刹那より儚い出逢い

夏休みが終了した馬超🎐
@shion_718

冬の訪れ

 そこまで広いとは言えない部屋に人が二人。並んでいるわけでもなく、だからと言って離れているわけでもない。すぐに互いの表情を見る事の出来る位置、向かい合っているという状態だった。こういう並びになったのは仕方ない。表向きは『会談』だったのだから。


 ―――遡る事数日前。周瑜は一つだけ提案をした。

 こう言った我儘を言うことはほとんどないと周瑜は記憶していた。どうしても、という程のものではなかったが、できるならば。そう言った軽く言ったような気がする。

 軽く言えば、受け取る側も重く受け止めることもなく気楽だと思ったのだが、どうもそれは違ったようで随分と頭を悩ませてしまったようだ。これが呉という国の為にはならないことは重々承知していたのだが、最後の機会かもしれないと思ったら半ば強引ではあるが話を推し進めていた。

 結果としてその強引さと今までの信頼からか周瑜の希望が通ったわけなのだから、時々ならそう言った事を言うのもありなのかもしれない。そんな事も思ったが、先日受けた矢傷の効果、というのが一番大きかったもかもしれない。


「お体の方はどうですか?」

「だいぶ楽になったよ。大丈夫、話をするだけだから」


 一時はどうなるかと思った矢傷ではあったが、万全とまではいかないにしろ、何とかこうして起き上がり少しなら行動ができるようになった。

 傍付の者が体の心配をした言葉には続きがあり、『できれば今日の会談は中止してもらいたい』というのが含まれていたが当然、周瑜はそれを無視した。そこまで意思を汲み取れとは一切、言われていないのだから必要ない事なのだ。

 約束の時間まで僅かばかり余裕がある。ふと窓際に近づき、外を見やれば寒々しい色合いをしており、この江陵の地にももうすぐ冬が来るのを感じた。思いの外、長く江陵の地にいるせいかそういったちょっとした季節の変化にも気づくようになっていた。感傷に浸るわけではなかったがその外の色合いにどこか寂しさを感じているのは確かだった。


「周瑜様。窓際は冷えます、お身体に障りますよ」

「あぁ、すまない」


 もう少しだけ窓の外を眺めていたかったが、ここでの全権を担うからにはこれ以上の心配をかけるわけにもいくまい。少し名残惜しい気もしたが周瑜は窓から離れて席に着いた。

 その姿を確認すると声をかけた傍付は静かに部屋を出て行った。扉が静かに閉じられる乾いた音と次第に遠くなっていく足音。全てが聞こえなくなってから、周瑜はそっと吐息を漏らした。

 心配する気持ちも分からなくはないが聊か大袈裟過ぎではないかと思う。だが、一番急いているのは自分自身である事に周瑜は気づいていた。でなければ、こんな無理に押し通したりしないわけなのだが―――。


「周瑜様」


 思考を巡らせていると扉の向こうから控えめな声が聞こえてくる。それが、何を指しているのか容易に察することができた周瑜は入室を促した。

 軋む音を立てて、扉がゆっくりと開かれるとそこには一際大柄な男が深紅の鎧を身に纏って立っていた。


「やあ、曹仁。よく来てくれた」

「思いの外、元気そうだな」


 その場に立ち上がり曹仁を出迎える周瑜を一瞥するとそのまま卓を挟み、ちょうど周瑜と向かい合うような形で立ち止まる。


「話というのは?」

「単刀直入だな、貴公は」

「敵地に赴いているのだ。要件だけを聞いてさっさと退散するに限るだろう」


 至極尤もな曹仁の意見に彼の生真面目さを感じつつも座るように促し、近くにいた傍付に暖かい茶を持って来るように頼む。

 自身も向かい側に腰を落ち着かせるとさほど距離がないせいか、いつもより近くに見える曹仁の顔を眺め、ぼんやりとだが思考が巡り始めた。

 周瑜がその特別な感情を意識することにさほど時間はかからなかった。むしろ『やっぱり』というような感情さえ湧いたくらいで、いつかはこうなるとどこか思っていたのかもしれない。それが単に少し早かっただけのこと。

 だから、さして驚くことでもない。『成るべくしてなった』それだけの事だった。そして付け加えるなら『口外をするつもりがない』ということである。そもそも誰がこんな話を聞いて喜ぶというのだろうか。ただ、その妙な感情も相まってかは知らないがこんな行動まで起こさせた。

 周瑜はそこまで考えてから深く溜息をついた。何故このような感情を抱いたのかはわからない。『成るべくしてなった』とさっき結論付けたばかりなのにとんだ矛盾だ。そもそもその相手とは、敵同士であり今もこうして対峙している状態なのだ。

