荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 一足先に出て行くマイクを見送ると、ニコラスとダリスは互いの顔を見合わせる。

「マイクのヤツ、いったいどうしちまったんだ……? ……あいつが弱気になるなんて、そんなこと今まで一度も無かったのに。……何か、物凄く嫌な予感がするぜ……」

「考え過ぎだよ。……前の戦いの傷もまだ治ってないから、きっとそのせいだよ」

「……」

 ふたりが心配する傍らで、モーガンはじっと揺れるスイングドアを見つめている。それからややあって、ふたりの方へ視線をやるとおもむろに口を開いた。

「ニコラス、ダリス。俺たちも事務所へ戻るぞ。……ジョーキッドが新手を編み出してきた以上、俺たちも対策を講じなくてはならない。今日のミーティングは長くなるぞ、覚悟しとけ」

「でも、ジョーキッドの追跡は!?」

「ヤツはもう今日は現れない。餌をしこたま抱えてトンズラしたんだからな」

「何でそんなことがわかるんだよ!?」

「ゴキブリの立場になって考えてみろ。せっかく餌を手に入れて天敵からも命からがら逃れたのに、すぐにまた危険に身を置きたいと思うか? そんなこと思うヤツは余程のド変態だ」

「……。お前、前世ゴキブリだったのか?」

「そうだよ。ちなみに死因は丸めた新聞紙で叩かれたことによる“圧死”さ」

「ハハ、そうかよ。転生したのが切れ痔持ちの人間とは災難だったな」

「切れ痔だって付き合いが長くなると愛おしくなるもんさ。……というわけだ、マスター、店は暫く休業しろ。そして休みがあるうちにお袋さんを温泉旅行にでも連れて行ってやれ」

「言われなくてもこんな有様じゃ休業するしかないよ。営業再開するときは店の看板も“あの赤い悪魔も来店したトルカ一のクソ店”ってキャッチコピーを入れたのに替えてやるぜ」

「あぁ。……クソッ、またイチから出直しか!」

 肩を落とした3人が店の外へ出ると、まだ表でたむろしていた野次馬連中が詰め寄ってきた。

「おいモーガン、赤い悪魔はいったいどうなったんだ!?」

 問いかけられたモーガンは暫し押し黙ると、やや俯いて唇を噛んだ。

「……まさか、また・・逃げられたのか!? お前ら何やってんだよ! この役立たず!」

「――!」

「おい、また赤い悪魔を取り逃がしたんだってよ!」

「何だって!?」

「本当かよ!? ホント使えねぇなコイツら! まったくいい加減にしろよ!」

「悪徳町長の圧力に屈するわ、凶悪犯は取り逃がすわ、いったい何の為の保安官なんだ!?」

「そうだ! お前ら保安官が情けねぇせいで、俺たち住民は昼も夜もおちおち出かけられねぇんだぞ!? それだけじゃない、赤い悪魔のせいで客足も遠のいて商売上がったりだ!」

「この税金ドロボーども! お前らもあのクズどもと一緒に町から叩き出せばよかったぜ!」

「そうだぜ、こんな使えないヤツら、居ても居なくても“同じ”だ!」

「クソの役にも立たない役立たず!」

「カカシ同然の無能ども!」

 どんどん大きく、そして汚くなっていく野次馬たちの罵詈雑言――これにはさすがのニコラスとダリスも怒りのあまり握りしめた拳を震わせる。

「こ、このクソ野郎ども……!!」

「テメェらは追跡隊にも志願しねェ、かといって自衛策も講じねェで今もこうして“お気楽”に町中を遊び回ってるクセに、ここぞとばかりに俺ら保安官を責め立てるのかよ……!!」

「落ち着けふたりとも、今ここで騒ぎを起こすのはマズイ」

 今にも野次馬たちに殴り掛かりかねないふたりを宥めると、モーガンは呼吸をひとつ――。

「黙れ!! このクソッたれども!!」

 モーガンの地を揺らすような怒号にニコラスとダリスは思わず耳を塞ぎ、激情のままに野次を飛ばしていた野次馬たちの声もピタリと止んだ――そして、周囲には重苦しい空気が漂う。

「……俺たちが至らないばかりに、赤い悪魔を二度も取り逃がしてしまったのは紛れもない事実だ。その点に関しては謝罪する――大変申し訳ない。だが、誹謗中傷に関しては“別”だ!」

「……、……」

「新聞社の憶測だけで書いたクソ記事・・・・を鵜呑みにして俺たちに目くじらを立てているが、今、ここでこうしている“お前ら”は、自分たちに出来ることを何かひとつでもしているのか!?」

「……」

「はは、してるワケねぇよな。……お前らも町の一員だから知っているとは思うが、この町はただでさえ保安官が足りない。先のハリー=ウィルソンの一件でただでさえ少ない保安官がゴッソリ減って、今回の赤い悪魔の騒動でまたひとり、勇敢な保安官助手が命を落とした」

「うっ……」

「今、この町にはたった“4人”しか保安官がいない。人口1000人以上の町にたった4人だぞ!? 当然、俺たちだけではすべての事件に対処しきれない。それに、今回の事件に関しては俺たちの力だけで解決するのはほぼ不可能だ。だからこそ今、町のみんなの力を借りているんだ!」

「…………」

「わかったら今すぐ夜遊びをやめて、とっとと家に帰って各自自衛策を講じやがれ! このお気楽連中ども!」

 毅然とした態度のモーガンに、野次馬たちは返す言葉が無いようでただただ押し黙っている。するとややあって、野次馬たちはすごすごと辺りに散って行った。

「……、モーガン…………」

「はっはっは! ……ま、連中の気持ちもわからなくはないがな。誰だって不安なんだ、この“悪夢”がいつ終わるのかわからなくて怖くてしょうがない。……ハッキリ言って俺だって怖いさ」

「俺も怖いよ。次は誰がヤツの“犠牲”になるのかと考えると、怖くて堪らない」

「俺もだよ。……21年の人生の中で今が一番怖い。夢ならとっとと覚めてほしいね」

「あぁ。だが、止まない雨も明けない夜も無い。この悪夢にだっていつかは終わりがくる」

「終わるときはジョーキッドが死ぬか、町の人間が喰い尽されるか、か――」

「そうだ。……行くぞ、ふたりとも」

 モーガンはおもむろに事務所へ向かい歩き出した。ニコラスとダリスは互いの顔を見合わせた後、その後を追いかける。

「明けない夜は無い、か……。本当に、早く明けてほしいもんだぜ」

 モーガンの言う通りこの世に明けない夜など無いが、今は“夜明け”は期待出来ないだろう。――ジョーキッドがこの町のどこか・・・に潜んでいる限り……――。


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