荒野の死神 荒野の死神 第2部【赤い悪魔編・上巻】

第10話 赤い悪魔【後編】1

 しかし、一度依頼を受け負った以上、たとえ相手が誰であれ依頼を遂行しなければならない。遠くを見つめる死神の眼は、すでに殺し屋の“それ”に変わっていた――。

 やがて落ち着いたのだろうか、エミリーは死神から離れると涙で赤くなった目を擦る。

「……ごめんなさい、死神さん。知り合ったばかりのあなたにこんなことをお願いして」

「構いませんよ、それが自分の仕事ですから。ですが、今回ばかりは今すぐに暗殺――というわけにはいきません。何しろ相手は神出鬼没。行動パターンなどの必要な情報が足りな過ぎる」

「情報を集めるには、どのくらい掛かりますか?」

「少なく見積もっても数日は掛かります」

「数日……構いません。その間に私もお金の工面をします」

「えぇ――依頼を受けたからには、こちらも最善を尽くします」

「はい。……どうか、よろしくお願いします」

 エミリーは再度ペコリと頭を下げると、死神も無言で静かに頷いた。


***


 死神と別れて家路に着いたエミリー。荷物をリビングのテーブルに置くと、さっそく二階の自室へと向かう。棚の引き出しを漁り、中から小さな“金庫”を取り出すとフタを開けた。

 金庫の中には札束と硬貨が。これは“結婚式”と“新たな生活”の資金として、何年も前からふたりでコツコツと貯め続けていた金だ。皮肉なことに、幸せを掴む為に貯め続けたこの金が“復讐の対価”へと変わろうとしている――。エミリーは中身をすべて出すと、入念に計算し始めた。

「……。全部で約650ドル……」

 どうやら貯金は1000ドルには満たなかったようだ。残り350――今のエミリーにはどうやっても届かない額。いくら好景気の町とはいえ、ロビンとエミリー、ふたりの収入から少しずつ捻出して650ドルもの金を貯めただけでも相当苦労したことだろう。

「あと350ドル足りない……! あと少し……“少し”なのに……!」

 エミリーは思わず唇を噛んだ。350ドル――借金しようにもそんな金を貸してくれる知り合いなどいないし、金が無いのを理由に依頼を取り下げるわけにもいかない。“工面する”と言い切った以上、何としてでも金を用意しなければ――エミリーは今、出来る限りの金策を講じる。

「……、ダメだわ、何も、思い浮かばない。……今しかロビンの復讐をするチャンスは無いのに! ロビン、私――いったいどうしたらいいの? このまま泣き寝入りなんて絶対に嫌よ!」

 再び頬を伝う熱い涙――何も出来ない悔しさでスカートを握んだエミリー。果たして、死神が情報を集め、仕事を遂行するその日までに金を集めることが出来るのだろうか?


***


 一方、酒場へ戻った死神は二階の自室でコーヒー片手にマリアに書かせたメモを改めて読んでいた。今一度、ジョーキッドの特徴と行動について“おさらい”をする為だ。一度すべて読み終えて、また最初からじっくりと読み返していると、死神は文面の中の“ある一文”に目を留めた。

〔“事件発生から保安官が到着するまで物置きに潜んでいて、ドアが開くと一瞬怯んだ”〕

 これは最初の家畜殺しから牧場主が殺害され、それを発見した息子が通報・保安官たちが現場へ急行したときの情報だ。確かに暗がりにずっと潜んでいれば、急に差し込んだ光の刺激で怯むのは当然のことだが、死神はなぜか“それ”が妙に気に掛かった。

「フム、物置き小屋――か……」

 ジョーキッドが事件発生から保安官が来るまでずっと物置き小屋に潜んでいたことは、何か“関係”があるのだろうか? 死神はカップとメモをテーブルに置くと、クローゼットからコートと帽子を取り出し部屋を出た。

「あっ、先生、どこか行くんですか?」

 部屋を出た途端、階段を上がって来たマリアと鉢合わせた。繫華街へ買い出しにでも行っていたのだろうか、マリアはやや大きな紙袋をふたつ両手に抱えている。

「えぇ、ちょっと保安官事務所にね」

「あ、あの! マリアも一緒に行ってもいいですか!?」

「すぐに戻ります」

「で、でも……」

「ご心配なさらず。――では、行って来ます」

 華麗にマリアをスルーすると、そのまま死神は風のように店の外へ行ってしまった。

「あーっ! もう、先生ったら! いつもマリアのこと置いて行って――!」

 ジョーキッドの事件があってからというもの、死神は酒場で飲んでいるとき以外はずっと“ひとり”で行動している。妙によそよそしいが、事件のことを考えればやむを得ないのだろう。

「……まぁ、マリアがいたって“お荷物”になるだけなのはわかってるけれど、チョットは一緒に連れてってくれてもいいのに。……先生のばか……」マリアは寂しそうに唇を尖らせた。

 外へ出た死神は保安官事務所に向かい歩を進める。陽も傾き、オレンジ色に染まり始めたメインストリートをコートを靡かせながら颯爽と歩いて行く。昨夜のジョーキッドの事件の影響はやはり大きく、荷物を抱えた人々や荷馬車が次々と死神とは逆方向の、町の出入口へと流れて行く――。

「……」

 逃げるように町を後にする人々を横目に、保安官事務所に到着するとドアを開ける。

「ん? ――なっ!? 」

 まったく想定外の人物の訪問に、応接スペースでくだらないお喋りに興じていたであろう保安官3人組は目を丸くすると、一斉にソファーから腰を上げた。

「死神!? お前、何でこんなところに!?」

「やあ。――皆さん、どうも」

「どうしたんだよ、天下の死神サマ。そこら辺で人でも殺して自首しに来たのか?」

「違います。第一、もし自首するつもりなら、先のハリー=ウィルソン暗殺事件で自分に殺人の容疑が掛かった時点でとっくにしていますよ。そうでしょう?」

「じゃあ、何しにここへ? まさか俺たちの“サイン”でも欲しいのか?」

「単刀直入に言います。自分は今日、赤い悪魔・ジョーキッドの暗殺依頼を受けました」

 突然の死神の告白に、3人は驚きの声を上げると困惑した様子で互いの顔を見合わせた。

「ジョ、ジョーキッドの、あ、暗殺依頼って――い、いったい誰から受けたんだ!?」

「それは言えません。“守秘義務”がありますので」

「……。死神サマ、とりあえず座れ。……その暗殺依頼の話の“続き”を聞かせろ」


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