曹操が江陵の地に武将を一人、配置したのだがそれが今、周瑜と対峙している将・曹仁である。

 最初は早期にこの戦いに区切りがついているはずだったのだが、こうも拮抗状態が続く上にこんな感情まで抱いてしまった。

 小さな音を立てて卓の上に置かれた茶器の音に思考がぷつりと切れた。傍付と目が合うと軽く会釈をし、そのまま部屋を出て行った。

 それを見送ると、曹仁の傍付も渋々といった感じで部屋を出て行く。完全に静寂が訪れた事を確認できると曹仁が嘆息と共に漸く口を開いた。


「周瑜、聞いているのか?」

「……ああ、すまない。それで何の話だったかな?」

「貴様はもう少し気を引き締めて―――」


 机を挟んで対峙していた曹仁が小言を周瑜に言うが彼は特にそれを気にもしなかった。そもそも曹仁が何かを話してしたのかも気づいていなかったのだが。


「少しくらい、いいじゃないか。今は誰もいないのだから」

 

今しがたちょうど互いの傍付が外に出て行ったばかり―――それが冒頭のような状態なのだが―――だからこうして、二人向かい合わせに話をしているわけなのだが。

 本来なら互いの総大将を同じ部屋に、それもこんな限られた空間に置き去りなどしないものだろう。だって、手を伸ばして届きそうな距離に互いがいれば殺すことだって容易である。

そう例えば。目の前に置かれた茶に毒が入っているとする。こうやって二人っきりになり、会話も無く手持ち無沙汰になった時にこの茶器が目に入るのだ。会話をするわけでもない、だが時間はやたらと遅く流れる。一先ず、乾いた喉を潤そうと茶器に手を伸ばし口を付けて一口また一口と……。

 そこまで考えて周瑜は止めた。あまりにも現実離れしている。そもそも曹仁は目の前の茶を口にする事は限りなくゼロに近い。ここは彼にとっては敵地になるのだから、最善の注意は払っているだろう。要するに無理なのだ。

 脱力するように一つ吐息を思わず漏らすと、周瑜を凝視していたのだろう曹仁と目が合った。随分と眉間に皺を寄せているが、何を考えているのやら……。


「貴様には緊張感というものがないのか?」


 二人だけになってから漸く。どうやら、彼の言うところの『緊張感』というのが感じられなかったらしい。周瑜としては考え方はどうあれ『呉の総大将』らしい事を考えていたわけだから十分、緊張感を持っているつもりだったのだが。


「緊張感ならあるさ。ただ、そんなに眉間に皺を寄せているばかりではつまらなくないか?」


 机の上に置いてある茶器に手を伸ばしそう答える。こう返せば、曹仁の眉間の皺がまた少しだけ深くなるのを知っていたし、むしろ僅かに深くなったのを見逃さなかった。

 さっきからこの調子である。この曹仁という男は大真面目なのだ。悪く言えば頑固。融通が利かない。挙げればきりがないのだが、それもまた彼のいいところでもあるのを周瑜は知っていた。

 故に、全てを全力で受け止めすぎるのだ。それで壊れてしまうような人間でないのはわかっているが、自分でも気づかないうちに許容量を超えてしまっているのではないかとふと思う事がある。


「なあ、曹仁」


 ふと呼んだ周瑜に曹仁の小言が止まり、代わりに視線が向けられる。


「どうして、ここに来た?」


 それは聞くつもりがなかった質問だった。ここに来た時点で曹仁がこちらの要求―――という程大したものではないが―――を飲んだと思えばよかったのだが、意識せずにそれは口から漏れてしまった。

 だからか、周瑜はその答えに関して期待などしていなかったし、上手く流してくれていいとも思っていた。


「貴様が言ったからであろう?」


 律儀に答えた曹仁に軽い眩暈を覚えた。そこは受け流していいところだし、どうせなら『こんな無理難題に応える者なんていない』と言ってもらった方がよかった。


「そうだが……」


 どう返していいか困り、濁すような形になってしまった。


「言い出しっぺの貴様がそれでどうする。それに今の貴様ならここで俺を暗殺するという事もしなさそうだな!」


 そうは言っても目の前に置かれた茶器は手を付けないのだから一応は警戒をしているのだろう。こうやって向かい合って談笑をしているとは言え、根本的なお互いの立場は変わらないという事を指しているものだった。


