぞれ理想のバンドが書かれてるわけよ」

 その言葉に、シムラは手元のノートに目を落とした。走り書きのような、しかし綺麗な字で『青春バンドの条件』、そしてその下に羅列された文章。

「『全員が整った顔立ちをしている。女子に人気で、ビジュアル面でも演奏面でも多くの人間に愛される。』……何これ」

「何なんだろうね」

 文頭を音読したシムラの感想に、ショウが苦笑いで同意する。

「『神様に触れたことのある人間が居る事が大前提。』って……わけわかんないし」

「そこから先は中二病全開なことしか書いてないから。とりあえず重要なのはここ」

 ニィはシムラに肩を組むと、先程シムラが音読した最初の部分を指差した。

「え、これが何?」

「……シム君さ、今3年生とバンド組んでるじゃん?」

「組んでる……けど来週の定期ライブで解散だよ。3年生引退だもん」

「うん、知ってる。で? 新しくバンド組む予定はあるの?」

「今のところは多分ない、かな」

「多分って何だよ」

 ハラダがぼそっとツッコむ。

「いや、シイナさんに……あ、これ内緒だ」

「は!?」

 言いかけて自分の口を手で塞いだシムラにダイが過剰に反応する。

「何お前、シイナに誘われてんの!?」

「……ダイちゃんには内緒って言われてたの忘れてた」

「うわ〜シムたん残酷〜」

 ショウがへらへらと笑う。楽しそうだ。

「シム君組むの?」

「わかんないけど……他のメンバーとか全然決まってないみたいだったから。考えとくねって返事はしたよ」

「それって、シイナさんはシム君と組みたいからシム君を誘ったってことだよね」

「ヴッ」

「おいやめろリョウマ、ダイが死ぬ」

 自分の胸を押さえて唸り始めたダイの背をさすりながら、ハラダがニィを止める。

 ニィは半笑いで「面白ー」と呟いた。

「とにかく、バンドを組むっていうはっきりした予定はないんだよね?」

「ないよ」

 シムラはあっさり答える。ニィはシムラと肩を組んだまま「よし」と頷いた。

「じゃあ俺らと組もう」

「……俺らって、このメンバー?」

 シムラは人差し指を上に差し、円を描く。輪になって座っているシムラ以外の人間が、大きく頷いた。

「ギターがハラダとダイで、ベースがショウちゃん、ボーカルが俺で、ドラムがシム君。どう?」

「……えっとー……」

 シムラはちらりとノートに視線を落とす。『全員が整った顔立ちをしている。』という文章が、シムラの視界にしっかりと入った。

「……この話の流れだと、ニィさんは『青春バンド』を組もうとしてるわけだよね」

「察しがいい。さすがシム君」

 ニィは右手の親指をぐっと立てる。

「全員の顔立ちが整ってて」

「うん」

「女子に人気で」

「うん」

「演奏が上手い、ってそういうことだよね」

「よくわかってるね」

 ニィはにやりと笑った。シムラは溜め息を吐く。

「……なんで組むの?」

「面白いじゃん」

 ニィは即答して、シムラの手からノートをひょいと奪った。片手で器用にノートを閉じ表紙を見せびらかすようにシムラに向ける。

「第一部室、別名倉庫の、本棚の、一番下の奥に隠すようにしまってあった、昔の部員の黒歴史ノートだよ。これは面白いだろ」

「面白いってどういうことだよ……」

「シムたん。白眉学園の部活動って、桜町の中でも盛んなほうだよね。たまにテレビとかから取材来るし」

 納得いかないといった態度のシムラに、ショウが話を振る。シムラは「まあそうだね」と頷いた。

「で、軽音楽部は演劇部ほどではないけど、校内では知名度も人気も注目度も高い、と」

 ショウに続いてダイが言う。シムラはまた頷いた。

「そんな中で『俺らが』『バンドを組めば』周囲の注目が集まるのは目に見えてるだろ」

 今度はハラダが言った。シムラは眉を顰めながらも頷く。

「注目を集めれば、何かの機会で外でライブすることもあるだろ。上手くいけば、卒業生だって見に来るかもしれない」

「……なるほど、わかった」

 最後のニィの言葉で、シムラは頭を抱え、溜め息混じりに言った。

「ノートの持ち主に「ノート見つけました」って教えたいわけか」

「そういうこと」

 四人は一斉に右手でピースをする。軽音楽部の部員の間でのみ通じる、イエスの合図である。

