荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 やがて陽も落ち町は暗闇に包まれた。昨晩、台所住宅街から逃げた“ゴキブリジョーキッド”は未だ発見に至っていない。町の住民たちからすれば逃げたついでにそのままどこか別の場所へ移ってほしいところだろう。だが、それは“絶対に”あり得ないことだ。

 なぜなら、人家生活型のゴキブリは一度棲みついたら決してそこから動くことはないからだ。自分たちが棲息出来なくなるほどの急激な環境の悪化、もしくはそこにある食料が尽きる、ということでもない限り。――つまり、ジョーキッドにとっても程よく身を潜められる場所があり、尚且つ餌となる人間と家畜も豊富なこのトルカ町は格好の“住処”なのだ。

 しかし、町の住民たちもただ手を拱いているほど愚かではない。あの晩以降、再びジョーキッドが現れることを懸念した有志によって正式に“赤い悪魔追跡隊”が結成され、保安官たちと共に昼夜を問わず町を巡回し警戒している。そんな中、ジョーキッドが餌を求めて迂闊に動けばすぐに発見され、たちまち昨夜のような大騒動に発展するハズだ。

 いくらジョーキッドが知恵も常識も足りていない文字通りの“マヌケ”とはいえ、果たして一度犯した“失敗”をキレイサッパリ忘れて同じ轍を踏むのだろうか――?


***


 ジョーキッドを警戒し町中を蠢く灯火の大群――強固に武装した男たちの表情は険しい。そんな中、繫華街の娯楽施設が建ち並ぶ一角だけはいつものような賑わいを見せている。虎視眈々とカモを狙う賭博師、男と仲睦まじく歩く娼婦、夜でも娯楽と快楽を求めてうろつく鉱夫や流れ者、町の住民――皮肉なことに、いついかなるときも“お気楽”な人間というのはやはり一定数はいるものである。

「やれやれ、こんなときでもここの連中は変わらず脳ミソハッピーパラダイスだな」

「まったくだ、いつまたジョーキッドが現れるかもしれねぇってのに」

「幸い、今日はまだ何事も起こっていない。だが、最後まで気を抜くなよニコラス」

「はいはい、わかっておりますよ。お義兄にいサマ」

「よせよ気持ち悪い。あぁ――今ので身体中“さぶいぼ”だらけになっちまった」

「気持ち悪いだぁ? バッカ、こんな可愛い義弟おとうとが他にいるかよ」

「可愛いのはジェーンだけさ」

「おーおー、お熱いこって。妬くあまり思わず“決闘”申し込むところだったぜ」

「お前じゃ俺には勝てねぇよ。俺は銃もアッチも早撃ち――文字通り“プロ”さ」

「アッチも早撃ちって早漏かよ。あーあ、年は取りたくねぇよな~」

「お前もあと5年で四十路の仲間入りだよ。今のうちに30代を謳歌しておけよ~5年なんてあっという間に過ぎるからな。――で、気づけばハリー=ウィルソンみてぇな60のクソジジイさ」

「60過ぎてもあんだけ気持ちも身体も元気でいられりゃハッピーだよ」

「ははは。そりゃ言えてる!」

「だろ? んじゃ、さっさと巡回済ませてレストランでメシにしようぜ。まだまだ夜は長いんだ、腹いっぱい食ってこれから起こるかもしれない“有事”に備えなくっちゃあな!」

 ――――それから更に夜は更けていき、某時刻。そろそろ町中が眠りにつこうとする中、娯楽区画の一角にひっそりと建つ一軒の賭博サルーン。薄暗い店内では身元も判らないヤクザ崩れの壮年と中年の男ふたりがテーブルを囲み、酒とタバコをお供にポーカーを嗜んでいる。

 ふたりの傍らには若い男が立っている。茶褐色のやや長い髪に藍色のスーツと帽子が一際目を引く彼はディーラー役で、この店で雇われている“賭博師”だ。カードの山を片手に、客の男ふたりの白熱の闘いをただただ静かに見つめている。

「おっしゃ揃った! スリーカード! これでどうだオラァーッ!」

「はっ! ――喜びに水を差すようで悪いが、俺の手はフラッシュだ」

「ゲーッ! また俺の負けかよ!? てめぇ、まさかイカサマしてんじゃねーだろーなぁ!?」

「バーカ! お前のツキが無いんだよクソザコウジムシ! ほら、とっとと有り金出せ」

「チックショー、せっかく取られた分を取り返せると思ったのに~! おい、ディーラー役のお前! ちゃんとカード配ってんだろうな!? もしお前らグルだったら両方ブッ殺すからな!」

「当たり前だろ? 第一、やる前から『俺たちグルです』なんて言うバカがいるか?」

「どうだか。お前、この賭博サルーンで働いてる“賭博師”なんだろ? 賭博師の言うことなんざ詐欺師並みに信用出来ねぇぜ。男だか女だかわかんねぇツラしやがって、てめぇカマか?」

「そもそも賭博師を信用するのが間違いだよオッサン。あと俺の名前はレインだ、覚えておけ。ついでに言うと股間に立派なタマとサオがついている。――俺をしゃぶったら死ぬぜ」

「うるせー! タマとサオつき一軒家のクソカマ野郎、こんなところもう二度と来ねぇよ!」

「おーおー、遠吠えだけは立派だなぁ! じゃあな、気をつけて帰れよ~」

 壮年の男がさっさと出て行くと、ややあって賭博師と対戦相手の男が顔を見合わせてニヤリと笑う。どうやら先ほどの壮年の男が睨んだとおり、このふたりは“グル”だったようだ。

「サンキュー! レイン。――ほら、お前の分け前だ」

 渡された札束。予想外だったようで賭博師のレインはヒュウッ、と口笛を吹いた。

「こんなに貰っちまっていいのかよ、大将!?」

「もちろん、お前のお陰で今日は一段と儲かったからな。ったく、早くイカサマも見抜けるようになれよ。イカサマを見破れねぇ賭博師なんか、弁護が出来ねぇ弁護士みてぇなもんだ」

「俺はする方は得意だが、される方は苦手なんだ。――イカサマもキスも」

「ああそうかよ色男。じゃあ俺はここで引き上げるとするぜ。町にまだ明かりと活気が残ってるうちに家に帰らねぇと。暗く静かな夜道で赤い悪魔に襲われたらたまったもんじゃねぇからな」

「何だよ度胸が無いな。そのボーボーの髭は“付け髭”か?」

「バカ野郎、赤い悪魔に出くわしたらバッファローの群れだって逃げ帰るよ」

「マジかよ。そんなにブッ飛んだ野郎なのか? 赤い悪魔って?」

「そうだよ。先日の事件で町の数少ない貴重な保安官が殺されちまっただろ?」

「あぁ。……ロビン=マーティス――確か、ダリスの後輩だったんだよな……。……」

「ん? どうしたんだ?」

「いや、何でもない。……オッサンも気をつけて帰れよ」

「あぁ。じゃあまたな、レイン」

 ひらりと手を振って帰って行く中年の男を見送ると、レインは小さなため息をついた。

「あのとき、俺がダリスを遊びに誘わなきゃあんなことにはならなかったんだよな……」

 肩を落とすレイン。その傍ら、一番奥のテーブル席では数人の男女が凝り固まってゲームに興じている。どうやらこの連中は”ババ抜き“をしているようで、時々一喜一憂する声が響き渡る。


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