「そうだとしても」


 周瑜は目の前に置かれた茶器に映りこむ自分を見ながらまた聞くつもりがなかったことを口にした。


「貴公はこうしてここにいる。私に殺されるリスクがあるのにも拘らず」


 顔を上げれば曹仁と目が合う。暫し互いに無言でいたがその沈黙も長くは続かなかった。


「そんな事があれば俺が返り討ちにしてくれる!やっとこの戦にも決着が着いていいではないか!!」

「……本当に貴公は」


 一人で考えていたのが馬鹿らしくなるほど清々しく言ってくれる。


「それは困る。勝つのは私たち、孫呉だ」

「魏の将兵を舐めるな」


 妙に落ち着くこのやり取りに自分たちに甘さはないのだなと今更ながらに思いつつも、その居心地の良さに本来の目的を果たそうと思えた。


「なあ、曹仁」


 すっと表情を引き締めて、だけど人当りの良さそうな笑みだけを周瑜は浮かべた。


「貴公は、」


 声のトーンはやや真面目に。曹仁を正面から真っすぐと見据える。


「ここで何と戦っているんだい?」


 単純ですっきりとした質問内容だった。故に聞き逃してしまうし、捉え方も様々だと思う。だからこそ周瑜はこの問いを曹仁にぶつけたのだった。

 聞きたいのだ、曹仁に。この江陵で互いの軍の総大将をやっているからこそ聞きたい。


「……それはもちろん」

「もちろん?」


 いつも即答をしてくるような曹仁が珍しく言葉を詰まらせた。そこまで難しい質問を投げかけたつもりはなかったのだが、その生真面目すぎる性格ゆえにこの質問でさえ、彼なりに深読みをしているということなのだろうか。


「答えなくては駄目か?」


 十分な間を開け、漸く曹仁が口を開いたと思ったらそれは周瑜が投げかけた質問に対する答えではなく疑問を返す言葉だった。

 その予想外の答えに周瑜は思わず目をぱちぱちと忙しなく目を瞬きさせた。何に対してもはっきりと言う曹仁が質問を濁すという事がどれだけ珍しいことか、数か月に渡り、交戦していればそのくらいはわかってしまう。


「そうだな、できれば教えてもらいたい」


 その為にこのような席を設けたのだ。これからここ江陵での戦いはさらに激しさを増していくだろう。そうなれば、このような短時間とは言え二人っきりでの会談は実現することはほぼ不可能だ。例え、会談自体が叶ったとしても終わるまで付き添いが傍から離れることは無い。それだけで話せる内容はだいぶ限られてしまう。

 しかしそれは周瑜の考えであり、曹仁はどうかはわからない。所詮は敵同士、素直に答えてくれるとは思っていないが、見方によってはこれは周瑜の個人的な興味の範疇という事に気づくはずだ。

 正面に座る曹仁はというと眉間の皺をわずかに深くしていた。そんなにも言いたくないことなのだろうか。だとしたら、無理矢理聞き出すのは意に反している

 手持ち無沙汰になった周瑜は先ほど置いたばかりの茶器に手を伸ばした。結局、一切口をつけていないそれは量を変えることなくゆらゆらとしていた。強いて言うなら少し温かみがあったそれは、今では冷え切っていて暖を取ったり気を落ち着かせる効力は薄れているということくらいだろうか。

 茶の水面に浮かぶ自分の表情を少し観察してから周瑜は再度、正面に座る曹仁を見た。どうやら思った以上に難題な質問を投げかけてしまったようで、随分と難しい顔をしている。


「すまない。少し貴公に意地悪をしてしまった―――」

「俺が―――」


 周瑜が折れて曹仁に声をかけようと思った時だった。それまで頑なに口を閉ざしていた曹仁が漸く口を開いたのは。反射的に周瑜は続きを言うのを止め、曹仁が続きを言うのを待っていたがタイミングを計ったかのように扉が静かに数回叩かれる音がする。時間切れという事だ。


「そろそろお時間が……」


 部屋に入ってきた互いの傍付を見ればこれ以上、押し切れないのは雰囲気でわかった。会談自体も無理に押し切ったわけだから引き延ばすのはきっと無理だろう。だが、この機会を逃したら?と、考える自分がいるのも確かだった。

 そもそも自分はどうなのだろうか。周瑜自身はここで、この地で何か月も何と戦っているのだろうか。その答えを知りたくて、同じ『総大将』としている曹仁にこの問いを問いかけたのではないだろうか。


「私は……」


 何かを伝えようとした。まだ明確になってもいないのに何かを伝えようとして、ふわりとした不思議な感覚に襲われた。

 周囲が何か言っているが何を言っているかはわからない。だが、曹仁が血相を変えている表情を見て、きっと自分の身に大変な事が起きているのだなと理解をして周瑜の思考はそこで途切れて全てが分からなくなった。

 その頃、ちょうど江陵で今年初めての雪が降り始めた。しかし、それに気づく者は誰ひとりとしていなかった。


続く

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