「まあ言うなれば『このノートに書いてある通りのバンドを組んでノートの持ち主の顔を真っ赤または真っ青にしてしまおう作戦』、だな」

「たち悪……」

「部室に私物置いてどっか行っちゃうほうがたち悪いでしょ。ほら、自業自得」

 ショウが爽やかな笑顔のまま厳しいことを言う。シムラは再び溜め息を吐いた。

「……まあいいけどさ。バンド組むのは」

「シム君ならそう言ってくれると思ってた」

 ニィはシムラの背中をぽんぽんと叩いた。シムラは「でもさ」と不安そうに言う。

「大丈夫なの? ニィさんとかショウちゃんとか、女の子のファン多いんでしょ」

「多いよ」

 ニィが即答する。ショウは「えー、そんなことないよ〜」とへらへら笑った。「おい、俺らもファン居るぞ」とハラダが主張する。

「シムたんだって女子ファン多いじゃん」

「そうだけど、ニィさんたちとファン層被ってないし。何か言われたりしないかな」

「大丈夫大丈夫。っていうか今の軽音楽部の他の誰が、俺ら四人と組めるんだよ」

「そうだよシムたん。ドラム叩けるイケメン他に居ないんだから、シムたんじゃないと」

「それは、まあ……確かにそうかも……」

 シムラは軽音楽部のドラムメンバーを思い浮かべて頷いた。

「わかった。いいよ、組もう」

「よし。じゃあバンド名決めよう」

 ニィは肩を組むのをやめ、ノートを投げるように円の中心に置いた。ハラダが「おい、丁寧に扱え」とノートを拾い上げる。

「バンド名か〜。なんか、ノートの持ち主にわかるようにしたいよね」

「じゃあ『青春』ってワードは入れたほうがいいよな」

「そうだシム君、タイタンって星か神様かになかった?」

「タイタン? なんで?」

 首を傾げるシムラに、ニィはノートを捲り最初のページを見せた。

「これ、ここ。『以上四つのバンドを組めば伝説は蘇りタイタンは復活する』って」

「……めっちゃ拗らせてるね」

「拗らせてるよ。このタイタンに関連してるワードをくっつけたら、もっとわかりやすくならない?」

「関連してるワードかあ……ギリシャ神話の巨神族のことをタイタンって言ったりする、かな。土星の衛星の名前でもあるね」

「神話か。神様の名前にする?」

「シムラ、イケメンな神様とか知らねえ?」

「イケメンな神様はわかんないけど……美の女神ならアフロディテとか」

「アフロ? アフロの神様?」

「ハラダの短絡的思考は置いといて、女神はどうなの。俺らほとんど男だよ」

「んーじゃあ音楽を司るアポロンとか?」

「アポロンってなんか居たよな、演劇部」

「居た居た。そういうあだ名の人」

「もう卒業してるとは言え、他の部活の昔の部員のあだ名使うのはちょっと気が引ける」

「わがままかよ! じゃあアポロンの双子の片割れは? 結局女神になっちゃうけど」

「なんて名前?」

「アルテミス」

 シムラが答えると、四人は一瞬黙って顔を見合わせた。

「……『青春アルテミス』」

「わりといいんじゃない?」

「リズム的にも悪くない」

「これでいこう」

「……そんな適当でいいの?」

「いいのいいの。何の神様?」

「狩猟とか……月の神様とか?」

「いいじゃん。狩っていこうよ、他バンドの人気を」

「え、でも……いやまあ、いいか」

「何だよ。言いかけたなら言えよ」

「いやいいよ。別に大したことじゃないし。バンド登録いつするの?」

「今すぐ。バンド登録用紙はホラ、用意してあるから」

 ニィがノートの一番後ろに挟んでいた紙をサッと取り出す。

「用意周到だね」

「まあな。えー、ボーカル俺、男」

 ニィから、反時計回りに紙とペンが回っていく。指定された枠内に、バンド名と四人の名前が埋められた。

『バンド名:青春アルテミス

 ボーカル:新野にいの涼真りょうま(1・男)

 ギター:平塚ひらつか大也だいや(1・男)

    :原田はらださき(1・男)

 ベース:荒巻あらまき翔平しょうへい(1・男)

 ドラム:』

「はい、シムラ君」

 ハラダがシムラに書類を手渡す。

「シムたん、嫌かもだけど性別書いてね」

「わかってるよ」

 心配そうなショウの言葉に苦笑いで答え、シムラはペンを握った。

『ドラム:志村しむら真貴まき(1・女)』